29 幼少期① 3歳 ベッドタイムストーリー
エルフの郷がこの世界に現れて何年か後の物語
そこは見渡す限りが広がる大自然。覗く山肌。遠くに見える景色ほど葉や山肌の色は薄くなり手前に見える鮮やかな景色との美しいコントラストを生み出していた。
その中に少し開けた土地がある。短い草の広がる場所に木造石造りの家が二軒、少しだけ離れて建っている。両方とも二階部分はなく周りに塀もない。一つはオレンジ色の屋根で、もう片方の家は黄色い屋根。
その夜、オレンジ色の屋根の家の中では一人の少女が誕生日を迎えていた。少女の名はクレア。今日で3歳になる。全てを吸い込んでしまいそうな黒い髪がとても美しい。瞳もまた同じように黒かった。人間でありながらどの人間よりもしなやかで黒い髪と瞳の持ち主だ。
「ん」
一生懸命に食べて空になった木皿を台所に運ぶ彼女は、楽しみにしていることがある。小さい体、小さい手足でテクテクと速くその準備をしている。かわいらしい声でテーブルに腰掛ける父親に声をかける、
「おとうさん、はやく」
クレアは小さい体で喜びと期待と焦りを父親に伝える。
「ははは。わかったすぐ行くよ」
裸足でペタペタと木の床を走り自分のベッドへと向かうクレアを眺めながら、父親はコップに入った最後のお酒を口に運ぶ。テーブルに置いてあるリッカー&ミートのラベルの酒瓶を棚に戻した。棚には同じ銘柄のお酒が種類豊富に置いてあった。
父親は火の点いた蝋燭を手にゆっくりとクレアの部屋に向かう。何回か「はやく! はやく!」という可愛い声が奥から聞こえる。
「お待たせクレア」
小さな部屋にはベッドが一つと月明かりの入る窓が一つ。サイドテーブルが一つに、父親が話を聞かせるときに座る椅子がある。すでにクレアは臨戦態勢だ。背には大きな枕を挟み、好きなぬいぐるみを抱いて、どんなに怖い話が来ても耐えうる覚悟。3歳に成ったら新しい話をするという約束。
父親は手に持っていた蝋燭をクレアの横のサイドテーブルに置く。椅子に腰かける前にクレアへ、
「お誕生日おめでとうクレア。愛してるよ」
「えへへ。わたしも」
そう言葉を交わし椅子に腰かけると、優しく弱い蝋燭の灯りの中で昔話を読み聞かせる。
「それじゃ約束通り、今日は新しいお話だね」
「うん」
「それじゃ始めよう――
昔ある国にとても強い男がいました
彼はどんな勝負にも負けたことがありません
ある日、彼が住む国の王様が言います
『私は世界の王になる』
しかしその夢が叶うことはなく
逆に滅んで亡くなってしまいました
程なくその男は旅に出ることとなります
旅人となった男は
街から街へ
村から村へ
冒険をしながら世界を旅しました
ある日、とても大きな湖にたどり着きます
中心には同じく大きな島があり
そこにはとても、とても大きな木が生えていました
その周りには街があります
さっそく男はその湖を渡り
街へ行きました
そして、そこである面白い話を聞きました
『何もない森』
その男にはもう帰る場所がありません
どうせならと思いその場所へ向かいます
ようやくその森にたどり着くと
ドン! ドン!! ドンドン!!
森の中で大きな音を聞きました
男がそこへ行くと一人の大男
なんとジャイアントがいたのです
そのジャイアントは困っていました
両手が使えないようになっていたのです」
「こわい。ジャイアント?」
わざとらしい父親の演出が小さな女の子の想像力を掻きたて思いもつかない恐怖を生み出していた。笑いながら父親がぬいぐるみを強く抱きしめるクレアをなだめる。
「ははは。大丈夫だよクレア。おや、約束を忘れたのかい?」
「ううん」
「じゃぁ、終わるまで、シー……
男はジャイアントを手伝いました
手を使えるようにすると別の頼み事
仲間を探してほしいといわれました
さらに奥へと進むとドワーフがいました
その小さなドワーフは罠にかかっています
なんと木の上に宙づりになっていたのです
そのドワーフも助けた男はその夜
三人で仲良くお酒を飲みました
焚火を囲んで楽しい会話
とても美味しい食事をしました
するとどうでしょう? 朝起きると
全く知らない場所にいたのです
そこは薄暗い洞窟の中
灯りなんてありません
男は大慌て
ここはどこだ?
私に何が?
ふと気づきます
入口に大きな熊がいると」
「食べられちゃう」
そういうとクレアは耳を塞いだ。父親はそのしぐさに笑いを堪え優しくその手を外すと「大丈夫だよ」と話を続けた――
熊はその場から動きません
かわりにやってきたのは
一人の女性でした
それはとても美しいエルフでした
銀色に輝く髪は細く美しく柔らかい
見つめる瞳にはたくさんの色があります
男がいる場所は泉の横の洞窟です
そこはエルフが水浴びをする綺麗な泉
男はそこへ辿り着いたのです
二人は何日か過ごすうちに惹かれあい
ある日彼女が言いました
『森を出て世界をもっと見てみたい』
彼女と離れたくない男
男と一緒に居たい彼女
二人は翌朝に旅立つ約束をします
しかし翌朝、彼女は現れませんでした
男は心配になりましたがその場をうごけません
彼女と約束をしたからです
夜まで待つとどこかから声が聞こえます
はじめは小さく
少しずつはっきりと
『私をうけとめて』
その声はなんと空から聞こえます
そう、彼女は空から降ってきたのです
空を見上げた男は大慌て
両手をひろげて彼女を受け止めます
くるくると回りながら
草の上に転がると
二人は大笑いしました
しかし大笑いも束の間
彼女は気絶してしまいました
するとどうでしょう?
周りからは剣や弓を持った
エルフがたくさん現れました
男はそんな彼らと闘います
しかし弓を持ったエルフが
彼を追い詰めます
彼は最後の命を振りしぼり
倒れている彼女を守ります
その時です
ドスン!
なんと空から岩が落ちてきました
森で助けた二人が現れたのです
小さいドワーフと大きなジャイアント
彼らは消えた男を探していました
森を出るために闘っていると
いつの間にか静かになりました
音も風もないのです
動く人さえもいません
唯一、動いていたのが
白い魔女
髪は雪の様に白く
とても美しい顔をしていました
美しい顔の頬には傷があります
白い魔女は誰も傷つけることなく
その場を後にするのです
残された四人は
そのまま外の世界へと旅立ちます
男は自分の帰る場所を知りました
彼女の元へ帰るのだと
彼女も自分の居場所を知りました
彼が帰る場所にいるのだと――
新しい話が終わる頃にはクレアはすでに眠っていた。父親はクレアの顔に優しくキスをすると、蝋燭を持ち自分の部屋へと歩いて行った。
夢の中でクレアは父親の話した物語を繰り返す。
何度も――
何度も―――
■ クレア 主人公 人間 黒髪に黒い瞳
■ 父親 お父さん 人間 この時で30歳前後




