45 山賊① 肉を切る男
朝になったらエレノアを起こす。これはクレアの役目で、父と別れてから始まった嬉しい日課だ。
独りになったクレアの家にはエレノアが頻繁に寝泊りするようになっていた。自分の家よりも長くゆっくり寝られるのが気持ちいいらしい。いつしか、クレアはノラの代わりにエレノアを起こすようになる。そうでもしないと彼女は長く寝てしまうから。
今朝もエレノアはクレアに起こされるまでゆっくりと寝ていた。何度か目を覚ましたが、起きる時間ならクレアが声をかけるはず。ここは安全な宿の中。彼女は何度も二度寝する。
窓から入る光が床や壁を強く跳ね返る。目を瞑っていても伝わる光と熱に気づいたエレノア。それに外がまるで昼間の様に騒がしくなっていた。朝にしては明るく、賑やかだ。これはおかしいと思い、とりあえず上体だけでもベッドから体を起こすとその異変に気が付いた。
まずは空腹。朝なのに……まるで昼前のような空腹感。
次に、喉の渇きとだるさ。長く寝た時に経験したものだ。
そして、クレアの姿。いつもならそばにいるはずだし、飲み物が置いてあることも多い。それなのに今日は静かで、誰もいない。
「あれ?」
ベッドから出ると、部屋の窓から外を眺める。外の明るさが、人の様子が、影がすでに昼を越えているのは明らかだった。
――?
エレノアは何かがおかしいと思い、一階に降りて辺りを見回したが彼女の姿が見当たらない。そして、外へと出るが同じく見つけられない。小さい村だ。少し歩けば出会えるだろうと、歩き回ったがどこにもいない。
「クレア? どこに行ったのかな」
彼女の荷物は全て部屋に置いてあった。寝た時のままだ。宿の主人に聞いてみたが、
「いや、連れの子? 黒髪の子だろ? 俺がここに来てからは見てないよ? だから、俺よりも朝早く出たんじゃないかな?」
という、話しか聞けなかった。エレノアはそのまま一階にあるテーブルに座りご飯を食べながら考えている。とりあえず口にすると、そのまま食欲が進む。
クレアが一人でどこかへ行くと言えば……狩かな?
旅の途中でも何度かはあった。それでも朝の内に戻り起こしてくれる。そういえば、弓もそのままにして置いてあったな。そう思い返すと、段々と不安になり始める。
「おっちゃん? 今朝って何かあった?」
「何か? いや、別にいつも通りの朝だけど……そうだ、そういえば村の馬車が一つ盗まれたって言ってたな。あの子が関係してるのかい?」
「クレアはそんなことしないよ。でも、ありがとう。ちょっと聞いてくる。ごちそうさま!」
まだ飲み込む前に席から立つと、その足で昨日の夜に馬車を見かけた場所へ行ってみると、確かに無くなっていた。近くにいた村の男性に聞いてみると、
「ねぇ、おにーさん。ここにあった馬車が盗まれたってきいたんだけど? 知ってる?」
「ん? ああ、そうだね。まぁおんぼろだし何の価値もないけどね。きっと山賊じゃないか? もしくは盗賊か? 最近いきなり現れたからな。車轍もほら? そのまま真っすぐ山へとむかってるだろ? 何かを運んだんじゃないかなぁ。でも村からは何も盗まれてないよ」
「そっか。ありがとう!」
エレノアは考えながら歩いて宿へと戻る。
村からは何も盗んでいないのに馬車を盗む? 必要だから盗んだ? クレアも一緒? クレアが盗んだ? そんなことするはずがない。何か理由がないかぎりは……。
山賊? 盗賊? ローズさんか……。でも、それなら何か教えてくれるはずだし。とりあえず、ローズさんのところに行って、聞いてみるか!
エレノアは考えをまとめると、急いで部屋へと戻り地図を開いた。クレアがお父さんから貰った物だ。裏面は通ったことのある場所が全部記録されている。お父さんの時でかなり埋め尽くされていた。反対側は、開いた場所を中心に現在の地図を見せてくれる不思議な道具。
「えっと。昨日はここでローズさんたちと会ったんだったかなぁ。とりあえず、同じところに向かってみるか。おっちゃんにも聞いてみよっと」
一階の宿の主人に話しかける、
「どうだった?」
「うーん。何とも言えないけど、山賊か盗賊かなって言ってた。クレアがいないのが関係してるかわかんないけど、そこからあたることにしたよ。それで、おっちゃんさ、レッド・ローズ盗賊団って知ってる?」
「ああ、最近現れた三人組だろ? なんでも女頭がえれぇべっぴんだって聞いてるぞ」
「……たしかに。いや、そうじゃなくて、その盗賊に会いたいんだけどさ、どこにいるか知ってる?」
「んー。ここを通る人でよく聞くのは、ほら、この地図に載ってるここの分かれ道あるだろ? ここらへんでよく出るって噂だそ。それでみんなこっちへ流れてくるんだ。おかげで山賊に会ってるやつはいないみたいだけどな」
「ふぅん」
カウンターに身を乗り出した主人がエレノアにこっそりと、
「なんでも、山賊たちは夜な夜な人を攫ってはごちそうとして食べてるそうだ。最初は生きたまま儀式で使って、それから鍋に入れてゆっくり煮込むんだと」
「うえぇ」
エレノアが苦そうな顔をしながら主人のコソコソ話に反応した。主人んはそれが終わると元に戻り、分かれ道の話へと戻った。
「まぁ、ともかく……その分かれ道を奥の山の方へ行くと、山賊のアジトがあるって噂だ。まぁ、外から来る人からしたら盗賊に襲われて小銭盗まれただけで、ここの村にくるんだから不幸中の幸いじゃないか?」
「……(クレアが言ってたのはそういうことか!?)。ありがと! じゃぁちょっと行って、聞いてくるよ」
「あいよ。気をつけてな。あ! 連れの子が帰ってきたらどうすんだ?」
「ローズさんとこに言ったって伝えておいて! すぐ戻るって!」
エレノアはそのまま村を出ると、山の方へと向かった。
一方、同じく昼過ぎ。別の場所では……
「おう。お前が新人か?」
「……」
人間で三十代の大男。鼻の下に髭を生やし、頭を布で巻いた男が胸を張り聞いている。相手は自分よりも屈強で大きく、茶色い長い髪に髭、猫の様に鋭い目つきでしっかりとした眉毛、そして無口なその男と話していた。
「はぁん? しゃべらねぇってか? まぁいいだろう。それも自由だ。お前の体を見ればわかるからな。そうとう鍛えてるんだろ? ここじゃルールは簡単。仲間を大事に。そして、俺に逆らうな。ただそれだけだ。わかったか?」
「……」
「……よし、わかったようだな。そうだな、お前の名前は『ブラウン』だ。髪が茶色いからな。行っていいぞ」
その様子を隣でみていたぎょろ目の男が、
「ボス。すんごいのが入りましたね。なんで上半身裸なんですかね?」
「おお。後で服を与えてやれ。しかし、あいつが仲間なら心強いな。はーっはっは? ところで何かやってるのか? 下がなんだか騒がしくないか?」
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださいボス。それは、あの、まだ駄目なんですよ。今日の晩御飯の時に美味しく食べてもらおうと思って」
「あ? いい肉が入ったのか?」
「それはもう上玉が。黒い毛の……いや、もう若い綺麗な奴ですよ。へへへ」
「そうか。まぁ楽しみにしてるよ」
ボスを見送ると騒がしい現場へと戻る。彼の名はジウ。赤い鼻とギョロ目と小柄な男。今朝、村からクレアをさらった男だ。ボスと呼ばれていたのは、古い城壁をアジトに最近活動を始めた山賊の頭。
ジウは急いで石の階段を降り地面まで降り立つと、木のドアを開けそのまま地下へと降りて行った。石造りの壁で出来た地下とはいえ、松明が多く中はとても明るかった。
ドン!
ドン!
大きな音が鳴るたびに、肉と血が飛び散る。冷たい地下室で、山賊たちが騒いでいる。
「早く夜にならないかな!」
「この子食べられちゃうの? どういう風に?」
「うひょー! すんげぇ美人だな。ボスがこの子を食べるんだろ?」
地下では名前のとおり背の高いトールが服を真っ赤にしながら大きなナタを振り下ろしていつものように肉を捌いている。無表情でただ、ただ、ナタを上から下に振り落とすだけ。
トールの後ろには檻が三つほどあり、そのうちの一つに囚われたクレアがいる。たくさんの男に囲まれ色々な声が飛び交う。その様子にトールは怒り、
「おい、お前ら? 切り刻まれてぇか? うるせぇんだよ。自分の舌を食べたい奴から喋っていいぞ。塩かレモンか決めておけよ。じゃないと何言ってるかわからなくなるからな」
大きなナタを持って近づいてくるトールに皆が逃げ出す。
「ふぅ……。ったく、うるさくてしょうがねぇ。おう、ジウ。どうした?」
「今日はボスの誕生日だからね。この子を美味しく食べてもらおうと思って。どういう風に料理するのかなって」
「……。とりあえず、お前も出ていけ。今にも飛び出そうな目ん玉抉り出して、スープに入れてやろうか? お前の面なんてスープに目玉いれりゃそっくりだろ」
「……わかったよ。じゃぁ、あとはよろしくな」
ぶつぶつ言いながら、ジウはその寒い地下室を出て行った。
トールは引き続き手に入れた肉を捌き続ける。
ドン!
ふと、手を止めるとクレアに話しかけてきた。
「こいつはカグ。昨日までは楽しそうに走り回ってたやつだ。切り分けるのはちょっと悲しいがな」
ドン!
「お嬢ちゃん。名前は?」
「私はクレア」
「……俺はトール。短い間だけど、よろしくな」
ドン!
■ ボス (カトスキー)山賊のボス。口ひげ、頭に布、逆三角形の男
■ ジウ 赤い鼻、ギョロ目、小さい、クレアをさらった男
■ トール 背が高い、エプロンが真っ赤で中年で短髪の男性。皆におそれられている
■ ブラウン 新人 茶色い長い髪 ヒゲ 鋭い目 でかい 筋骨隆々 無口




