37 幼少期⑨ 11歳 来客②
「どうしたの!? クレア。いきなり走り出して」
「シエナもシルヴェールもそこで待ってて。すぐ戻るから!」
突如走り出したクレア。シエナが呼びかけるも、クレアは急いで森の奥へと走っていく。二人は森の中を駆けるクレアについていこうとするが、まるで風の様に無駄なく駆けていくクレアについていくのは困難だった。
「ちょっと、何なのあの子。すごい……」
「あはは。クレアはどうしたんだろう?」
クレアが向かっている先には、大きな熊と同じく大きなイノシシがいた。崖のそばで木の間隔が広く、動きやすい場所で二匹の大きな獣が喧嘩をしていた。睨みあう両者はお互いに譲らず、じりじりと円を描きながら互いをけん制しては体当たりして喧嘩をしている。
「こら! 貴方たち! またやってるの!?」
その場に駆け付けたクレアが空中から熊の頭を踏み、地面に降り立った。手に持った小さな実をイノシシに見せつける。
「またこれを食べさせるわよ!?」
それを見た大きなイノシシはジリジリと後退する。少し遅れて追いついたシエナとシルヴェールが、怒った大きな熊とイノシシに挟まれているクレアを見つけて驚く。若い人間の少女が喧嘩をしている獣の間にいるのだ。
「ちょっと、やばいわよ、あれ。助けなきゃ」
シルヴェールが腰に下げた剣を引き抜こうとした時、その様子に気づいた。大きなイノシシがクレアを相手に後退しているのだ。それに二匹ともクレアを盾にしているように見えた。
「もう! これで何回目なの!? 呆れちゃうわ!」
クレアは言うことを聞かないイノシシに近づいていくと、その口に手を突っ込んだ。手に持っていた実を口の中で握り潰す。クレアが近づくにつれ後退していたイノシシだが、後ろの木にぶつかると覚悟を決めたのかやってみろという雰囲気だった。しかし、結果はいつもと同じ、
バフッハフ
体がビリビリ、顎がフワフワしてきていくら顔を小刻みに振っても戻らない。クレアはそんなイノシシの様子をみながら熊へと近づく。シエナはただ、驚いたままその様子を見つめていた。クレアが熊の肩に手をあて、イノシシに振り返り怒る。
「貴方の家はここじゃないでしょ! 帰りなさい! 何度その実を食べたって我慢できないでしょ? もう! 」
クレアの隣で熊は勝鬨を遠吠えで表しているが、振り返ったクレアに怒られる。
「貴方もよ! どうせまた自分から挑発したんでしょ? わかってるんだからね。あの子がここにくるのはいつもあなたが呼ぶからじゃない! はいこれ」
熊の口にもその実を突っ込むクレア。熊は足を持ち上げてはフリフリしながらゆっくりと洞窟へ帰っていく。クレアはそれを見届けると、自分より大きいイノシシに寄り添い、
「ほら。いくわよ。もう! そんなことしなくったって、毎日会えるじゃない?」
イノシシの背中を支えながらその場から移動していくクレア。その一部始終をみていた二人はただ、ただ驚いていた。
「なんなのあれ? あの子、人間でしょ? シルヴェール?」
「ああ。驚いたな」
クレアが二人の元へ戻る。
「二人ともごめんなさい。あの子たち、いつもああやって喧嘩するの。決まって私が通る時よ。わざとなの。ほんっと男って」
「あはは。そうよね? クレア。男ってバカよね?」
「だからあの木の実を食べさせるのよ? なのに、今度はそんなもんへっちゃらって。だから口に突っ込んでやるんだから」
「そうよ。クレア。わからない男にはね、強引に行かなきゃ。思い知らせなきゃね」
シエナはシルヴェールも覗くように見て笑顔でクレアと話している。三人はそのまま元の道へと戻り、家路についた。その後も度々クレアには驚かされたが三人は夕方前には目的の場所へと辿り着いていた。
最初に食いついてきたのはエレノア姉妹だ。
「エルフダーーー!!」
そう叫んで走ってきたのは末っ子のエリー。恥ずかしそうに距離を置いてみるのは弟のトンボ。エレノアはクレアの横で自分を紹介してくれるのを待っていた。
「あらまあ。綺麗な場所。それに賑やかなお友達ね?」
「えっと。彼女はエレノア。私の幼馴染です」
「よろしくねエレノア。私はシエナ」
「よろしく。俺はシルヴェール」
「うん!よろしく!」
エレノアは目を輝かせながら二人と握手を交わし、クレアと並んで家の玄関を開けて入っていく。すると、外の様子に気づいていた父親が準備をして出迎えるところだった。
「ひっさっしっぶりー!」
シエナが父親に抱き着くと、シルヴェールがやれやれと言った感じで頭を掻きながら挨拶している。クレアはエレノアを連れて外へと出て行った。しばらくすると、家の中から三人が出てきた。父親が槍を持っていた。
「クレア。よく見ておくといいよ。滅多にない機会だからね」
「そうだね。お父さんはすごい強いんだよ。俺もまだ勝ったことないからね」
父親とシルヴェールから言われ、エレノアと一緒に地面の短い草の上に座った。父親とは剣や槍で普段から稽古していた。教わったのは勝つための技ではなくて自分を守るためのものだった。父の攻撃を普段から受けてはいたが、こうやってみるのは初めてだった。
「なまっていないといいけどな。シルヴェール」
「それはどういう意味ですか? 俺はなまっていないですよ?」
「ははは。それじゃ始めようか」
剣を抜きクルクルと手慣れた様子で何度か回し構えるシルヴェール。槍を両手で構え静かに見据える父親。二人の距離は数メートルほどあった。しかし、二人にとって距離がさほど関係ないことにすぐにわかった。クレアとエレノアの横にはいつの間にかシエナとエリーとトンボも集まっている。
先手を打ったのはシルヴェール。流れるような素早い動きで父親に詰め寄る。槍から繰り出される突きを交わし、薙ぎ払いを剣で受け流しつつ斬り込むシルヴェール。父は槍を立て剣をしのぐと、その後も繰り広げられる追撃を受けたり、躱したりしながら時折反撃する。父の槍捌きは素早く、華麗で時に大胆だった。手放し体術になったかと思えば、槍を掴み防御と攻撃の嵐。シルヴェールもそれをいなし、斬り込む。二人の動きを追うだけで精いっぱいのクレア。
徐々にシルヴェールの動きが速くなっていくことに気づいたのも束の間、移動するという表現よりも現れるといったほうが正しいというくらいシルヴェールの動きが速くなる。敷き詰められた草も飛び散り、焦げ、父親はそれを捌いている。そして気づくとシルヴェールが十メートル近く離れていた。
「さすがですね」
「え? まだくるの?」
「やっと、昔みたいになりましたね?」
「それは、あれだな? 懐かしい距離だよな?」
「いきますよ?」
「ったく。しょうがないな。かかってこい」
父親がそう言うと、シルヴェールが消えた。しかし次の瞬間、父親に近づいたシルヴェールの動きが遅くなっていることに気づいた。傍で声援を送っていたエレノアやエリーたちもゆっくりと動いている。それはとても不思議な空間だった。
最後の直前、父親が自分を見て笑ったような気がした。そして
キイィィン!
槍でシルヴェールの剣を受け止めた父親。先ほどまでの空間が夢のように感じた。横からシエナが声をかけてきた。
「ね? お父さん格好いいでしょ? 私も一瞬だけどあこがれちゃった。まぁ、シル一筋だけどね」
「お父さん。すごい」
「かっくいぃーーーーーーーー!」
「かっくいいーー!
最後はエレノアとエリーの叫びで終わった。
「ありがとうございました。やっぱりまだまだですね。まずはリードレさんを超えないと」
「いやぁ、もう超えてるんじゃないのかな? ヒヤヒヤしたよ」
「え? ほんとですか? でも、あの人が言ってましたよ? 嫌がらせされるくらい追い詰めろって」
「ははは――。あのやろう」
父親とシルヴェールが握手しながら話している。その様子に気づいたダンとノラも合流しその夜はみんなで楽しく食事をし、再会を喜んだ。




