25 外の世界へ① 俺の名はカッソ2
「なんじゃ、あいつは」
「さぁ?」
リッカーがウィルに聞く。勢いよく現れた副団長のイーゼル。赤い魔女に殴り飛ばされて森に落ち、気絶していたが少し前に目覚めたのだ。ここへ辿り着いたのは単なる偶然。迷子になっただけのことではある。
「ねぇ、ちょっと降ろして」
「ああ」
アゼリアが自分を抱きかかえるウィルにそうお願いすると、彼は優しく下ろしてくれた。「ふぅ」と小さく気合を入れる。そして三人に言う。
「あの人はイーゼルよ。私ちょっと行ってくる。ちょちょいって眠らせてくるから待っててね」
イーゼルは人間の男から降りた女がこちらに背を向け、残る三人と何やら話しているのを黙って見ていた。女性を抜いて相手は三人。服がボロボロの弱そうな人間、自分より大きい頭の悪そうなジャイアント、逆に探すのが大変そうな髭だけは立派なドワーフ。これは楽勝だなと踏んでいた。
アゼリアがトコトコと小さい駆け足でイーゼルの元へ向かう。その様子を見た自信満々のイーゼルが残った三人に向かって叫ぶ。
「お前ら! 最初の相手がそんなか細い小娘だとぉ! 恥ずかしくないのか!!」
「イーゼル?」
「全く……こんなこむ、こ、ひ、姫様??」
「こんばんわ。イーゼル。ちょっといいかしら」
「はひ!!」
硬直したイーゼルは顔を上げ、真っすぐと立つ。そして彼の胸にアゼリアが手を添える。まさか憧れの姫様が自分の胸に手を当てる日が来るとは思ってもいなかった。上げた顔は幸福感で満たされ幸せで溶けたような顔で目を瞑りそれを味わっていた。立って様子を見ている三人。リッカーが言う、
「何しとるんじゃ?」
「さぁ? 魔法じゃないかな」
「杖も持っとらんのにか?」
「彼女、アゼリアは使えるんだよ」
「エルフはすごいのぉ。わはは」
リッカーには説明がいらなくて助かった。アゼリアが直立したイーゼルの胸に手を当てたまま動かない様子を三人はしばらく見ていた。突然アゼリアがこちらを振り返るとすぐに又イーゼルに向きなおす。彼の顔をつねると、胸をバンバンと叩く。そしてまたつねる。
「イタ。姫様何を? 痛い。あぁ、幸せです。お戯れを」
「ねぇ、イーゼル? 眠くなったりしてない?」
「姫様が眠れというのなら! 眠るまで目を瞑りますとも!」
「あ! そうね。じゃぁ、私がいいって言うまで目を瞑っていてね」
「は、はい!」
「ちょっとドン!とするかもだけど、受け止めてね」
「それはまた、至福です! ドンとこいです! 姫様」
「いいって言うまで目を瞑っててね。お願いね。イーゼル。約束よ」
「ぁぁ、はぁいぃ!」
手を握られてアゼリアからお願いされたイーゼルは生きててよかったとさえ思った。アゼリアがイーゼルの元から急いで戻ってくる。彼女にとっては短い距離だったが疲れたようだった。そして三人に、
「あのね。私、魔法が使えなくなっちゃったみたいなの」
「わはははは。杖もないんじゃ、魔女でもなきゃ無理じゃて」
「それでね。ここにいると危ないから……イーゼルは頑丈だから大丈夫。あのままでいるようにお願いしたから。急いで森を出ましょう」
「ここにいると危ない? アゼリア、それはどういう――」
ウィルがアゼリアに聞こうとした矢先、ドン!っという音と共にイーゼルが黒い塊に体当たりされている。彼はそれを受け止めて目を瞑ったまま笑っている。
「ははは! 姫様! お戯れをぉ! そのぐらいじゃまだまだですよぉ! このイーゼルが全てを受け止めましょう!」
「グルルルル」
目の前に現れたのは熊だった。ここにきてからいつもアゼリアの傍にいた熊だ。だが、今晩の様子は違っていた。ただの獣だ。そして怒っている。
「なんちゅうでかい熊じゃ。あいつは馬鹿なのか?」
「ミートォ」
「そうだな、お前さんの方がでかいな。わはは」
「あのね。私の魔法が切れちゃったから、皆が元に戻っちゃったの。この泉はもともとあの子の巣がある場所。私一人ならいいんだけど……あの子を傷つけないでほしい。だから、ね? ミートお願いするわ」
呼ばれたミートはアゼリアを持ち上げると走り始めた。取り残されて顔を合わせるリッカーとウィル。熊から目を離さないように、少しずつ下がると最初に死角に入ったリッカーが走っていく。
ウィルが走り出そうとした時、最後にみたイーゼルは熊に吹き飛ばされて泉へと落ちていくのが見えた。それは嬉しそうに――
「おたわむれうぇおぉぉボボボ――」
「やばい」
ウィルは熊がこっちへ来るのがわかった。どうにか時間を稼がなくてはと考えた時に、あることを思い出した。その足で離れた場所に吊るされているカッソのところまで来ると、サルが彼にした詰め物をとり出す。
「おい、てめぇえ!! よくも! お、おぼえてろよ!」
「それはお前が悪い。でも、これは謝っておくよ。クッソ君。これは本当にすまん」
「あぁ? 何言ってるんだ!? それに俺はカッソだ! カッ――」
ウィルはすぐにその場を離れると、先に行った三人と合流するため森を駆ける。怒って叫んでいるカッソが吊るされたまま罵声を浴びせる。疲れて、呼吸を整えると自分とは違う「フゥー、フゥー」という呼吸が聞こえた。そこで下にでかい熊がいることに気づく。
「ぎゃあああぁぁ――」
「すまん。カッソ」
熊は届きそうで届かないカッソに夢中になる。木を揺らしたり、体当たりしたり。カッソはひたすら助けを呼んだ……
※
「ミート? 少し遅くしてくれる? 二人とも来たみたい」
「ミートォ」
「うふふ。ありがとう」
アゼリアを抱えたミートに追いつこうと必死なのはリッカーだ。痛みをこらえながらウィルもすぐに追いつく。アゼリアが笑って声を上げていた。
「あはは。楽しい。ねぇ、まずはどこへ行くの?」
「はぁ、はぁ―― そうだな、まずはワシらの宿じゃな。にも、にも――」
短い歩幅で彼らの足に追いつくのは大変だった。その様子に気づいたアゼリアがミートに目配せをする。「大丈夫?」と一声かけると、嬉しそうにアゼリアを左肩に乗せ、右手でリッカーを掴み空いた方の方に乗せる。
「おお。ありがとなミート。ところでアゼリアは、エルフだよな?」
「ええ。そうよ」
「さっきの熊と相撲をしとったヤツと聞いたこともない言葉で話してたが、ワシらの言葉も分かるのか?」
「それはウィルに感謝ね。彼のおかげよ。一緒に過ごしたから彼は私の言葉を。私は彼の言葉を使えるようになったの」
「一緒に? ずっと一緒だったのか?」
「そうね――さっき起きるまでは朝から晩まで。彼がここへ来た日からずっとね」
「やぁっぱり……ワシらが心配で探してる間、こんな美人と楽しんでたのか? わははは。隅に置けんな! 旅人」
「ウィリアーム」
「おお。ミート! お前、うまく喋れるようになったな」
「ミートォ」
「ほれ、わしの名前は?」
「イッガァー! ウィリアァム! リィア!」
「うふふ。そうね。ミート。ありがとう。ねぇ! 見て。綺麗な花火よ」
三人と一人はそのまま森を出るために、最初の宿へと進み続けた。そんな彼らの背後では、盛大な花火が上がっていた。まるで彼らを祝福するかのように。




