46 山賊② 脱出の機会
石造りの壁が一面に広がる細長い地下室。片方の壁には檻が三つあり、そのうちの一つにクレアは入っている。
背が高い四十歳くらいの人間の男性。短めで薄い茶色の髪。体は細めでも肩や頬骨が出ている。身に着けているエプロンは血で赤く染まっている。
壁には多めの灯りが確保されているため、地下とは言え明るかった。しかし、寒いことに変わりはない。連れ去られたときに使われた布をそのまま身にまとい、肉を切るトールを見つめるクレアが声をかける。
「ねぇ、どうしてそんなに乱暴に切り分けるの? もっときれいにやったほうが……」
ドン!
今までで一番強く乱暴に振り下ろす。トールが大きなナタを握った手を止め、背後から聞こえたクレアの提案に無言で振り返る。ナタを握りしめたまま檻に近づいてクレアをじっと見つめる。
「お前、こいつらを捌いたことあるのか?」
「何回もあるわ。よかったら教えるけど?」
「よし、ちょっとこい」
トールは振り返り歩く。クレアも檻をそのまま素通りしてトールと共に台に向かった。鉄格子の扉はカギがかかったままだが、その幅がクレアにとっては無意味だった。大きすぎるのだ。そして、
「すごい力ね。これを一刀で切り分けてたなんて」
「そうか?」
「ええ。細い腕なのに。すごい」
「そうか??」
「ええ。じゃぁ、これをこうやって――」
少し誇らしげになったトールはクレアに森牛の捌き方を教えてもらう。トールは熱心にその様子を見て、クレアに感心していた。こんなに若い、細い少女が見事に大きい牛を捌いて行くのだ。手早く、正確に、無駄なく。
「お前、すごいな……クレアだったな」
「うん。これって、みんなで食べるの?」
「ああ。さっき一杯来てただろ? 俺たちは全部で十六人だ。それと今日は新人が一人入って、十七人。お前を入れて十八人分だな。ボスの誕生日だから、奮発しないとな」
「すごい大人数ね! そういえばさっき、私を食べるとかどうとか言ってたけど?」
「はっはっは。あいつら意味がわかってねぇんだよ」
「?」
「男が女を食うってことの意味だよ。まぁ、クレアにはまだ早いか? そういうのは……」
「?」
「まぁ、忘れてくれ」
トールが捌いた肉に下味をつけたり色々してる中、クレアも一緒に手伝っていく。ふと、
「ねぇ、トールさん。ケーキとかお菓子は? せっかくの誕生日なんでしょ?」
「いや、俺には作れねぇ」
そう聞いたクレアが棚にある調味料や食材を色々調べる。ちょうどその時、地上へ続くドアが開き誰かが下りてくる音が聞こえた。トールとクレアが顔を合わせ、
「おい、戻れ」
「はい」
クレアはタタタっと檻の中へ駆け行った。さも何事もなかったかのようにトールは調理を続ける。入ってきたのは、小さな男の子だった。犬のように鼻筋が少し強めに出て、耳が頭の上についている。少し色濃い獣人で、さっき皆と一緒に『この子食べちゃうの? どういう風に?』と言ってた子だ。
トールの傍まで来ると、
「ねぇ、トール? 今日はお菓子作ってくれるの? お誕生日でしょ? 久しぶりに食べたいよ」
困った顔をしたトールがしゃがみ込む。
「キボー。すまないな。作れたらいいんだが……」
「なんだぁ。でも、わかった」
小さな男の子キボー。お菓子がないと知り少しがっかりした表情を見せたが、元々期待していなかったのか素直に聞き入れていた。その様子を見たクレアは、さっきみた食材と檻の中からも見える調理器具など踏まえトールに合図を送る。
「トールさんなら、今日はお菓子作れるってさっき言ってなかった? そこにある材料と竈があれば、作れるって」
驚いたトールは、しばらくクレアのことをボーっと見つめた。そしと考えを巡らして言っている意味を理解すると思いついたように、
「あ、ああ。ああ! 作れるぞキボー。今日は、作れるかもしれないから、おとなしく夜まで待ってるんだ。わかったな?」
「ほんと!? やったぁ! じゃぁ、弓の練習をして待ってるよ!」
トールは立ち上がり犬獣人のキボーの頭を撫でると、その少年は嬉しそうに走り去った。トールがクレアの方を見ると先にクレアが言う、
「大丈夫よ。さっき材料は見たから……あとは用意しなくちゃね」
「お前、作れるのか?」
「ええ。卵も一杯もってきてくれる?」
「わかった。ちょっと待ってろ」
そういうとトールは鶏のところまで走っていった。ドアを開けたまま鍵もかけずに、砦の反対側の柵のある場所まで砦をぐるりと移動した。開けられたままのドアに気づいたクレアは階段を駆け上る。
トールは巣から取り出した卵をかごに入れ、地下調理場まで戻る。陽気に歩いていると、ふと自分の間違いに気づいた。いつもの癖でドアを開けたまま出てしまった。この間にクレアが逃げ出してしまったら自分のミスだ。しまった!と急いで戻ると、開けたままのはずのドアが閉まっていた。
ドアの前で立ち止まり肩を落とすトール。自分のしたことを悔やみながらもドアを開け階段を降りる。自分の小さなミス、キボーが喜んでいたお菓子作りできなくなること、悔しさと悲しさの混じった表情で、階段を折り切って顔を上げる。
「すごい! そんなに卵があるのね。じゃぁ、こっちへ」
逃げたと思っていたクレアは腕まくりをして、髪を留め準備をしていた。そんな彼女の姿にほっとしたトールは、彼女の真っ黒な瞳に濁ったものが何もないように感じた。
「ドアが開けっ放しじゃなかったか?」
「ええ。だから、閉めといたの。また誰か来ても分かるように。ドアを閉めるときが一番ドキドキしたわ。誰かに見られたらどうしようって」
「ははは。クレア……」
「えへへ。はやく作りましょ! 大変な作業よ」
「おう。そうだな」
しばらくすると、新たに二人が地下調理場へやって来た。
前を歩くのはそばかす顔で赤い髪はボサボサで首くらいの長さ。クレアより何歳か年上の人間の女の子モラ。一緒に降りてきたのは五歳くらいの女の子サラ。同じく人間で髪の毛はボサボサだ。
ドアが開く音がするとキボーの時と同じように檻へと戻ったクレア。入ってきた二人は檻の様子を見ていた。そばかすのモラがトールに、
「ねぇ、アタシたちも手伝うけど? って、これあんたがやったの?」
「お、おう。今日は絶好調だ」
「……。あっちの調理台は?」
「お、おう。今日の俺は腕が四本あるんじゃねぇかっていう動きだ。だから、あぶねえぞ。ここから出て行け。すんごい速さで動くからな」
「……」
「トールおじちゃん、腕四本生えたの?」
トールが少女のサラを相手している間に、モラがクレアのいる檻までツカツカと一直線に歩く。前まで来ると、
「貴方、手伝ってたんでしょ?」
「どうかなぁ」
「あれ、お菓子作りよね? 私、昔見たことあるの。ああいう感じだったわ。作れないけど、多分そうよ」
「おかしー!?」
サラが走って来ると、檻を通り越してクレアの足元へ来て嬉しそうにジャンプしている。
「お菓子作れるの? おねーちゃん!」
「あ、こら! 勝手に入っちゃダメじゃない! サラ! そいつはボスの――」
しゃがみ込んでサラと同じ目線になったクレアが優しく言う。
「食べたい?」
「うん」
「大丈夫よ。今日はきっとおいしいお菓子もついてくるから」
「やったぁ!」
サラはクレアに抱き着くと「おっかし! おっかし!」と言いながら足踏みしてトールの元へと戻った。モラが腰に手を当てて不服そうな顔をしている。クレアが、
「手伝ってもらえる? たくさん作らなくちゃいけないから」
「いいわ。私も食べたいもの。それに、どうせいなくなったらまた続きをするんでしょ?」
「よかったぁ。じゃぁ――」
そう言うと、檻から出たクレアがそのままモラと一緒にお菓子作りを始める。サラはしばらくするとはしゃいだせいか疲れて眠ってしまった。それに気づいたモラが少女を抱き、檻の中で眠らせると布を被せた。そして、白い布でクレアの髪を留める。
「次、誰か来たらあのふくらみが貴方ってことで」
「小さい」
「どうせ、バレやしないわよ」
「あはは」
「そうそう、私はモラ。あの子はサラ。アンタは……」
「クレアよ。よろしくね、モラ」
二人は顔を合わせ、話し、笑いながらお菓子を作り続ける。
一方、クレアを探すためローズに会えるかもしれない場所へと辿り着いたエレノア。道が分かれている場所。ちょうど、独りの女性が絡まれているのが分かった。絡んでいるのはジェームズだ……
「お嬢さん。ひとり旅は危険ですよ? 俺たちみたいな盗賊に何をされるかわかったもんじゃない。こっちを行きたかったら金目の物を、それが出来ないならほら、あの猫の獣人がいる……エレノア?」
「やー、ジェームズ。会いたかったよ。おね―さん、こっちの道を行った方がいいよ。すぐに村につくから」
ジェームズに足止めされていた女性はそのまま村の方へと向かっていく。ジェームズがエレノアに、
「どうしたんだい? ま、まさか! この俺に会いたくて! いや、どっちかっていうと俺は、ク――」
「ちがーっう! そのクレアが居なくなって探してるんだよ。それで、何か知ってるかなって思って」
「え? クレアちゃんがいなくなった?」
「そう。今朝から姿が見えないんだ。それと村で馬車が盗まれてて、あっちの山の方へいったみたい。山賊か盗賊の仕業じゃないかって言われて、とりあえず盗賊のローズさんに聞いてみようて思ってさ」
「俺たちじゃないけど、姉さんには言っておくよ」
「それと、山賊のアジトってどこか知ってる?」
「向こうの山の方だけど、今から行ったんじゃ迷子になるよ。それに今日はアボットが偵察にいってるから、もしもクレアが居たら気づくはずだし。今日は一旦戻りなよ」
「わかった。宿に戻ってるかもだし。何かわかったら村の宿にいるから。ありがとう」
「大丈夫。俺が絶対にクレアを守るから!」
「……。うん、期待してるね」
ジェームズはローズの元へ、エレノアは宿へと戻った。
■ モラ 人間 17歳くらい そばかす 赤毛 首くらいの長さの髪 ボサボサ
■ サラ 人間 5歳 髪を切ってるのはモラ。ゆえにボサボサ
■ キボー 犬アニム 6歳 色濃い獣人
■ 鶏小屋 砦の裏手
■ 絡まれたお姉さん お嬢さんといわれてるけどジェームズより少しだけ上




