33 幼少期⑤ 8歳 初めてのプレゼント
昼過ぎ、クレアとエレノアの家がある森の開けた場所。そこは少しだけ小高くなっており、道の先にはここよりも低い森を広く展望することが出来た。
今日は森の遠くの方に少し湿気に満ちた空気があり、太陽の方を向くと雲からは光芒が見えていた。その様子は美しく、森をより一層に雄大なものへと仕上げている。
そんな景色の中、家の前で決闘を申し込む二人がいた。
「お前がこの女を奪いたいというのなら、かかってくるがよい! しかし、お前がわが剣の錆となり、血肉が土にかえろうとも文句は言えまい!」
腰に手をあて、もう片方の手で剣を掲げ偉そうに言う人物。部下に女の子を捕らえさせている。対峙する者が言う。
「はーーっはっはっは!」
「何がおかしい! このボンクラめ!」
「お前のその剣。この俺に届くのなら届かせてみろ! 我は風なり! いかずちなり! 貴様が……」
二人とも対峙したまま動かなくなってしまった。近くにいた父親がセリフの止まったクレアに小さな声で助け舟を出す。
「(一度剣を振るたびに我は三度振ろう)」
「貴様が一度剣を振るたびに、我は三度振ろう! 細切れになるといい!」
「キャハハハハハハ!」
「こら待って、エリ―」
笑い声をあげながら縛られた腕をそのままに走ってちょこまかと逃げているのは二歳半になった妹のエリー。エレノアの家族で一番やんちゃだ。パンツ一丁で物凄い速さで駆け回るのは獣人ならではの光景。
そんな『奪われる女役』のエリーを追いかけるのが『部下役』の弟のトンボ。二人ともこの決闘劇の役者の一員だったが、すでに離脱した。実は最近、エレノアもクレアもこういった内容の本に夢中だった。男が女のために闘う。そういう物語。
もちろん本来の目的としては剣の稽古にある。しかし、演技力は時に大胆にかつ機転を利かせた解決策を導き出すことも、結果を変えることもある。役になり切ってやるのもいいことだと。父親が楽しみながらではあるが取り入れていた。一番楽しんでいるのは本人たちだが‥‥‥
「いくぞ! このスケコマシ!」
「だまれ、ボンクラめ!」
まさかクレアの口から「スケコマシ」という言葉が出てくるとは思わなかった父親は少し笑った様子で二人の木剣による剣戟を見守る。
エレノアはいつも最初に突っ込む。その剣は乱暴で力まかせで単純、しかし獣人の身体能力を生かし予測しづらいものがあった。対してクレアは、力がない分、父親からは徹底的に防御と受け流し、技を覚えさせられている。
今回も剣の勝負はクレアの優勢で、エレノアの独特で不規則な剣をいなしつつ、反撃を繰り返す。しかしエレノアには生まれ持った動体視力に加えて身体能力があり二人とも決め手に欠ける。
「えい!」
クレアの剣捌きがエレノアに勝り、その技が剣を空中へと舞い上げる。エレノアは驚いたように後退し腰を着く。そしてクレアが勝利を確信し地面に手をついて座るエレノアに近づくと――
「は! 油断したな!」
「あ!」
エレノアが尻尾に仕込んだ短剣でクレアのスキを突いた。
「勝負あり」
父親がエレノアの勝利を宣言し、今日の剣の勝負はエレノアの勝ち越しで終了する。夕暮れまで少し時間があった。
「ずるーい! もう! またエレノアに負けた」
「はっはっは! クレアくん。もうちょっと練習したほうがいいんじゃないかな?」
「練習って、私の方が剣の腕はあるのよ」
「はっはっは。私が言ってるのは『勝つ練習』だよ?」
顔を両手にあて変な顔でクレアを挑発するエレノア。すぐにいつもの鬼ごっこからくすぐり合いが始まる。
「あはははは。やめて。あはは」
「クレア? あとで家に来てくれるかな? 渡したいものがあるんだ」
「わかった。すぐ行くー」
「ぎゃはははは! やめて! やばい。くるしい!」
父親はそんな二人の取っ組み合いに昔の自分を重ねその思い出に懐かしみつつ、家の中へと入っていった。
「じゃぁ、私ちょっといってくるね」
「――。うん。あ、クレア。お誕生日おめでとう」
「ありがとう。エレノア」
今日はクレアの八歳の誕生日だった。伸ばしている美しい長い黒髪は今日も風で柔らかく踊る。前髪は先日エレノアに切ってもらったのだが失敗して短くなっている。クレアもエレノアの髪を切ってあげたので所々不自然な長さにはなっていたが、結局いつもと大して変わらないせいかあまり目立たなかった。
月日が経ち、家のオレンジ色の屋根の色も少し褪せてきていた。クレアが玄関を開け家に入ると、父親が奥の部屋からちょうど小さな木箱を持ってきたところだった。
クレアはそれが自分へのプレゼントなのだと直感で気づいた。そして父親に促されるより先にテーブルへと腰掛けた。テーブルの上に木箱を置いた父親も同じく前になるように腰掛ける。
「クレア」
「なぁに? お父さん」
「お誕生日おめでとう」
クレアは小さいころと違って、お父さんのそういう一言に少しずつ喜びと同時に恥ずかしさが入り混じるようになっていた。それはむずがゆく、ちょっぴり苦しいのに返事をすると弾けるような喜びがやってくる。
「ありがとう」
父親が日に日に成長する娘の新しい表情に胸いっぱいの幸せを感じつつ、彼女の手をとり話を続ける。
「これはね。おかあさんの身に着けていたものなんだよ。クレアも今日で八歳になったね。子供じゃない。もう、誕生日がくるごとに大人になっていく」
「えへへ。私、お母さんみたいに綺麗かな? お母さんに似てる?」
「ははは。すごく綺麗だよ。お母さんにそっくりだ――」
クレアはそんな父親の視線が少し遠い日を見ているような気がした。母親はクレアを生んですぐに死んでしまった。顔も覚えていない。
「それでお母さんに頼まれてたんだ。八歳の誕生日になったらこれをクレアにって」
「嬉しい。じゃぁ、これは私が生まれてから貰った物の中で初めてお母さんから――」
クレアが少し涙目になっていたが、少し堪えると話をつづけた。
「んーん。これはお母さんとお父さん二人から貰った初めてのプレゼント。すごくうれしい」
「ははは。そうだね。これはお母さんとお父さんからのプレゼントだ。二人から貰うのは初めてだね」
父親からその言葉を聞いたクレアはもう我慢が出来ず父親に抱き着いていた。父親もクレアを抱きしめ、その優しさに涙を流す。クレアが父親の耳元で、
「だってお父さん、いつも弓とかナイフとか靴とかそぉーいうのばぁーーーっかりなんだもん」
「ははは。そうだね。クレア」
二人は少しの間だけ無言で抱きしめあった。そしてクレアが椅子に戻ると父親がペンダントを取りクレアの後ろに立つ。クレアは自分の長い髪をまとめ上げ、そのペンダントを付けやすいようにした。
「お母さんがね、これは肌身離さず身に着けておくようにって」
「うん! すごくきれい」
ペンダントは蓋つきで銀の彫刻でとてもシンプルなものだった。父親に着けてもらうとまず、立ち上がってその姿を見せた。そしてそのまま鏡へと走っていく。
嬉しそうに見せた顔、女性としての装飾品を身に着け鏡へと向かう仕草に父親は娘がまた一つ大人へと近づいた実感を感じた。そして母親の面影を――
「ねぇ、お父さん? 私おばあさんのところへ行ってくるわ!」
「ははは。今のクレアならあっという間だからね。明日帰ってくるのかな?」
「うん! おばあさんに見せてあげるの」
「わかった。じゃぁ、明るいうちにいっておいで――愛してるよクレア」
「私もお父さん」
クレアが父親の胸に飛び込むとそう言葉を交わし家を出た。外では「エレノアー!」という声と「うわぁ!」というわかりやすい反応が聞こえたが、すぐにクレアはおばあさんの元へと向かった。
そして、おばあさんの家に行ったクレアは次の日も、その次の日にも帰ってこなかった。
■ エリー・ヒューズ エレノアが名付け。エリーと略されないようにつけた名前
※ ちなみに弟のトンボは、名前を決めるときにトンボを捕まえたから。同じくエレノアが命名




