51 山賊⑦ エレノアとの再会
ボクス 犬獣人 ブル系 短髪 背が低い
ベド 犬獣人 毛が長く、足も長い。先日エレノアに追い回され、トラウマ
シュー 人間・男・大人 体術が得意な唯一の武闘派
スピカナ シティエルフ男 狩人
ポール 人間・男・大人 狩人で弓が得意
遠く連なる山の頂を優しく黄色い光が縁取る。冷たさの残る空は夜明けを迎え、太陽の調べと共に鳥たちがその音色に声を合わせる。部屋の中には夕日とは違った、朝のオレンジ色の光が差し込んでいる。
大きい体。鼻の下にある立派なヒゲ。山賊のボス、カトスキーはここに来てから毎朝、誰よりも早く起きては窓からその様子を眺めていた。胸に懐く想い。彼は"それ"を握りしめて、時が来るのを待っている。
「――、ねぇカトスキー? 私ね、大きくなったら貴方のお嫁さんになるの。だから、無事に帰ってきてね。それまでに私は街で色々なことをことを覚えてくるから。一緒にがんばりましょう」
カトスキーの記憶に甦るのは十代の女性。緑色の長い髪は根元から毛先まで緩やかにウェーブがかかる。その女性とは一回り近く年が違っていたカトスキー。
「おう。ちょっと稼いだらお前を迎えに帰ってくるから。すぐにわかるはずだ。そしたらいっぱい子供を作って、みんなで世話をして、楽しく暮らそう……アイリ」
十年近く前の話。カトスキーは人生で最高の瞬間を思い返しては味わっていた。彼は別に山賊になりたくてなったわけではない。帰るべき場所へ向かう途中、いつの間にか仲間が増え、いつの間にか家族が増えていた。ただそれだけの事。
昔から知っているこの場所で、彼らを養うのは良いことだと思った。そう考え、実行することで自分を立派だと信じ、本当の問題を棚上げしていた。
今や家族となった皆。何かを失くした者、捨てられた者、人と関わるのが苦手な者、カトスキーは弱い彼らを無視できなかった。
そして、今日もいつもと同じようにその時を待っている。しかし"それ"は、日を追うごとに弱くなっていく――。
山賊の砦の朝が来る。
ボスの合図が鳴ると皆が起きてきた。朝食を済ませ、片づけを済ませる。クレアはトールに声をかけると自分の用事を済ませるために、まずはベドを探した。井戸の前ではいつものようにベドとボクスが話をしていた。クレアは二人の元へ行き、
「ベド? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「――? なんだいクレア」
「ちょっと村に行って、エレノアに会いたいんだけど……」
それを聞いたベドが昨日の手紙を渡した後のエレノアの追跡劇を思い出しギョッとする。それに気づいたクレアが、
「どうしたの?」
「いや……ちょっと。エレノア? えっと……」
何か気まずそうにしているベドを見て、横にいるボクスがその足を蹴った。
「いて!? 何をするんだボクス」
「シャキッとしろよ。なんかおどおどしてるぞ」
「エレノアと何かあったの?」
ベドが申し訳なさそうに説明を始めた――。
「あはははは。そう……エレノアがベドを追い回したのね? 大変だったでしょう?」
顔を伏せながら上目遣いにクレアを見ていたベドがその笑顔をみて、ほっとする。ボクスも「何だそんなことか」と言うが、エレノアのしつこさとすばしっこさを知らないから言えるんだと思い、少し悔しがった。
「お前、あの子の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだぞ。俺は必死で逃げたんだからな」
「あはははは。私もエレノアと森でする鬼ごっこは負け越してるもの。ほんと、エレノアっていろんなところから攻めてくるのよね?」
「そうなんだよ。音だけで近づいてくるし、そうかと思ったら静かに上から飛んできたり、いつの間にか体を掴まれそうになってたり……」
思い出したベドは身震いしていた。そしてクレアがあることに気づいた。
「あれ? それじゃエレノアは……昨日、ベドが帰ってきた頃に、近くの森に居たってことかしら?」
「あの子の足なら、村まで帰るのもそんなにかからなそうだけど……もしかしたらそのままクレアのことを探すために、森で一晩過ごしてるかもね。ごめんクレア。ちゃんと昨日、伝えとけばよかった」
横ではボクスがベドの失敗と謝罪を偉そうにして聞いている。クレアは少しだけ考えると、紙とペンを用意して何かを書き始めた。
「はい。ベドはこれをお願い」
「え? また村に行くのかい?」
「そう。多分、村に居ないと思うけど……これはベドに罰よ。もしも村にエレノアが居たらこれを渡して一緒にここまで帰ってくること。いなかったら、夕飯までに帰ってきてね」
偉そうに聞いていたボクスが笑いながらベドの腿を叩く。ベドは「トホホ」と言いながら、村へ出発した。
クレアはボクスと一緒に森の中へとエレノアを探しに行く。ベドに教えてもらった場所へ向かい、そこからエレノアが一晩過ごしそうな場所、見渡しのいい場所などを探したが見つからなかった。高い木の上から砦の方を見ると、少し離れた場所、木の間から上空へ発煙球が投げられる。
「ボクス!? 向こうで青い煙があがったわ」
「青い煙? ああ、それはボールとスピカナだよ。何かを捕まえて応援を必要としているときの合図だ。あの二人が応援を頼むなんてめずらしい……」
「エレノア!?」
クレアは凄い勢いで木を飛び移るように地上へ降りると走っていく。ボクスは急いでその後を追うが到底追いつけるような速さではなかった。
「クレア! ちょっと、待って」
「ごめんね。先に行くから! 無理はしないで」
調理場と檻での可憐な少女としてしか見ていなかったボクスには衝撃だった。足が短いとはいえ獣人で山賊の自分を遥かにしのぐ速度で駆けていくクレア。森を抜ける風の様に消えていく彼女はすぐに見えなくなってしまった。
同じころ、その発煙球に気づいたシューが現場へと向かった。シューは人間の男で若く、体術に自信のがあり括っている髪以外は剃り込んでいる。
狩人のポールとスピカナの元に先にたどり着いたのはクレア。二人が縄で捕まえて連れているエレノアを視界で捉えると叫ぶ、
「エレノア!!」
「クレア!!」
クレアの声を確認するや否や、二人の山賊にロープで縛られ引っ張られながら歩いていたエレノアは"演技"をやめた。
おとなしく捕まったのは道案内をしてもらうため。クレアを確認したらいつでも動けるように準備はしていた。そして今、クレアが現れて相手は二人。人間とシティエルフで大人の男だが、普段からクレアの父親を相手にしていたエレノアからしたら臆することはない。
自分を捕まえている縄をほどくと、即座に背後からポールの膝を折り胸に肘鉄をくらわし地面に倒す。それに気づいたスピカナが構え、エレノアに蹴りを繰り出す。
蹴りを逸らし、低い姿勢で軸足を払う。態勢を崩したスピカナは急いで手を地面につき足を大きく回転させ牽制しながら立ち上がると、ポールがエレノアへタックルをしようとしているのが見えた。
スピカナが「これは獲った」とニヤけると、エレノアも口角をわずかに上げる。横からタックルしてきたポールを、スピカナの方へと投げ飛ばす。
「うわぁあ」
油断していたスピカナは、飛んできたポールを避けるため地面を回転し移動した。すると、それを予測して飛び込んできていたエレノアから蹴りを食らい気絶してしまった。
「だめ、エレノア!!」
「え?」
クレアの制止は間に合わず、勝負がついた。気絶したスピカナを開放するクレアを見て、エレノアが「なんかおかしいぞ」と思いながら、彼女に声をかける。
「助けに来たよ。クレア」
「うん。ありがとうエレノア。でも、違うのよ。この人たちは私に何もしていないし、人を襲ったりしないもの」
「え? そうなの? 山賊だろ?」
「それは……」
手で頭を支えたポールが話に入ってくる。
「この子がクレアを探してるって暴れるから、こっちも手を焼いて縛って連れてきたんだけど、実力を隠しているとはね。知り合いかな? クレア」
「ええ。彼女はエレノア。私の親友で家族よ」
「へへ。クレアに手を出したら許さないからな」
「いてて……。彼女には何もしてないよ。それに俺たちは山賊を名乗ってるけど、ここで暮らしてるだけのことだよ。トールやドーアが『山賊の噂』を流してるだけさ」
「そうなのよ。エレノア。私をさらった人も、もう謝ってくれてるし。今日はエレノアを迎えに行こうと思ってたところなの」
「……そうなの?」
「うん。それは後で説明するから、とりあえず戻りましょ」
そこへ丁度、シューとボクスがやって来た。顔に痣を作ったポーとスピカナ。見知らぬ少女を見て、何があったのか説明を聞いたシューが笑いながら気絶したスピカナを運んでくれた。
「はっはっは。エレノアか。よろしくね、俺はシュー。良かったら後で手合わせお願い出来ないかな? いつもこいつらじゃ練習にならなくてね」
「いいよ。旅を始めてからクレア以外を相手にしたのは久しぶりだしね」
それを聞いた男達がクレアを見つめる。その空気に気づいたエレノアが、
「ん? 私程じゃなくても、クレアだって強いよ? そもそもクレアが捕まったままっていう事の方が驚きだよ」
「はっはっは。そうなのかなクレア?」
シューが嬉しそうに言うと、クレアが答える。
「私は力がなくて強いって程じゃないと思う。私もエレノアもお父さんからずっと訓練されてきたから、一通り扱えるはずだと思うけど……」
クレアとエレノア、ポールにボクス、気絶したスピカナを背負ったシュー達が森を歩き家へと帰っていった。
地下調理場ではトールが、今夜行われるオムライス対決用の準備をしていた。帰ってきたクレアがエレノアを紹介する。
「へぇ、ここが調理場かぁ。お、意外と綺麗で道具もそろってるじゃん?」
クレアと一緒に地上から階段を降りてきた新しい少女の声にトールが視線を向ける。獣人で猫。髪は短く眠そうな目をしていて、茶黒い毛。腰に単眼鏡をぶら下げているだけだ。
「トールさん。彼女を紹介するね。エレノアよ」
「おう。俺はトールだ。よろしく」
「よろしくトールのおっちゃん」
エレノアが挨拶を済ませると、檻を見ながら「これがクレアの閉じ込められた檻か!? って、ゆるゆるじゃん!」と独り言を言っていたり、食材を物色したり、あちこち動き回っていた。
その元気な様子にトールが戸惑いながらもクレアに、
「クレアの用事ってあの子かい?」
「うん。今日のオムライスなんだけど、エレノアにも作ってもらいたくて」
「……。まぁ、いんじゃないか? あの子は料理できるのかい? それに、三人に成れば作るのも楽だしな」
「そうなの。それと、トールさんにぜひ食べてもらいたくて」
「ってことは、きっと上手なんだろうな」
「うふふ。期待してて」
エレノアは料理が上手だ。すごく上手だが、盛り付けが奇抜すぎて驚かれる。
「それでね、トールさん。今日はその本にあるオムライスで統一するっていうのでどう?」
「あぁ、それはいいね。あの子は……」
なになに?と近づいてきたエレノアが、クレアが持つレシピブックを見つめる。
「これのオムライス? いいよ。わかった」
「エレノア。今日はお願いだからレシピ通りに盛り付けをしてもらえる?」
口をつぐみ、顔を上げずに視線だけを頭の中の上の方を見るようにしばらくだまったエレノア。
「がんばる」
と、一言だけ。レシピブックをパラパラとめくったエレノアがさっそく準備に取り掛かる。その様子をみたトールが、
「ほとんど見てないけどいいのかい?」
「うん。エレノアなら大丈夫」
「へぇ」
そして、三人は夕方前に仕上がるように調理へと取り掛かった。




