5 何もない森⑤ 三人 前編
旅人とドワーフは話しながら、大男のいる場所へと戻ってきた。
大男は仲間のドワーフを視界に捉えるとすぐに喜びの声をあげる。
ドワーフの小さな体の両脇に大きな手を当て掴み持ち上げる。自分の体の前に掲げ「アイジャー」と何度も言う。その姿はまるで、おもちゃを始めてもらった子供だ。喜びのあまり両腕が伸びきるほどに体の前に掲げている。旅人はそんな二人の光景に微笑ましさを感じた。持ち上げられて大男を宥めている当の本人はやれやれといった感じだった。
「おっほ。わかった、わかった。悪かった」
「アイジャーー」
「心配かけたなぁ。ほら、もう大丈夫だから。降ろしくくれないか? 五体満足だし、ワシも会えて嬉しいよ。大きいの」
「アイジャァー」
『大きいの』と呼ばれた大男は、ドワーフを優しく地面に降ろした。ドワーフは褒めながら大男の頭をなでると、自分を助けてくれた旅人のほうへ振り向く。
「改めてお礼を言おう。人間の旅人よ。私は……ワケあってちょっと外をブラブラしてるドワーフだ」
ドワーフが名前をあえて名乗らなかったことを多少疑問に思う。しかし、旅をして得た知識からあえて何も言わずに頷いて応える。
「そして、こいつが相棒で『大きいの』って呼んでる。見てくれはアレだが、優しい奴だ。ただ……ちょっと、純粋で従順すぎるというか……」
「ははは。確かに従順そうだったな。それにすごい力だったよ。ここがこんな森じゃなかったらって思うと、彼とした鬼ごっこもこっちの負けだったかもな」
ドワーフはあたり一面の様子、特に落ちた葉っぱや傷ついた木をみて何となく察する。ふぅーやれやれといった感じで俯きながら首を振ったが、その口元は呆れて笑っている。
「ところで、アイジャーって呼ぶのは、どういう意味なんだ?」
「ああ、それはな――。お前さんは若い人間に思えるが、その、ドワーフと会うのは始めてか?」
不安そうな顔でドワーフが旅人に尋ねる。
「そうだなぁ、本で読んだ程度の知識があるのと、旅をする中で郷に一度。それ以外だと、商売で外に出た奴らだったかな」
「そうか。じゃぁ、隠すのは己の恥を認めるようなものか」
小人族は、体が小さく、硬くて丈夫な皮膚、太く強い髪と髭、引き締まった筋肉と強い骨、作業と制作において発揮する集中力と探求心、そして短い寿命。
昔、どうしてドワーフの旅人は皆が髭を生やし、男女ともに『束ねた髪が大きい』と本に書いてあったのか不思議でしょうがなかった。その疑問はドワーフの郷を訪れた時に解決する。髪が太く、長く、多く、皆が面白い髪型をしているのは頭を守るためだった。
特殊なマスクがなければ、人間では滞在するほど死の危険が増すような地中で生活をするドワーフ。編み込んだ髪、髪を留める紐でおしゃれを楽しみ、髪型が個人の所有物のようだった。そんな『大きい髪』がないと狭い通路で頭をぶつけては痛いし、小石からなにから落ちてきて痛い。
髪の毛から石が落ちてくるなん日常茶飯事。むしろ気づかないうちに天井から落ちてきた貴重な鉱石が含まれていないか探すのが日課なほどだ。酒場でお互いの髪をまさぐり、笑う光景はあたりまえ。
とても気さくで陽気、同時に臆病で慎重な種族。そんな彼らにも厳しい決まりがある。ドワーフから稀に、成長の止まらない巨人症の子が生まれる。3歳に成る頃にはほかの子より一回り大きく、5歳に成る頃には他の子との違いがはっきりと出る。
ドワーフサイズで創られた世界。危険な坑道では予測不可能な行動はみんなを死地にさらす。食事の量も多く、地中生活で酒と簡単な食事を中心としたドワーフとはそのほとんどが真逆だった。いつしか、新生児は3歳頃まで同じ場所で育つようになった。
皆が小さいままなのか、どうか・・・
そうでない子は、外の世界へと行く
そのほとんどが、ドワーフの郷を行き来する商人たちによって引き取られる
知性が低いとはいえ、従順なので単純な力仕事や反復作業にはうってつけ
恵まれた体格と腕力を別の目的で利用するために連れて行き、育てた者も居る
「ワシたちは、『地獄の竈』から出て、旅をしている」
「そうか。俺が寄ったことのあるのは『炎竜のねぐら』だよ。何年か前にな」
「おお。そこはとてもいい場所だと聞いているぞ。さぞ……あぁ、すまんな。人間にはちょと辛い場所か」
「ははは。ちょっと野暮用で数日寄っただけだ。あそこで平然と暮らすドワーフをみて、本当に驚いたよ。それに君らのその強さに感動したよ」
「わはははは! ワシたちは丈夫が取り柄だからな!」
ドワーフは近くに座る大男に近づくと、その頭に手を置き話をつづけた。
「こいつは弟なんだ。といっても、血はつながってないがな」
「同じ部屋で育った兄弟ってことだろう?」
ドワーフは良く知ってるなと感心し、少し悲しそうな顔で話を続ける。
「あぁ。部屋の子たちをあやかしてた時なんだが、こいつが一番なついててな。それで、最初にこいつの異変に気付いたのもワシなんだ……」
「巨人症だな」
ドワーフは大男の顔を見る。すると大男も「アイジャ」とドワーフを見つめた。
「じゃぁ、ドワーフの決まりも知ってるな? こいつは遅かれ早かれ、外の世界へと行くことになる。それ自体は俺も一度だけみたことがあるしその時は何も思わなかったんだ。だけど、こいつは……こいつを他の奴みたいに一人で行かせるなんて出来なかった」
旅人はドワーフの話を聞いて静かに頷く。神妙な面持ちのドワーフの横で、大男はそれとは反対に嬉しそうに顔を上下に動かしている。もう一度ドワーフが大男の顔を見ると、大男はそれに合わせて悲しそうな顔をする。時折、悲しい顔をしたまま目だけで二人の様子を伺い表情を合わせている。
「ワシは昔から外の世界に行きたいって思ってたんだ! だからいい機会だな!って、こいつを連れて旅をしてるわけさ。わははは」
「アーッアッア」
ドワーフに合わせて大男も声を出し笑っている。まとまったな。といった感じで早々と切り上げたドワーフの話だったが、その内容よりも二人の様子が今の関係を物語っていた。結果、『獣のフリ』をして近くの農作物を奪い旅を続けていたわけだ。
「そうそう、それでこいつは顎が悪くてな。俺のことを兄者って呼びたいんだがどうしても、アイジャってなっちまうんだ。お前さんもアイジャって呼んでくれていいぞ」
「アイジャー」
「やっぱりそうか。じゃぁ、言葉は一緒で、話は分かるが上手く喋れないだけなんだな」
「ああ。難しい話や長い話は無理だけど、短く単純に伝えれば素直にいう事を聞くぞ。素直に……ずっとな。わははは」
旅人はこれは今回だけではなく度々あるのだろう、お互い経験を積んでいるところなのだろうと察した。
「多分、気づいてると思うが、郷を出た時のワシたちはまだ若かった。まぁ、お前さんたちのいう若いとはちょぉっと違うがの」
「名前か?」
「アイジャー。オエ」
「いやいや、大きいの待てよ。ワシは兄者なんて名前はいやだぞ」
「……」
大男はため息をつき、小さく首を振った。
「ああ、そうだな。お前も『大きいの』なんて嫌だよな。すまない」
ドワーフの名前は、大人として認められた時に正式な名前が付けられる。それは年齢というより、職人として自分が何をできるかをみんなに認めさせた時だ。自分でつけることは許されず、親がつけることも許されない。通称や通り名、二つ名が付くのに近い感覚だった。
輝く宝石を束ねる者~、鍛冶職人の~、料理の名人~といったように、名前の前には仕事や特技が付くことが多く、被っていることも多かった。それまでは鍛冶職人~の息子という感じで他の家族の名前と共に呼ばれるのだが、郷を飛び出した二人にはそれすらもなく、名乗りたくとも名乗れないのだろう。
「アイジャ。俺は『炎竜のねぐら』に行ったこともあるし、寝泊りもした。仕事をしたせいもあって名前も頂いたぞ」
「それは本当か!? なんと羨ましい! して、その名は?」
子供が冒険談を聞くときのように、ドワーフと大男は目を輝かせて旅人を見ている。なんだなんだ?? まだかまだか?? はやくきかせてくれ! といった感じで。
旅人は二人の前で立ち上がると、腰から剣を抜く。その剣先を前方やや上空を刺し誇らしげに二人を見下ろす。膝に手をついて、まだかまだかとこちらを見る二人。
「俺が頂いたのは、『穴を突くもの』!」
「おおおぉぉ……?」
驚嘆から疑問へと変わった歓声。併せて声を挙げようとしていたのか大きいのもそれに合わせて「おおおぉぉ?」と口を曲げながら言った。
「それは、あれか? お前。その、人間のくせにドワーフと――」
「断じて違うぞ! そう来ると思った! 貰った時はそんな感じで馬鹿にされたが断じて違う!」
旅人は胸の前を左手で横に振り払い、その考えを払拭しようとした。大男はドワーフの横で下唇を上唇に重ねるようにあごを少し突き出している。ニヤニヤした顔で頷きながら左手の親指と人差し指で作った輪っかに、右手の指を出し入れしていた。その様子に気づいた旅人が、
「お前、大きいの! それの意味はわかってやってるのか?」
「ウウゥッフフ」
「間違えてはいないよな。わはははは」
座っている二人は顔を合わせてお互いに頷く。
「ドワーフの郷に寄った時、坑道のやらなんやらの、要は"モグラ狩り"だ。そう、モグラ狩りだ! 『モグラを狩りし者』とかにすれば、こうはならなかったんだが。あいつらの悪ふざけを感じるな。酒場でみんながノリでつけてくれた時点で俺は嫌だったんだぞ。」
「わはははは。そうだな。悪い悪い、てっきり……」
「まぁ、とにかくだ、ドワーフのしきたりに従うなら、人間とはいえ俺にもドワーフの名称がある。そして大人だ。つまりお前たちに名前を付けることが許されている」
「……うん。確かにその通りだ」
ドワーフは納得した顔で大男と顔を合わせた。
「よし。そうと決まったら、今日は宴だな。なぁ、大きいの? 旅人と三人で楽しく飲もうではないか」
「おお、それは助かる。しかし、一か月もここにいるのに酒があるのか?」
「アウー」
大男が立ち上がり、こっちだと手振り身振りで二人を連れていく。いくらか森を奥へと歩いたところ、崖の上に彼らがこの一か月ほど宿にしている洞があった。入口には調理なべや簡易の椅子らしきものまである。中も快適な空間になっていたのには「さすが」と旅人は感心した。
「あと数時間で日が暮れるな。今日はとっておきの酒を出そう。さぁ、準備だぞ、大きいの」
「おれも何か捕まえてこよう。近くに川があるのか?」
「ああ。少し下ったところにあるぞ。そうだ! 仕掛けた罠を今日は。まぁ、今日はというかずっと。わははは。仕掛けてからしばらく見てないな。もしかしたら、いいのが獲れてるかもしれん。頼めるか?」
「もちろん。そこの弓を使っても構わないか?」
「構わんぞ。いつでも使えるようになってるからな。まぁ、当たらないことが問題なんだが。わはは。そうそうあとで大きいのが水を汲みに行くから」
「わかった。行ってくるよ」
「宴で皆が名前を名乗るとしよう!!」
旅人は椅子に立て掛けてあった弓矢一式をもって、川のある方へと向かった。大男はせっせと中から食べ物を運んでいた。ドワーフは薪を集めて調理の準備をしている。
名前をもらえる
食事ができる
新しい友と酒を交わす
三人はそれぞれ準備を続ける