4 何もない森④ 宙づり
高い木が並ぶ森の中、足元にある数枚の大きな葉の植物は日光で表情豊かに彩られている。透過光により強烈に鮮やかな黄緑の部分、他の葉の影にある一枚は空の青い光を受け青緑に、表面で最も光を受けている一枚は反射する日光により逆に彩度が落ちていた。
そんな景色の中、叫びながら物凄い勢いで上空へと引っ張られる一人の小男。体は小さく、赤茶色の立派なヒゲと髪の毛。薄手の汚い長袖シャツにポケットの多いズボン。生粋のドワーフだ。
ドワーフは罠にかかったことで怒ったりはしなかった。自分を責めたり、悔しがったりもしなかった。逆さづりになったドワーフはただ自分に一言、
「わはは! ウサギ用の罠でこんな大きな獲物を捕まえるとは!」
自分の作った罠に感心している。何度か逆さ吊りのまま、自分の足に絡まるロープを切ろうと試みたがそれが出来なかった。ドワーフはナイフを片手に考えていた。
この高さから落ちたらどうなる?
決して、足首まで手が届かない。上体を起こせないというわけではない!と、そう自分に言い聞かせる。そんな中、遠くから知らない男の声が聞こえる――
「ああ、まずい! なんだ? 誰かが来るぞ」
ドワーフは急いで体を揺らし、ロープを揺らしては何度も届きそうで届かない枝に手を伸ばした。傍から見たら滑稽で笑える景色だろうが、本人は必死だ。
どうにか近くの枝に辿りつくき枝を引っ張り、持っていたナイフで可能な限り大きく取ろうと枝を切り始めた。体が小さいから腕も短い。ドワーフは一心不乱に腕を動かす。
うおおお。はやく、はやく、あいつが来る前に! なんなんだあいつは! なんなんだ!?
切り取ろうとしているのは葉の沢山ついた枝で、それを使って自分を隠すためだ。近寄ってくる人物がもしも上を見上げられたら見つかってしまうだろうからと。
息を荒くしてナイフを小さく、短く、素早く何度も枝に切りあてる。最終的には折ってその場から離れる。ドワーフはしばらく、葉っぱとナイフを持ったまま時計の振り子のように揺れていた。
「ふぅ。やれやれ。誰だか知らんが、ここまで来る前に間に合ってよかった」
ドワーフは逆さ吊りのまま、ナイフと小さい体を隠せるほどのたくさんの葉のついた枝を持ち息をひそめると、自分に近づく謎の男を上空から観察していた。
「確かにこのあたりに気配を感じたんだが……」
草を踏み分け、旅人はジャイアントの仲間の足取りを辿ってここまで来ていた。
「どうやら、ここで何かあったようだな。ここから足取りが消えている」
ドワーフが自分で作ったウサギ用の罠にかかり、空中へと飛び去ったその場所で旅人は消えた足取りを観察している。腰に手を当て、前後左右、草の裏や木の陰をうろちょろと確認していた。ドワーフはそこから少し先の上空にいる。
ここは理由もなしに人が来るはずのない森の深い場所。見知らぬ人物が自分を探しに草や小枝を踏む音と近づいてくる。吊るされて何もできないドワーフは不安と恐怖から作り出す妄想で怯えていた。
「おおーい!! 誰かいないのか?」
手がかりを掴めない旅人が、その場から大声で周囲へと呼びかけた。ドワーフは葉っぱをちらちら使い、隠れては観察、観察しては隠れるを繰り返しながら下にいる旅人の観察を続ける。
なんだなんだ。こいつはなんなんだ。男だな。人間だな。旅人か? どうしてワシを探してるんだ? いや待て、ワシじゃないのかもしれない。そうだ。様子をみよう!
「うん。このあたりなのは確かなんだが――、すまない! 俺はお前の仲間に頼まれて探しに来たんだが! 何か困っているのか? 誰かいないのか!? 助けは必要か!? おーい!?」
仲間だと!? あいつが頼んだだと?? いやまて、生きてるとは限らないぞ。 人間はなんでも食べると聞いている。ま、まさか!? すまない相棒! もしそうなら、仇をとってやるからな
「ぉ、おい、お前! 人間!」
旅人を呼ぶ少し裏返った声。旅人はその声の主がどこにいるのか探りながら、顔はゆっくり、視線は早く動かしてじっくりとあたりを見回した。それに気づいたドワーフは葉のついた枝にサッと隠れる。
「ぉ、おい! 動くなよ人間! 命が欲しいのならそのまま聞くんだ! いいか、ワシの弓がお前を捉えてるんだぞ。絶対に外さない俺の矢がだ!」
「それは恐ろしい。殺さないでくれ」
旅人は確かに自分の近くで声がすることは把握できたが、今動かせる顔の範囲では相手の位置を特定することが出来なかった。残りの可能性を考えつつ、相手の言う通りに行動する。
「お前は、その、そいつに何をしたんだ? 殺したのか? いいか心配なんかしてないぞ! ヮ、ワシは極悪非道だからな! 仲間が死んだって全然気にもしない。そうだ。どうだ!?」
「いや、傷つけたりはしていない」
「じゃぁ、その腰の剣は飾りか? 今日はまだ抜いていないのか?」
「いや。抜きはしたが、奴の手足についていたものを切り落としただけだ」
不要な妄想と不安が頭をよぎり、ドワーフは少し考えこむ。
「お、おい! それはどういう意味だ? 手と足をそれぞれ切り落としたということか? お、おいしく頂いたのか?」
こいつは何を言ってるんだ? ジャイアントを食べるわけないだろう??
旅人は今はまだ姿が見えないこの仲間が、少し臆病なのだと思いあまり刺激しないように注意する。
「何を言ってるんだ!? 食べるわけないだろう! 手と足についていたものを外して自由にしてやっただけだ。安心しろ! そいつに頼まれてお前を探しに来ただけだ。 心配してたぞ」
「ど、どうしてそれを信じられるのか? 騙されないぞ! 今日はごちそうだな! いいか! ワシを食ったら腹をこわすぞ。毒だ。そうだ、毒だ! コップどころじゃない。瓶いっぱいの美味しい毒を毎日飲んでるからな!」
美味しい毒って。ジャイアント、低い位置で水平になった矢、きっとドワーフが仲間なのだろう。 やれやれ……どうしたらいいのか
旅人はどうしたらこの疑いや不安。不要な妄想を取り除けるか考え提案する。
「おい! いいか? 剣を抜くぞ。使ったかどうか、お前なら見ればわかるんじゃないか? 撃つなよ」
「おお。それは良い提案だ。ゆっくりだぞ! ゆっくりだ。コップにコインを入れるみたいに、ゆーっくりだ!」
「わかった。抜くぞ?」
旅人は剣を鞘から抜く時にわざと逆手でとった。剣先を地面に向けたまま体の前の近い位置に出す。もしも背後や横に声の主がいるのなら、自分の体が邪魔で剣が見えないはずだからだ。
旅人の真上にいるドワーフは一生懸命にその剣を確認しようとする。手で持った葉つきの枝に隠れたまま自分が動いて見ようとしてた剣がうまく見えない。
「おい! おい! 両手で柄と剣先を支えて寝かせて持つんだ! こっからじゃ見えないじゃないか! 体の前のままでいい。 しっかり見せろ」
……ということは、背後ではないのか。横でもない? 上か?
旅人は言われたとおりに剣を支え持ち、体の前へ差し出すようにする。
「どうだ? 使っていないだろう? 反対側もみたほうがいいんじゃないのか?」
「よし! そうだな。両面をみないとな。しかし綺麗な剣だな? それは飾り用か? お前いいやつだな。さぁ見せてくれ」
旅人は手に持った剣の刃を回転させるときに、ゆっくりと動かし反射を利用して自分の上空を確認する。上空に不自然な葉が動いているのに気づいた。
「どうだ? 綺麗だろう? 俺は森の奥へ用事があるだけだ。通りすがら、お前たちに遭遇しただけで何もする気はないよ」
作物を盗んだことで話は聞きたいが‥‥‥
ドワーフは考え込む。このまま降りられずに死ぬか。足のロープを切ってそのまま落ちて死ぬか、良くて大けがだ。この人間に手伝ってもらうか、きっとプライドが傷つく。そう悩んでいると旅人が、
「お前のことを心配してたぞ。早く戻って安心させてやれ」
「人間! あいつと話したのか? なんて言ってた? 言ってみろ」
「え? 何言ってるかなんてわからなかったぞ」
「そうやってごまかす気だな! ほらやっぱりお前は怪しい!」
なんて言ってたと言われてもな。何言ってるかわからなかったしな。まぁ、真似てみるか
「正直、何と言ってるかはわからなかったが。お前ならわかるだろう? "アイジャー"って言ってたし、おれが探すっていったら"アイアオ"って言ってたぞ」
「ふざけるな! あいつはそんなにはっきりとは喋れないぞ! それにもっとこう、語り掛けてくる喋り方だぞ」
男はやれやれといった感じで俯き首を振ると、なるべくそっくりになるように言い直した。
「アイジャー
アイアオ
これでいいか! 本人から聞いたんだ。そっくりだろう?」
「……」
「せっかく渾身の物まねしたんだぞ? なんか言えよ」
「いや、そこまで似てないぞ! 確かにあいつに会ったようだな。まぁ、あいつがお礼をいうなら信用しなくもない!」
ドワーフは人間の旅人が自分のふざけた要求を呑んでくれたことも含め、信用してもいいと考える。
「おい! 人間! 本当にお前はワシらを殺したり、食べたりしないのだな?」
「もちろんだ! 安心しろ。で、助けが必要か?」
大体の察しはついていた。旅人は剣を鞘に戻しやれやれといった感じで腰に手を当てる。
「助けなんかいらない! ただちょっと手伝ってもらうだけだ。自分でできるが一人より二人のほうが早いだろう? だからちょっと手伝ってくれ。ちょっとでいいんだぞ」
「どうすればいい?」
ドワーフは「ここだ」と言おうと、葉つきの枝を男の横に落とそうと手から離す。しかし、枝はそのまま旅人の頭へと直撃した。
「あいで」
真上を見上げると、ドワーフが「すまん」という顔でこちらをみていた。