43 高原④ 我はアーサー
急勾配の上り坂。
頂上にある大きな岩の上に立ちはだかる女性。
彼女を背後から照らす光は、ジンジャーの髪をエッジで輝かせている。
まるで背景からその女性だけが切り取られているようだった。
同時に現れた二人の男性。兄のジェームズと弟のアボット。坂を下りてきたアボットが、先に到着した兄のジェームズを吹き飛ばし、息を切らしながら言った。
「はぁはぁ。さぁ、二人とも金目の物を出すか、命を差し出すか、はぁはぁ、好きな方を選びな。やった!」
言い切ったことで両手を握りしめ喜んでいるアボット。その顔は優しく憎めない印象。クレアは思わずエレノアと顔を合わせて笑ってしまった。エレノアが言う、
「なんて、迫力のない盗賊だよ? アボット」
「え? そんな……二人とも、笑わないでよ。こっちは、結構必死……なんだから」
「あははは。でも、私たち渡せるような物は持ってないの。アボット……それと、ジェームズ――」
クレアが言いながらジェームズが飛んで行った方を振り返る。後ろではジェームズが体に着いた土をまた払い落としていた。こちらへ歩きながら笑顔で言う。
「いやぁ。何か奪わないとね。姉さんに怒られちまう……」
エレノアがフライパンを握りしめるとジェームズが急いで言い直してきた。
「ちょっと、そんなに怖い顔しないでくれよエレノアちゃんも。何も有り金を全部盗ろうってわけじゃないんだ」
「はあ? それでも盗賊でしょ? 何か奪おうっていうんならただじゃやられないよ?」
「待ってエレノア。あのね、アボットにジェームズ……。私たち旅に役立つような物以外はほとんど何も持たずにここまで来たの。だから、奪われるような物なんてないの」
「うーん。それはどうかな?」
ジェームズが腰に手を当て、亀のように首と顔だけで二人を物色する。何かに気づいたのか、
「お? クレアちゃんのそのネックレスはどうかな? それに……、エレノアちゃんのそれは単眼鏡だよね? それは……フライパンはさすがに要らないから、それでどうだろう?」
「あのね、このネックレスは大切な人の形見なの。それにエレノアの単眼鏡も同じ。優しい人から頂いた大事な物。だから渡せない」
「べーだっ!」
口を歪ませたジェームズが考えている。ふと頂上の岩の上に立っている女性を見ると肩を落としながらこちらへ向きなおし、
「怒られちゃうなぁ。俺……。しょうがないかぁ」
そう言いながら、ジェームズは腰から二本の短剣を抜いた。
「大丈夫。傷つけたりはしないから。なんだったらその剣でかかって来てもいいよ? そうだなぁ、俺が勝ったらそのリュックについてるコンパスっていうのはどうかな?」
エレノアが「手加減せずに倒しちゃえ」という中、リュックから小剣を抜き、余裕そうなジェームズに言う。
「それもダメ。私は貴方たちに何もあげないから」
エレノアとアボットが二人で道の脇へと移動する。短剣を構えたジェームズと、小剣を抜いたクレアが静かに睨みあう。
「ひゅー。こわいね、クレアちゃん。ちゃんとその剣を使えるのかな? 俺はこれでも強いんだぜ」
そう言うと、低く攻め込んできたジェームズが逆手に持った短剣でクレアに襲い掛かってきた。その剣は独特な線とリズムで斬り込んでくる。
「おお! やるねクレアちゃん」
「……」
「必死かな? どう? 俺ってばイケてるでしょ?」
「……」
ジェームズの剣は確かに独特で面白い。でも、物心ついたころからずっと父を相手にしてきた。それに比べたら遥かに遅い。何か企んでいるのかな? そう思えるほどに彼の高揚感とはズレが生じていた。
「受けるのも、避けるのもうまいね! 降参するかい?」
「いいえ」
一言だけ放ち、余裕そうなジェームズの手首へグリップ先を当て短剣を落とす。残った左手の短剣を避けながら足を払い、そのまま回し蹴りで吹き飛ばす。といっても、体重の軽いクレアでは相手のバランスを崩して後ろへ飛ばす程度だった。
「いってぇ!」
唖然とするアボット。横でエレノアが誇らしげにしている。倒れたジェームズは……何か嬉しそうな顔で見つめてくる。膝をついたまま素早くクレアの元に近づいてくると、
「惚れた。すごいよクレアちゃん。惚れたよ。俺、こんなに美しく可憐で強い女の子は初めてだ。将来を感じるよ」
クレアを見つめるジェームズの目は輝いている。その様子にオロオロとしているアボットが、
「兄さん。ローズ姉さんに怒られるよ?」
「ああ? いいんだよ、あんな鬼ゴリラ。これがほんとの女だよ。この若さでこの美貌、可憐で強く優しそうな瞳。吸い込まれそうな黒い瞳はなんて素敵なんだ。その髪も真っ黒だね。なんて珍しい。ああ、あと数年もすれば最高の――」
そう言っているジェームズの横顔に綺麗な蹴りが入る。少し前からこちらへ近づいてきていた「ローズ姉さん」が膝をついて喜ぶジェームズにキツイ一発をお見舞いしたのだ。
「だぁれが、鬼ゴリラだこら」
吹き飛んだジェームズがうつ伏せのまま、
「そういうとこだよ……」
目の前まで来たのは「ローズ姉さん」と呼ばれる女性。とても綺麗な人だった。キリっとした目、すっきりした鼻に熱い唇。唇の下にホクロがある。
「ったく。あんたら兄弟は、ほんっとに役に立たないね――。ところであんた達すごいじゃない? こいつに勝つなんて。特にあんた。名前は?」
はっきりとした喋り方、少し低いが魅力的な声。大人の人間の女性だ。
「私はクレア」
「あたしはエレノアだよ」
二人のことをゆっくりと眺める。
「へぇ。まだ若いじゃない? 私はヴィクトリア。まぁ、ローズって呼んで。盗賊をやってるんだよ。レッド・ローズ盗賊団。知らないかい?」
エレノアとクレアは互いの目を見るが同時に肩でその問に答えた。
「まぁ、見る限り二人とも旅をしてきたんだろ? しかもここはもう誰も使ってないような道だしね。それと……」
ゆっくり歩きながらクレアとの間合いをとり、腰から細い剣を抜くといきなりクレアに斬りかかってきた。
クレアは咄嗟にその剣を受ける。片手で放ってきたのに重い一撃で今も剣を抑えるのがやっとだった。そのままローズが睨みつけている。真っすぐな視線で突き抜けるような瞳。そんなローズが笑顔に変わった瞬間に剣からも圧力がフッと消える。握っていた剣を華麗に鞘へと納めるローズの姿は、カチっと音が鳴るまで惹き込まれてしまう程だった。
「あら、あなたホントにやるじゃない? 見直したわ。あいつが手加減してたとかじゃないのね? 私の剣から目も逸らさずに受けてなお、臆さないなんて……一体誰に教わったらそうなるのかしらね?」
「父から教わったの。ローズさんの剣。お父さんみたいにすごかった」
「あはは。そうだね。こちとらずっとこの剣で生きてるからね。まぁ、それはそうと私たちは盗賊だ。仲間はもう一人いる。そいつに勝てるかな?」
ローズがそう言いながら指笛を鳴らす。強く響いた音が鳴りやみ森と風の音だけが微かに聞こえる中、森の中からガサガサという音が混ざり始めた。
クレアとエレノアの前から少しずつ下がったローズ。道の中央で両手を広げ演出する。横の森からバキバキと現れた巨大な獣がローズの後ろへぐるりと回り込む。
「ははは。さぁ、驚いて! 怖がって! 走って! 逃げるがいい! 食い殺されないうちにね」
同時に引き裂くような咆哮が響き渡る。
それを見たエレノアが憧れの顔で、両手を胸の前に握り合わせていた。
「泣いて許しを請うのはもう……遅い……よ?」
エレノアの表情に気づいたローズは段々とその空気を読み始める。
「ああああ! かぁっこいい! かぁっこいいっ!!!」
ローズが指笛で呼んで現れたのは、泉で見た巨大なライオンだった。近くで見るとさらに大きい。どんなに立派な馬でさえも、その隣に立ったら皆が貧弱に見えてしまうだろうその大きさ。
エレノアの反応に多少の疑問を持ちつつもローズが続ける。
「こいつはアーサー! 今はもういない百獣の王と呼ばれた古代種の生き残りさ! さぁ、森の中へ走って逃げるがいい。さもないとあんたたちの顔は軽くひと噛みで砕け散るよ……?」
「くぁああっこいいいいい!!!! すっげぇええええ!! なんだこれえーーー!!! ぐあっはっはっは!!」
エレノアがアーサーの鬣をわさわさしたり、体のあちこちを見てバンバン叩いたり、撫でたりして喜んでいた。アーサーも段々と背筋を伸ばしたり、胸を張り、顔を上げ、目だけでエレノアを追いかけて誇らしげにしている。
「クレア! この尻尾みて!! 先っぽだけだ!」
「……」
ローズが少し怒り始めている。アボットもジェームズも呆気に取られていた。
「エレノア。ちょっとこっちへ」
「えー? なんでクレア……せっかく会えたのに」
エレノアに褒めちぎられたアーサーは誇らしげにしていたが、ローズの顔色を伺うと少し自粛している。小さな声でエレノアに、
「ねぇ、エレノア? 走れって」
「ん? 走るの? なんで?」
「いいから。それが一番いいって」
「ふぅん。まぁいいか」
「ちょっとあんた達! こそこそ何を言ってるのか知らないけど、死にたくなかったら走って逃げな! アーサー、やっておしまい!」
巨大なライオンのアーサーが森の木が揺れるほどの咆哮を挙げる。遠くにいた鳥でさえも飛び出すほどだ。同時にクレアがエレノアの手を取り走り出す。
「ジェームズさん、アボットさん、ローズさん、ありがとう!」
ライオンに見惚れるエレノアを引っ張り、レッド・ローズ盗賊団の三人に別れの言うとそのまま森へと走っていった。
「ありがとう? ったく……なんだいあの子たちは」
「ローズ姉さん。何もこんなことしなくても」
坂を上り戻るローズにアボットが言う。何も言わず歩くローズがアボットの後ろに回り込むと「ほら、しっかり上りな」と言いながら後ろから押す。ジェームズはゆっくり歩き「いい。あの子、すごくいい」と言いながらデレデレした顔で一緒に坂を上っていく。
クレアとエレノアを追いかけるアーサー。その巨体からは思いのほか足音が出ず、器用に森の中を駆けまわる。
「クレアー!? なんで走るのさ。それになんでお礼いったの?」
「うん。すぐにわかる。きたわー!」
森の中を走り抜ける二人のすぐ横にアーサーが現れた。あまりの静かさに驚いたエレノア。そして、
「乗れって。行こ、エレノア」
「え? マジで?」
ちょうど二人の走る道の方がアーサーの地面より高くなってくる。交差するようにアーサーの背中にクレアが飛び乗る。エレノアが「やったぁあ!」と言いながらそのすぐ後を追いかけ、クレアの後ろに飛びつくとアーサーは軽くひと吠えし速度を上げた。
「わぁーーー、すごぉい」
「ひゃっほぉーー!!」
アーサーの背中にのった二人は、沈み始める夕日の空を森の中から覗いていた。
走るアーサーの背から見える森のシルエットは黒い影で速く流れるのに、森の外で広がる青と夕焼けの空は綺麗でゆっくりと移り行く。そのコントラストに見惚れていた。アーサーは高い崖からも、川も、谷も飛び越え走り続けた。一回だけ細く切り立った崖の上で立ち止まると、
「アーサー。ありがとう」
「あはははは! すごいよクレア。もう倒れちゃいそう」
「アーサーが村まで送ってくれるって。よかったねエレノア」
「うん! いけ! アーサー! いけぇー!!」
「「あははは」」
アーサーは大きく吠えると、その崖を一直線に降り立った。クレアもエレノアもまさかこんなとこ降りるの? という気持ちで驚きと感動の瞬間だったが、アーサー本人は二人の様子にちょっと悪乗りしすぎて後悔して、必死に降りていた。そんな様子を悟られないように……
「あー、こわかった」
「もうだめ、あたしもうだめ。ライオンになりたい」
「あはは。クレアの尻尾は絶対ライオンじゃないわよ」
「ぐぅー。さっき、尻尾見てわかったよ。言わないで」
村の手前まで送ってもらうと二人はアーサーから降りる。クレアもエレノアもアーサーの鬣に埋もれるように抱き着くとお礼を言った。エレノアは匂いを嗅いだり、一周して見てから名残惜しそうにさようならを言った。
「ふぅ。すごかったね」
「あぁ。夢のような時間だった。また会えるのかな?」
「そうねぇ……レッド・ローズ盗賊団ってことよね?」
「あ、そっか。会いたくなったら探せばいいのかな?」
「あはは。盗賊団に会いに行くって、おかしくないかな?」
「あれ、盗賊だったのかな? 最後のローズって人はすごい迫力だったけどさ、兄弟はなんかたよりなかったよね?」
二人は村の外壁が見えるほどのところに立って話をしていた。日も暮れ、灯りが見えるその村はあまり大きいとは言えないが旅人をもてなす程度の設備は整っていた。その足で宿を探しに行くと部屋が空いてて、一晩貸してくれるところが見つかった。
宿の一階はテーブル十個ほどの食事ができる場所になっている。村の人、旅の人などで賑わっていた。食事を済ませるとエレノアが立ち上がり、
「よし、じゃぁゆっくり休んで、明日また出発だね」
エレノアがそう言うと先に部屋へと向かう。クレアは少しだけテーブルに腰掛け水を飲んでいた。そんなクレアを見つめる二人の男。鼻の赤い男性が小さな声で、
「なぁ、あれ、どうだ?」
「すんごいべっぴんだな。綺麗な黒髪だ。連れの子は?」
「ありゃ獣人だろ? きっとすばしっこいぞ」
「そうか。俺、黒髪の子がいいな。きっと喜んでくれるよ」
「俺もそう思う。どうする?」
「ここじゃ人が多い。作戦を練って明日、連れ去ろう」
「わかった。見ろよあの顔、ほんっとかわいいな」
「しー。聞こえちまう。ロープと袋をちゃんと用意しとけよ」
膝丈のパンツに少しボロボロで袖の短い服。二人の男はその後もクレアを観察し続けた。
■ ヴィクトリア・ローズウッド レッドローズ盗賊団ボス あみあみジンジャーヘアーのお姉さん
■ アボット 優しい顔の巨漢で弟
■ ジェームズ アボットの兄 ウェーブ髪を束ねる自称イケメン 短剣使い そこそこ強いがドジ
■ アーサー 巨大なライオン。おっきい。
■ 村 この世界では村が一番多い。行商人や旅をする人が止まる設備はどこでも大抵整っている。良し悪しは別として……




