27 外の世界へ③ ペンダント
「お兄さん。私、旅に出るわ」
「また突然に面白いことを言い出すね」
「うふふ。私ね。いい人見つけたの」
「外で死ぬっていう事がどういう事か覚悟してる……ようだね」
「うん。ただ……怒らないで聞いてね。その人っていうのが人間なの」
「……信用できるのか?」
「うん。私、あの人と死ぬまで一緒に居たい」
「わかってるよね? お前に子供はできない。その人間も知ってるのかな?」
「ええ。あの人ならきっと……。それに、未来ってわからないものよ。私たちがやっていることは――」
……
「――、これを」
「このペンダントは?」
「お前にあげるよ。私の持ってる物と対になる」
「すごい綺麗。あら? 開かないけど?」
「ははは。せっかちだなぁ。私の名前を言ってごらん。ね? 開いただろう」
「ほんと! でも、お兄さんの首にかかってる方は開いてないけど」
「私のは明日出発する時、このペンダントに向かってお前が名前をいってくれれば鍵がかかるよ。その時に一度開くから、お前の手で閉じてくれるかな? 次に会うときに……また開けてもらうさ」
「うふふ。幸せすぎて、楽しすぎて、戻ってこないかもしれないのに?」
「ははは。待ってるよ――」
気絶していた次兄は、昨晩の二人の会話を夢の中で思い出していた。小さくうめき声をあげ、目が覚めると静まり返った生命の大樹の間。小さく響く地鳴りが奇妙な落下の感覚を彼の体に味わわせる。
「落ちているのか?」
突然の魔女の襲来。生命の大樹までくると妹の素体は全て無くなっていて、現れたのは二人の魔女。赤い魔女は妹にそっくりだったが、言葉遣いや仕草が違っていた。緑の魔女に至っては気づいてはいたが、なぜかどうすることも出来なかった。
「私は……妹を守れなかった? あぁ、あぁ――」
悔しさから涙をこぼし、起きる直前に見た夢の景色を頭の中で繰り返すかのように首にあるペンダントを掴んだ。
――!?
そのペンダントは妹にしか魔法をかけられず、妹にしか開けられない代物だ。それが今、開いている。驚きで一瞬だけ悲しみの感情がすっとんだ。空いた心に戻ってきたのは、理解と希望だった。
「妹は生きている?」
そこへやってきたのは意識を取り戻し、団員に追いかけられながらやってきた長兄だった。
「ええい、この間抜けども! 今はそれどころではないだろうが! ああ!? あぁあ!?」
生命の大樹の幹にあるはずの自分の素体が無くなっているのに気づくと、急いで駆け寄る。団員も好き勝手にここへは入れないため、長兄を追いかけず次兄の近くで立っていた。
「なんてことだ!? ああ!? こっちもか!?」
すぐ近くの妹の素体もまるごと無くなっていることに気づくと、叫びながら怒り狂っていた。
「くそう! くそう! クソクソ――。これでは外に出れないではないか!! なんてことを……」
次兄はそんな兄の様子を見ながら考えていた。今回の騒動はきっとまた兄が何かしようとしたからではないのかと。素体が無くなった今、彼は死ぬことが怖い。『ここ』で死ぬ分には新しい魂となり、新しい肉体で生まれ替わることだろう。しかし、そこには新しい未知の自分が待っている。長い間『自分』で在り続けたおかげで魔力や知識は膨大なものになったが、死の恐怖は増大するばかり。
次兄はその場を後にし、地響きが引き起こしているものを確認しに外へと向かった。宮殿の高い部分にあるバルコニーへとやってくる。外に広がるのはいつもよりだいぶ近くなった森の天辺だった。
「これは? ゆっくりと地上に堕ちている?」
あれだけ打ちあがっていた色とりどりの鮮やかな魔法の花火は止み、今は人々の悲鳴と不安で街の中が騒がしくなっている。その光景をみながら彼は彼女の無事と、これから郷に降りかかる新しい歴史に覚悟を決めていた。
この日、永い時の中で初めてエルフの郷の存在が歴史に刻まれることとなった。彼女……白、赤、緑、黒の魔女が起こした騒ぎによる死亡者はなし。崩れた街や瓦礫による被害者もいなかった。若干名の団員がケガをしただけで、下にあった森でもほとんどの動物が外周へと移動していた。生態系の変化はあったものの、大した問題にはならなかった。
郷の中、街の人々はそとの人間たちの襲来におそれ、団員たちも守備を固めることとなったが程なくその不安は消え去った。外の人たちからしたら、ただ大きい都市が現れただけで、国のないこの世界では情報が出回っても、なにかをしようという大きな動きにはならなかった。エルフの末裔であるウッドエルフ達以外は……
話は少し早いが、この後のおよそ十年。地上に現れたエルフの郷からは、服飾産業やきらびやかな装飾品、医療技術などが制限付きで外の世界へとながれる。それは街から街へと広がっていき今を生きる人たちに恩恵をもたらした。引きこもっていた彼らエルフ達は、それでも外に出ることは滅多になかったがその鎖は少しずつ長く、細く、脆くなっていく。それはまた別の話。
時を戻して、人間とエルフとドワーフとジャイアント――




