44 アーサーとアーサー
月はもう少しで夜の空に飲み込まれてしまうほど細い。小屋の前で焚火にあたる一人の女性。彼女の髪はオレンジ色にほど近いジンジャー。
イエローとレッドを混ぜたその色は、最高の輝きを放ち太陽のように暖かみのある活発なエネルギーを持つ。この陽気なオレンジの髪を持つ彼女は、時に高慢なそぶりを魅せるが皆がそれを恐れたりはしない。
彼女の名前はヴィクトリア・ローズウッド。
レッド・ローズ盗賊団の女ボス。この世界で名高いローズウッド家の長女にして今は新進気鋭の盗賊だ。高貴な立ち振る舞い、美しい顔立ちと荒々しくも鋭く正確な剣技は仲間の士気を高め、魅了する。
ここ、山の中にある今は誰も使っていない小屋を拠点に盗賊を始めて一か月。成り行きではあるが、ある意味では不器用な彼女のやり方。
「お帰り、アーサー」
ライオンのアーサーが重く静かな足音と共に暗闇から現れる。クレアとエレノアを村まで送って戻ってきたところだ。焚火の前に座っていたローズが声をかけ、ジェームズと話を続ける。
「それで、その山賊ってのはどこにいるのか分かったかい?」
「ああ。向こうの山を越えた所にいるのは分かった。人数も十人以上は確認できたけど、もっといるかも」
焚火の中へ細い枝を折っては投げ込むローズ。そんな彼女を見つめながらジェームズが言う、
「なぁ、ローズ姉さん。あんな周りくどいことしなくてもいいんじゃないかな?」
「いいんだよ。私たちもずっとここにいるわけじゃないからね。それに見ず知らずの人間に『こっちは危ないから向こうへお行き』なんて言ったところで『はいそうですか』ってなる奴がいるかい?」
「いや、クレアならそうなったと思う……」
動きを止め、ジェームズを鋭く見つめる。
「あんた、あの子に惚れたね?」
「ち、ちがうよ! 全然、そんなことないやい! そりゃ、可愛いし、綺麗だし、強いし、優しそうだったし――」
「あ?」
「……ローズ姉さんは大人の魅力だよ? でもあの子はなんていうか、初めて見たよ。真っ黒な髪であんな――」
「あははは。そうだね。あんな真っ黒で綺麗な髪は、私も初めて見たよ」
どうにか笑ってくれたローズを見て安心するジェームズ。アーサーが気楽そうで羨ましい。
「とにかく、山賊なんてもの立ちあげて何をするのか見極めないとね。噂じゃ人を食うとか、百人いるとか、色々飛び交ってるからね。おかげでこちとら無駄に足止めを食らってるんだ」
ジェームズが立ち上がり、呆れたように首を振りながら小屋へと入っていく。
「じゃぁ、先に寝るよ。お休み」
「おやすみ。ジェームズ」
残ったローズは腕をあげながらリラックスして背もたれのアーサーへとそのまま埋もれていく。遠い目でアーサーの体を触り、鬣を撫でる。
「あんたはいいね。こうやって撫でられたら嬉しいんだろ? 私も……彼に会いたいよ? ねぇ? 意味わかるだろ? あいつどこで何やってると思う?」
鬣をいじくりながら寂しそうに話すローズ。次第に顔が変わっていく……
「マジで、あのやろう……今度、姿を見せたらまず最初にぶんなぐってやるんだから。思い出したらむかついてきた。覚悟しなさいよ、アーサー」
ライオンのアーサーはそれを聞き、顎を更に地面へと落とす。ローズはそのまま黙って鬣をいじくりながら、静かに眠りについた。アーサーはそんな彼女を守るように一緒に眠りへと就く。頬を包む風と焚火のそばの暖かい夜の中――
一方、村の宿。クレアは部屋に戻りベッドへと入る。そして小さな声でエレノアに話しかける。
「ねぇ、エレノア?」
「ん? どうしたの?」
「最近ね、山賊がでるようになったんですって。ここのご主人が言ってたの」
「うへ。おばあちゃんが言ってたやつかな?」
「うん。そうだと思う」
「山賊かぁ。どんなやつらなのかな?」
「エレノアってば、見たくてしょうがないって感じね」
「そりゃそうだよ。家を出てからは平和そのものだし」
「あはは。そうね……でもよかった。私ね、外の世界ってもっと危険な場所だと思ってたの。人が多くて、そうね……例えば本で読んだような悪い人がいっぱいいるんじゃないかとか」
「そうそれ! それを期待してたの!」
「期待しちゃダメじゃない、エレノア」
「……クレアだって、ちょっとは期待してたんじゃないの?」
「……ふふ。そうね」
「あはは。ほらね? でもさ、本で読むのとそこで生きてる人たちって、やっぱり違うね」
「おばあさん?」
「うん」
「そうよね」
「だってさ、あのまま一人じゃ……」
「みんなそうだった。どこの村でも。お互いを助け合って生きてた」
「あー。もう悩んでたら眠れないよ。おやすみ!」
「山賊がきたら期待してるからね? エレノア」
「へいへい、しっかり任せてね――」
「おやすみ――」
二人はそのまま眠りについた。部屋の外、通路の先ではクレアが部屋に入るのを見届けていた二人の男が小声で話していた。
「へへへ。あれなら絶対に喜んでくれるって」
「しっ。じゃぁ、朝になったらやるぞ」
「ああ、楽しみだ。へへへ」
クレアを観察していた二人の男は闇夜の中、静まり返った村の中で準備をする。夜明け前になると、宿の近くの建物の陰から彼女が出てくるのをずっと待っていた。
※
朝になると見張りが手振り身振りで合図を送る。クレアが一人で宿から出てきたのだ。外の水場で顔を洗うために部屋から出てきたところだ。
手で水をすくい、顔を洗っていると小柄な男性が声をかけてきた。
「あの、すいません? ちょっと荷物を運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
こんなに朝早く? 急いでいるのかな?
クレアは疑問に思いながらも、その男性のお願いを聞くことにした。袖の短い服と膝丈のパンツだけ。あまりきれいな格好とはいえない服装をしていた。建物の間を通り抜けると裏手に馬車があり、荷台は天幕を辛うじて張った程度のボロボロのもの。
これじゃ布がおちちゃう。あぶない……
「あの、これもっと固定したほうがいいんじゃない? 私がやりましょうか?」
軽い木箱を運び、荷台に乗ったクレアがそう聞くと、
「いやいや、黒髪のお嬢さん。いいんですよ、それで。すぐに外せるほうが役立つこともあるし。へへへ。これどうぞ」
男から手渡された木箱を両手で持ち、荷台の真ん中まで来ると突然視界が閉ざされた。天幕で使っていた厚めの布が落ちてきたのだ。
やっぱり! とりあえず出なきゃ。
そう思ってた矢先、別の男の声がする。
「よし! 捕まえろ! はやく! いけ! いけ!!」
布が落ちてきたと同時に男の声。外側から誰かに抱きかかえられ足を布ごと縛られてしまった。叫び声も布が厚いせいであまり響かない。
「エレノア!!」
布でぐるぐる巻きにして荷台に置いたクレアを見つめながら、
「そらいけ! 早く! やった! やったぞ!」
「さすがだ兄貴! 手際がいいですね! この子、俺たちの弟いっぱい産んでくれるかな!?」
「へへへ。そりゃ、そうさ。ボスもきっと気にいってくれるぞ」
ガタガタと走る馬車。手元に武器もなく抜け出すことが出来ないクレアはそのまま運ばれて行く。誰もいない山道で、嬉しそうな男たちを朝日が照らしていた。
■ ヴィクトリア・ローズウッド ローズウッド家の長女




