30 幼少期② 5歳 幼馴染のエレノア
「きゃはは。待てークレア!」
「あはは。今日は絶対負けないもん!」
晴れた日の昼前、空からくる光が地面を反射して家の壁、特に地面に近いほど微かに草の色を映す。小さな子供二人が大声で笑いながら家の周りを走り回る。五歳になったクレアを追いかけるのは同じ五歳の少女エレノア。
長い黒髪に黒い瞳、人間らしい見た目の少女クレア。対してエレノアには少しとがった耳、少しだけ猫の様になった鼻の形と色、眠そうな目の瞳は猫の様に鋭い。薄茶色の髪はボサボサで男の子みたいに短かった。何より彼女には長い尻尾があった。
「きゃぁ!」
「あはは! 捕まえたクレア! じゃぁ今度はそっちの番だよ」
「もう! すぐに捕まえるから!」
クレアの家の隣に住む獣人の家族。父親は心も体も大柄なダン、母親は料理が上手なノラ、まだ小さい弟のトンボがいる。ノアのお腹には三人目の赤ちゃんがいて、そんな家族に加わるのを待っていた。皆、猫のアニムとしての特徴は出ていたが弟のトンボには尻尾がなかった。
「こら、エレノア! クレアちゃんはそろそろお父さんと出かける時間でしょ?」
「えー!」
「えい!」
「わぁっ――。ずるいクレア!」
「「あはは」」
クレアに飛びつかれたエレノアは二人して草の上に倒れて笑っている。幼馴染の二人はとても仲良しでいつも遊んでいた。父親のダンは家具職人でよく森の中へ木を伐りに行く。少女二人はそんなダンについていくが……やることと言えば虫探しや鬼ごっこ、森を走り回り、崖を飛び回る。そんなやんちゃな二人を追いかけていつの間にか一緒に遊びまわるダン。父親の陽気な性格がエレノアには色濃く出ていた。
「ごめんねぇ」
「いや、構わないよ。いつもありがとう。ノラ」
並んで立ち話をするクレアの父親とノラ。今日は、数日毎に森に住むおばあさんの家に行く日。昔から独りで暮らしている小さなおばあさん。クレアはそのおばあさんと過ごす時間も大好きだった。息を切らしながらクレアが父親の元へ来る。
「おとうさん! 行こう!」
「ははは。待たせてたのはクレアじゃないか」
「さぁ、エレノアはお昼よ。あ、そうそう。これを持って行って。はい、クレアちゃん。新しいソース作ってみたの。あとで感想教えてね」
「うん!」
「いつもありがとうノラ」
クレアの父親がノラにお礼を言う。ノラは優しい瞬きと小さな頷きで返事をした。そのままノラはエレノアの手をつなぐと自分の家へと戻っていった。
「ねぇ、お父さん」
「なんだい?」
「おばあさん。今日は一緒に何をするのかな」
「何だろうね。この前は……」
「えっとね。おさいほうしたの」
「ああ、そうだったね。じゃぁ行こうか」
「うん!」
クレアは父親の手を掴む。その大きな手に安心感を覚え、何が来ても負けない気がした。二人が住む森はとても大きく、一番近くの近所が今から行くおばあさんの家だった。森の中を歩いて数時間のところにおばあさんはひっそりと暮らしている。そこから次の近所まではさらに歩いて数日かかる道のりだった。
「お父さん。あれ――」
何かを発見したクレアは父親の手を離し走っていく。木と草の陰に小鹿が足に怪我をして倒れていた。クレアはその小鹿に近づくと慣れた手つきで足に応急処置をする。
「これで大丈夫。おうちに帰れるよ」
「クレアも上手になってきたね」
「えへへ。エレノアによくやってあげるの」
「ははは。なるほどね」
二人はまた森の中を歩きだす。少し迂回して低い崖を上るとダンとクレアの父親が二人で作った大きな丸太橋があった。そこまで来たところで、下の川沿いに先程助けた小鹿がいるのが見えた。
「おとうさん、あれ――」
「しー」
クレアの声を抑える父親。しゃがみ気配を落とす父親にクレアも見よう見まねでしゃがむ。そんなクレアを見て父親は彼女の理解の速さと心の強さを誇りに思った。小さな声でクレアが言う。
「見て。クマがいる」
「そうだね」
川の横の木で怯えて隠れるのは足を怪我してたがクレアの応急処置で動けるようになった小鹿。すぐ近くには熊がいた。二人が様子を見守っていると、熊は鹿の隠れている木へと近づいて行った。
クレアはその様子を見ながら、不安と助けられない自分に涙を流す。その様子に気づいた父親が彼女の頭に手を置いた。そして父親がクレアに
「まだ、わからないよ。クレア」
「う"ん」
小さいながらにこれから起こる恐怖に耐え、涙をポロポロ流すクレア。父親がその手を握り話を続ける。
「いいかいクレア。どんなに泣きたい時でも決して目を逸らさず、前を向いているんだよ。真実は変わらない。でも、あきらめちゃだめだ。目をそらさずに見ることで気づけることもある。それはみんな違う事。クレアは何を見つけるのかな」
クレアは涙をポロポロと流したまま、目をそらさずに鹿と熊の行方を追った。そして熊が鹿の隠れている木のすぐそばまで来る。鹿はヨタヨタと熊から隠れながら息をひそめていた。
少しだけ周りを見渡した熊はそのまま浅い川を渡り反対側へと行ってしまった。鹿はその足で静かに森の中へと逃げていく。
安堵した様子のクレアが緊張で強張らせていた肩を降ろすと涙を手で拭う。両手で何度も――
「ね。今回は助かった。もしも、クレアが足を治してあげてなかったらもっと前に見つかってただろう。足を治したから水を飲みにここまで来たのだろう。そのおかげであの鹿は隠れることができてそのまま逃げることもできた」
「うん。こわかった。こわかったよ。おとうさん。あのね。私、目をそらさなかったの。すごく――」
抱きかかえられたクレアは我慢していた涙を目から溢れさせた。怖さと同時に嬉しさから出た涙だった。
「頑張ったねクレア。いい子だ。もう好きなだけ泣いていいからね」
父親はクレアを抱きかかえると、そのまま丸太橋を渡る。父親は森の中でのクレアの観察眼には時にその目を丸くしていた。いつも自分よりも先に動物を見つけるのだ。その差はまだわずかではあるものの感心していた。
しばらくするとクレアも落ち着き自分から「降ろして」と言ってきた。そして二人はまた並んで歩きだす。森のおばあさんのところへ。
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