22 魔女② 旅人 VS 団長
――空から飛んできた彼女を胸に抱き草の上に仰向けになっている旅人。
やっとの思いで旅人の元へ辿り着いた彼女は、耐えてきた恐怖に涙を流し、彼の服を握りしめ泣きじゃくっていた。そんな彼女を優しく抱きしめた。ふと彼女が思い出したかのように起き上がる。
「ゆっくりしてちゃダメ。早くいかなきゃ。貴方から離れたくない――」
弱弱しく立ち上がりそう言い放つと、彼女は傍に置いてあるランタンを手に取った。旅人が夜に向けて準備したものだ。彼女が振り返ると立ち上がった彼が、
「どうしたんだ? 一体……」
思わず彼女に質問をしようとしたが、それが愚行だとすぐに気づく。まずは彼女の言う通りに行動を開始することにした。一方、彼女の体の中では旅人に会えた安心感によって途切れた集中力の隙間から、魔女に変貌しようとする力が溢れ出ようとしていた。
彼に言うべきか? 苦しイ
魔女になっても好きでいてくれる? 助ケテ
抑えられるか? ずっト? 彼に危害ヲ加えナい?
私はいつまでワタシでいられる? イワなきゃ
カレとずっと一緒にイタイ 苦しい ――
その場から動けない様子の彼女。苦しそうに手を胸に当てる彼女の傍へ旅人が近寄り抱きしめる。
「ずっと傍にいるから。もし君が近くにいないなら、探しに行くし、来るというならずっと君を待ってるから。大丈夫。一緒に行こう」
そんな彼の言葉を聞いて、彼女は嬉しくなったが涙をこらえる。泣いたら、もしここで泣いたら感情に乗って『それ』が内側から全てが出てきそうだったから。
全力で抑えた。ひたすら全力で。全力で‥‥‥
「私は……」
彼女は途中で言葉を喉に詰まらせ、遠のいていく意識の中、持っていたランタンが手から離れていくのが分かった。助けを求めるように手を彼の方へと差し伸べるのが精一杯だった。
旅人は彼女に見惚れていたせいで一部始終がゆっくりと感じた。同時に彼女が最後に振り絞った加護が発動している。
徐々に彼女の異変に気づいた。意識を保てず閉じた瞼、ぐったりと膝から地面に崩れていく彼女。必死に差し伸べてきたであろう腕を掴むと、もう片方の手で体を抱き寄せて倒れるのを未然に防いだ。そして、空間が戻る。
――数分前、上空の街にいる赤い魔女。
「お。嬉しいね! この気持ち! そろそろご対面かなぁ! 盛大に祝わないとね!」
今、赤い魔女の目の前には20人近くの団員が集まっていた。中には一度吹き飛ばされたカッフィーもいる。皆、目の前にいる魔女の美しさに困惑しつつも臨戦態勢で身構えていた。今までに聞いていた物、本に載っていた見た目とはまるで違っていた。カッフィーが声を張り上げる。
「ひるむな! 行くぞ!! おかしな魔法を使うが、皆で一斉にかかれば必ず倒せる!」
「おお。おお。いいね、その心意気。だけど、あんた達には走ってもらわないとね。せっかくの再開の瞬間だ。この気持ち。あんた達に盛り上げてもらわないとね!」
赤い魔女がそう言い、両手を下から上に迫り上げると団員の足がその地面に掴まれた。皆、突然の魔法に悲鳴を上げる。カッフィーだけがそのままだったが、歩いてきた魔女に頭を掴まれ怯えている。
「いーかい? よく聞きなぁ! これから言う事。理解しないと死んじゃうからねぇ。ルールは2つ!!
1つ!! 走れ! ひたすら走れ!! 止まったら死ぬよぉ
2つ!! 離れろ! 仲間に近づくと爆発しちゃうよぉ」
言い終わると、悲鳴をあげたカッフィーが突然光りだす。そして赤い魔女が「バン!」と言いながら手を叩くと、鮮やかに爆発して消えた。皆が怯える中、赤い魔女が口火を切る。
「それでは、スタートぉ!!」
合図と同時に掴まれた団員たちの足が光りだし、軽くなる。解放されたからではない。魔女が『速く走るため』にかけた魔法だった。即座に全員が各々の方向へ走り出す。「こっちへくるな!」「あっちへいけ!」そういう声もすぐに遠くなった。そんな彼らからはその体の光から上空へ花火が打ちあがる。物凄い速さで走り回る彼らのおかげで街中が盛大な花火で包まれた。
「ひいぃゃあああ――ブベ!!」
悲鳴と共に、カッフィーが落ちてくる。彼は爆発したのではなく、光を目くらましに上空にあげられただけだった。
「さて。アタシはアタシの仕事をするかな」
赤い魔女はそう言うと、宮殿の中へ向かう。団員たちのそばにいたのに誰にも気づかれていない緑の魔女を連れて……
※
チリン。チリン。チリン。チリン。
「あー、もうわかってるよ! ずっと鳴ってるなぁ、おい!」
「アウア」
「ぉぃ? ぉい! おいっ!! おいぃ!!」
「ア?」
「上を見ろ?」
「ミーォォ……」
「なんじゃこりゃぁ」
森を走っていたリッカーとミートは上空の様子に目を丸くした。その様子に気づいたのは、リードレ団長含む19人も同じだった。結界が無くなり街がこの世界に晒されている。すぐに戻りたかった。しかし、今この先の泉に何かがいる。そう確信してもいた。
「やばいですよ。これ。こんなの、誰がどうこうって問題じゃないでしょ」
探知によって、直前の彼女の内側からあふれ出る魔女の片鱗を覗いた男が、声を震わせながら警告をする中、リードレ団長が部下に、
「あれは‥‥‥姫様? いや魔女か? ここは私が引き受ける。弓は全員ついてこい。剣、槍を一人ずつ残し、あとは急いで街へ加勢にいけ」
素早く編成しなおすと、指示された6人は急いで街へと戻る。この場に残った弓が10人、剣が1人、槍が1人、団長を入れて13人が泉にいる旅人の元へとやってきた。
旅人は少し前からそんな彼らに気づいてはいたが、彼女がこの状況なので動くことが出来ずにいた。そして、先頭に立つリードレと視線がぶつかった。リードレは旅人が持っているのがシルヴェールの剣だと気づいた。心の中の怒りを剣の鞘に込める。次の瞬間、細い声が響き渡る――
「おっそぉぉーーい!! 皆さん、遅すぎるのは嫌われますよ! 早くイクやつもいるし。本当に最悪」
「団長! 俺とシエナは無事です! その人間はエルフの言葉を話せますよ! それと強いです!」
「簡潔な助言、感謝する!」
二人の無事を確認できたリードレは、言葉など発する前に斬り殺してやろうかと思っていた相手に興味を持った。そして、まずは旅人の傍にいる彼女のことを問いただそうとしたが先に旅人が、
「アー、オレ、チョトワカル、スグカエル」
「嘘ですよぉ! それ! もっと普通にしゃべれますよ!!」
「そいつの舌ってすごいんだから! テクニックもすごいわよ!」
「ちょっ、お前ら、丁重に扱った俺に対する恩がそれか!? ったく……と、いうことでよろしくね。えっと、団長さん? 班長さん? 遠足かな? 郷はあちらでぇっす」
両手を滑らすように、先程現れた上空の街へと誘導する旅人。しかし、誰も微動だにしなかった。特に団長と呼ばれた男が一歩踏み出した瞬間に空気が変わる。まだ十メートル以上離れているというのに、まるで数歩先にいるように思える。
「面白いな、人間。私はリードレ。シルヴェールに勝ったのか。名前を聞こう」
団長はその顔に似合わない低く、太い声で男に問いかける。そのあまりの渋さに旅人も同じような声で、
「俺は、シルヴェール一号だ」
「二号よ!! 二号!!」
「うるさい! せっかく格好良く決めたんだぞ! 台無しじゃないか」
シエナが茶々を入れてくるが、それはそれで楽しんでいた。
「まぁいい。斬り捨てる前に聞いておこう。2つだ。答えてくれたら助かる。答えなくても構わない。どちらにせよ切り捨てる。名誉を選べ。嘘をつくか。真実を話して死ぬか。魂を汚すなよ、人間」
傍で横たわる彼女の様子を見る。息が荒く髪が雪の様に白くなってきていた。時折開くその眼は、毎回色を変え輝く。そしてリードレが一つ目の質問をする。
「魔女を見つけ、殺さねばならん。お前は見たか?」
「魔女。魔女ねぇ――。そこのシルヴェールの横にいる赤い髪の魔女のことか? シエナちゃん。あっちで会おうな?」
「ふざけないでよ!」
変貌していく彼女を見て不安になる旅人。相手が何者かわからないが、前に彼女が口にした名前と同一人物だと確信する。久しぶりに対峙した未知の強敵に武者震いをしていた。魔女を探している彼らと、変貌しようとしている彼女。今の状況が極めて危険なことがよく分かった。
そしてリードレが二つ目の質問をする。
「お前の横にいる人に何をした?」
「それは俺が聞きたいね。お前らが彼女に何かしたってんなら――」
話している間に回り込んだ団員の一人が、シルヴェールとシエナを解放すると二人は、人間とリードレ団長の勝負の行方を見逃すまいと急いで立ち上がった。そして、旅人が答えきる前にリードレが、
「では、答えを知らんのだな」
次の瞬間、リードレは目にもとまらぬ速さで旅人の横に踏み込んできた。腰の鞘から抜いた剣をそのまま男の胴体を横切るように振り切ろうとした。しかし、旅人はそれを剣で受け止めた。そのあまりの速さに剣から火花が飛び散った。
「っぶねぇ」
一瞬だけ止まっていた。ほんの一瞬。その一瞬は、二人の男にとってお互いの力量を確認するには十分な時間だった。団長の初手は知っていても団員のほとんどが躱せない。しかもそれは何度も続くのだ。解放されたシルヴェールはその様子に震えていた。自分は団長と渡り合うほどの男と手合わせできたのだと。
リードレが次の剣を振る。物凄い速さの剣戟を繰り広げる。リードレが繰り出した顔への剣筋を避けた瞬間、男の左わき腹に痛みが走った。リードレが拳で殴ってきたのだ。男は吹き飛んだ先の木の幹に両足を着地させ飛び降りた。リードレが口についた血を拭った。お互い紙一重だったのだ。シエナはシルヴェールの手をぎゅっと掴んでいた。誰もがその二人に見入っていた。
「ちょっと、やばいかなこれ」
「やるな。本当に名前を名乗らなくていいのか? 人間」
旅人は呼吸を整え、剣を一振りするとシルヴェールに言う。
「ありがとうな。シルヴェール。お前の言う通り、この剣はすごいな。これがなかったら危なかったぜ」
「俺、貴方も絶対に越えますから!!」
「それとな、班長さん。俺は、シルヴェール一号だって、言ってんだろ!」
「二号よ」と小さく囁きながら二人に見惚れるシエナ。今度は男から斬り込んだ。シルヴェールの剣は風を斬る毎に速くなる。その斬る速度が速いほどに、より軽く、強く、速くなる。先の剣戟においてその剣の効果は今、最高潮に達していた。
シルヴェールと違い速さに力が加わったその剣を受けるのはリードレにとっては容易ではなかった。踏み込みの速さこそ魔法を応用したエルフの戦い方で旅人に勝っていたリードレだが、旅人にはそれと違う経験と実践と勘の良さがあった。そして、今度は最後にリードレが吹き飛ぶ。
「さっきのお返しだよ。班長さん」
開始数秒で切り捨てられるはずの人間が、今や逆転し言わずと知れた団長に剣で勝ち、剰え吹き飛ばし地に膝を着かせた。誰しもが、この闘いを見ることができて良かったと夢中になっていた。
リードレ団長は立ち上がると深呼吸をする。剣を鞘に納め、数歩進み旅人を見据えるとシルヴェールと同じ構えになる。距離は彼の倍以上あった。
「よもや人間相手に本気を出すことになるとはな。誇れ。そして安心しろ。お前の魂はここの土地でまた生まれ変わるだろう。エルフの戦士として私が迎え入れよう」
その様子を見ていたシルヴェールはあえて何も言わなかった。旅人に負けたあの技。自分と段違いの団長が繰り出す本気の技が彼に通じるのか。ただ、見てみたかった。隣で手をずっと握っていたシエナも同じで、これから起こる結末を見逃せまいとシルヴェールの手を握ったまま自分の胸へとギュッと押し付けていた。
旅人はシルヴェールの時の様にリラックスしている。そして、深呼吸をし意識をスゥーっと広げ、リードレに手をこまねいて合図する。
「ゆっくりおいで」
「いくぞ」




