21 魔女① 赤の魔女と緑の魔女
「ほっ! ほっ! ほっ!」
リッカーが掛け声と共に森の中をすごい速さで移動する。
「ほっ! ほっ! アイタ! ほっアイタ! おい、ミートもうちょっと気を付けてくれんか!?」
リッカーは走るミートの肩に乗って掛け声をかけているだけだ。森を走り抜けるミート。高さの合う枝がリッカーを直撃する。
ドワーフとジャイアントの二人は旅人を探しに森の奥まで来ていた。少し前に魔女の鈴が鳴った為、さらに急いでいた。鈴が鳴った時リッカーは、慌てて地面に降り、色々な向きで音を鳴らす。方向が合わなければ音が鈍くなるからだ。そして、
「どっちだ? こっちか? いやあっちか? こっちもだ? あっちか?」
その様子は十字路で動き回る小動物より慌てていた。それも当然と言えば当然で、実際は彼らの頭上に魔女がいたのだから。音が鳴らなくなると、すぐにミートに跨り、走り出す。行き先はミート次第。まだ旅人のいる泉までは遠かった。
そんな彼らが走り回るその間。リードレ団長率いる計19名が森へと降り立ち、同じく泉の方。シエナの暴走を感知した方角を目指し進んでいた。
一方、生きたまま実験室から脱出した彼女。体の中では魔女へと変貌する自分と闘っていた。美しかった髪は雪のように白くなり、眼は瞬きをするたびに色を変える。『中身を失った』彼女がもしも一人だったなら、すでに魔女へと変貌していたはずだった。しかし、彼女の中には、取り込みなおしたカギの力と黒い魔女がいる。それぞれが役割を果たしどうにか耐えていた。
死を覚悟した痛みと苦しみ、恐怖と不安の中、やっとの思いで生命の大樹と呼ばれる広い空間へと辿り着いた彼女。天井と壁一面が星空のように光っている。キラキラと輝く正方形の藍鉱石を積んで出来ていた。時折水が滴る音が反響し、きれいに響く。足元にはチョロチョロと流れる水が一面に広がり、壁や天井と同じように煌めいている。
ハァ、ハァ……やっと、たどり着いた――
ここはエルフの郷の中でも五人だけが使える場所だ。彼女とその長兄には3体。次兄、団長、長に1体ずつ。素体は大樹の幹のカプセルのような物に収まっている。それは大きい琥珀で、彼女の素体は少し老いたもの、同じ若さのもの、若いもので3体。
幹へと続く階段を使い自分の素体が入った琥珀の所まで上る。両手をゆっくりと中へ入れる。そして中にある素体を抱きかかえると、黒い魔女がそのまま吸収する。それをあと二回繰り返し、三体全てを自分の中に入れる。そして膝をついて呼吸を整えた。次第に髪の色が元の色へと戻っていく。僅かだが、顔や手に出ていた亀裂も消えていく。
よかった。少し安定したわ。ありがとう――
先程までの苦しさは和らいでいた。とはいえそれが解決したわけではなかった。ふと、すぐ近くにある長兄の素体に目をやる。一体分空いているのは、きっと体の中にいる黒い魔女のにいる分なのだろう。そう思った矢先、胸が苦しくなる。
「ああっ!」
ダメ。今は! ここでは、抑えなきゃ――
彼女はよろめきながら立ち上がると、旅人の元へ向かうため急いでそこを出る。
走った。
ただ、ひたすらに走った。
安定したとはいえ、意識を奪われ時折ふらつく。すれ違う騎士団員に心配をかけないよう、どうにか宮殿の出入り口までやってきた。太陽はすでに真上を通り越し、地平線へとぶつかるのは時間の問題だった。
ここからは花壇と芝生に囲まれた石畳を突っ切り、街を通りいつもの場所から森へ向かうか、正規の出入り口から森へ向かうか、その二択だ。
どうしよう。きっと、どちらも見張られているわ。それに、あの人は無事かしら。早くいかないと――
彼女はとりあえず、いつも使う出入り口へ向かうことにし歩き始める。しかし、彼を思う気持ちが、不安と期待と焦りを強くする。その足取りは少しずつ速く、更に速く、結局は走ることを抑えきれなかった。そして石畳が終わり、街へと入ろうかというその時――
「きゃあっ!」
それは騎士団が魔女対策として張った結界だった。今、彼女の内側にいる者に反応し彼女を拒絶する。まるでドロッとした重い膜を突き抜けるかのように、彼女は痛みに耐えながら必死にそこを通り抜ける。
その時に、中に取り込んだ二つの素体が分離し取り残される。変貌しようとする彼女の影響を受け、この時に魔女が生まれた。
一人は眼と髪が赤く、見た目の若い自分だった。もう一人は、眼と髪が薄く鈍い緑色をした老婆だ。宮殿側、結界の中の二人の魔女は裸で、三人が目を合わせる。それは不思議な感覚だった。そして、赤い魔女が言う、
「あはは! 任せな! あんたの分までアタシがしっかり暴れるよ!!」
バンッ!!!
掲げた両手を地面に叩きつける。すぐ近く、入り口の大きい2本の柱はまるで温泉がいきなり噴き出るかのように上空へと粉々にはじけ飛ぶ。そして結界に穴が空いた。
緑の魔女が足元の草と花を両方の手で触る。途端に周囲からそれが魔女の全身へと集まりローブへと変わる。緑の魔女は草と花で出来たローブを纏った。その後も緑の魔女は黙っているが、彼女には考えていることがわかった。赤い魔女が歩きながら大声で、
「じゃぁ、派手にいくよぉおおお! しっかり、男を掴みにいきなぁ! 花火の時間だ!!! あはははは!」
赤い魔女の長く美しい赤髪がスルスルと腕や胸、腰から腿のあたりを包み込む。体にピタリと張り付くと、そのまま下着のようになり最低限の場所を隠す。歩いたままその服を纏った赤い魔女。そこへ駆け寄ってきた団員を派手に吹き飛ばす。悲鳴と花火のような鮮やかな光と爆発で賑やかだった。
そんな様子を背景に緑の魔女が小さくうなずきながら彼女と歩いて行く。赤い魔女は、色とりどりの魔法を盛大に打ち上げていた。建物を壊し、団員を吹き飛ばし、地面を揺らす。宮殿近くの人々は驚き、恐怖し、走り、逃げ回った。エルフの郷が、街が魔女に襲われるなど前代未聞だった。
混乱した街の中を、悠々と歩く二人。確かに叫び、慄き、ぶつかり合い、そして助け合う皆が奔走している。それが周囲の現実なのだが――
「あら、こんにちわ」
「見て! 花火。キレイね」
「お祭りかい!?」
「今日はいい果物入ったよ!」
「ちょっと、寄っておくれよ」
彼女とすれ違う人々は、いつも通りに声をかけてきた。笑顔でのんびりと歩き。彼女に嬉しそうに手を振る。というのも、緑の魔女が出している結界の中と外では全く景色が違う。外では大騒ぎなのに、結界に入った途端に彼らは、なぜ走ってたのかを疑問に感じ、歩き出し、彼女に笑いながら挨拶をする。そして外に出るとまた思い出し、恐怖する。そんな独特な風景の中、二人は出入り口ではない方へと向かっている。街の端で飛び降りられる場所へと向かっている。
一方、赤い魔女は三人の団員と対峙している。
「俺は、カッフィー。行くぜ、魔女さんよ!」
手に持つのは槍で、赤い魔女が飛ばす色鮮やかな魔法を避けながら近づいていく。獲った! と言わんばかりに足を薙ぎ払う。が、その槍は足元で止まってしまった。そして、彼女はカッフィーに左手で触れながら右手で指さし、
「二秒で答えな。あっちとこっちとそっち、どこがいい?」
「は?」
「じゃあな」
赤い魔女がカッフィーを光で包むと、遠くへ吹き飛ばす。「あああぁ……」という叫び声と共にまた、新しい花火が上がった。その様子を見ていた、次の一人が名乗り出る。
「ははは! 強いなぁ! 俺は――」
「名乗る暇があったら攻撃しな」
いつの間にか目の前に現れた彼女が、グーで彼を殴る。とっさに前に出す盾は粉々になり、男は顔にパンチを食らい、変な声を出しながら横の方へと飛んで行った。彼もまた光に包まれ、新しい花火となる。そして最後に残った一人に、
「もう、あっちしか残ってないよ?」
「俺は! 副団長のイーゼル! あいつらみたいにはいかな――」
大剣を構える男は大柄でかなりの短髪、鎧を着ている。エルフには珍しい重装備の戦士だ。二人目と同じように名乗った直後に襲い掛かってきた彼女。その拳を剣で受け止め、後ろへと吹き飛ぶが、足が地面から離れることなくどうにか耐えきった。その手と顔には冷や汗が流れる。
「これほどまでとは……」
「あはは。すごい、すごい。よし、じゃぁお前には重大任務をくれてやるよ! そろそろ、時間だ。『窓』を作ってやらないとな」
「生憎、俺の承った任務は、お前を捕縛することだ。俺も本気を出すぞ」
「はぁ――」
イーゼルが大剣を構えると、見た目に反した速さで彼女に襲い掛かる。上段から振りかぶり、地面を粉々にする威力で叩き斬る。彼女は半身になるだけでそれを避けると剣身に手を添え、
「あのさぁ、『俺も』っていうけど。アタシが本気出してると思ってるの? がっかりだな」
「だまれ!」
――ブオン
「それでさ、どうしてあっちと、こっちと、そっちなのかわかる? どうぞ、お答えください」
「うぉおりゃあああ!」
――ドガン!
「ノリ悪いなぁ……こっちとそっちはハズレ」
「死ねええぇ!!」
二発目の横払いは手を添えたまま、くっついてるかの様に横へ押され移動しただけで、三発目の縦切りも又、半身で避ける。そしてイーゼルは後ずさると両足で地面を踏みつける。途端に、彼女の周囲を含め、石畳が粉々に吹き荒れ、土が舞い上がり、目隠しになる。そして、踏んだ両足で空中を前方に回転しながら、凄い勢いで彼女の頭上へと渾身の一撃を食らわせる。
イーゼルの一撃を左手で受け止める赤い魔女。同時に周囲に会った土埃が消し飛んだ。彼女の足元も衝撃でへこむと亀裂が周囲へと延びている。イーゼルの足が地面には着くことはなく、魔女に掴まれた剣の延長上に彼は柄を握ったまま浮いていた。
「ちょっと、イージー! あんた今、死ねって言ったよね? 捕らえるって言ってたのに、死ねって言ったよね!! あんたにはオマケを付けるよ」
「はい?」
イーゼルは副団長になるほど強いが試合には勝ったことがない。スタミナがありタフで、パワーのある攻撃は単調で避けやすい。試合で彼から一本は取るのは簡単。彼はなぜ魔女がその名を知るのか疑問だった。
その強さと恐ろしさに委縮したイーゼル。赤い魔女が剣に穴を空けるほど左手に力を込める。様々な色の光が手から剣、剣からイーゼルへと流れこみ包む。既に自慢の剣に穴が空いたことで涙目のイーゼルは、彼女の右拳で思いっきり殴られ吹き飛ぶ。
「あはは。派手にいけぇい!」
「ぎあああぁぁ――」
バン! バン! ババン! ――
赤い魔女に挑んだ三人とも、花火のように光を放って吹き飛んだ。特に最後のイーゼルは、綺麗な色の爆発をしながら、彼女と緑の魔女の方へすごい勢いで飛んでいく。宮殿からほど遠い街の人々は、花火をあげているのか? とその景色に見入っていた。
緑の魔女と歩いていた彼女は、街の端から見える景色に森が混ざり始めた頃から、無意識に走り出す。風が彼女の背中を押し、足元の土がその足を力強く前へと加速させ、緑の魔女を置いて空中都市の端から下に広がる森へと飛びだしていく。彼女は泉へと一直線に緩やかな放物線を描き飛んで行った。しかし、その先には街を包む結界が待ち受けていた。結界は光と風以外は通さなない。同時に、背後から悲鳴が聞こえる。
「いいいやあああああ……え! 姫様!?」
「こんばんは。イーゼル」
空中で一瞬、目の遭った二人。挨拶もつかの間、色とりどりの光に包まれ、花火のように爆発しながら飛んできたイーゼルは結界にぶつかると、穴を空けそのまま森へと飛んでいった。
「姫様あぁあっぁぁ――!?」
ちょうどその下を、リードレ団長率いる一団が泉へと向かっているところだった。そんな彼の悲鳴に気づいた一人が、皆の足を止め、警戒態勢に入った。
「ぎいぃゃぁぁああ―― ブベッ!」
突如、上空から悲鳴をあげバキバキと木を折りながら、団員たちの前に落ちてくる男。皆、その男に意識を奪われる。イーゼルとは違い、直線に近い形で泉へと向かう彼女は、地平線の先に沈む太陽を見ている。彼らの上空、夜と夕焼けの境目を泉の方へと滑空していた。地面にめり込みお尻を突き出して倒れているイーゼルの元へ一人の男が駆け寄る、
「団長! これ、イーゼル副団長です! 大丈夫ですか?」
イーゼルは気絶している。彼を包んでいた光が、高速で飛び地面に衝突した衝撃を全て吸収していた。リードレ団長が近寄り彼の様子を見て、
「彼には街にいるよう頼んだのだが……探知を弓全員で頼む。街を含め状況報告を」
それを聞いた弓を持つ十人が円を造る。同時に杖を地面に突き立て、ドン!と鳴らす。そして、中心にいる団員が目をつぶり確かめる。その行為は複数回に及んだ。
「――上では、だれも死んでないし、負傷者もいないですね。何やら賑やかですが――あ、先程聞いた二人分は除外してますよ」
「そうか」
「――上には、魔女が二人!? 一人は街の端っこで、消えた!? ――この先に……人間が一人、シルヴェール、シエナ、カッソとあと一人が妙ですが、たぶん魔女なような……いや、二人? 三人!? あ、それとドワーフとジャイアントが何やら走ってこちらへ向かってますね」
「お前らが正確に探知できない時点で怪しい。街からは救援要請はないのだろう? それならそれを信じるまでだ。ドワーフとジャイアントにはあとで対処しよう。こちらへ向かってるというのなら行く手間が省ける。進むぞ」
「はい!」
「あのう? イーゼルさんはどうしますか?」
「傷もない。置いて行こう」
「あっさりやられやがって。イージーイーゼルめ」
「強いんだけどなぁ……読みやすいんだよなぁ」
団長が答えるまでもなく、皆が意見をし満場一致でイーゼルをその場に置き去り、先へと進む。すれ違いざまに皆が彼の尻を叩いた。「起きろ」、「おい」、「イージー」など言いたい放題に。
―― この先の泉では。
「ねぇ? もう夜ですよ? んぐ。 もう諦めたらどうでふ?」
「いんや、俺は待つ。絶対に来る」
「もっとお口に入れて。 あ、大きいのは嫌。んぐ。美味しい」
「来るってどうしてわかると思う? 信じてるからだ」
「何よそれ。わかるんじゃなくて、期待じゃない」
縛られたシエナの口に、木の実や果物を入れる旅人。二人は食べながら会話をしている。カッソはすでにそこに居なかった。彼は起きるたびに悪態をついては殴られた。今は、パンツを降ろされて両手両足を縛られ、おなかと顔に臭い木の実で落書きをされた状態で少し離れた木に逆さづりにされている。落書きのほとんどがサルによるものだ。逆さになった彼の鼻の穴には棒の刺さった木の実が突っ込んであり、その棒を下唇で押さえつけられていた。それもサルだ。
目をつぶっていたシルヴェールが、一言。
「誰か来る?」
それを聞いた旅人が立ち上がり、周囲を見回す。頭の中に彼女の声が響いた気がする。そして、いつも二人で座っている場所までいくと、耳を澄ませた――
――!
――っせ!
―― またせ! っめて!!
上空を泉へと向かう彼女は、必死に旅人に訴えかけていた。
あと少し!
もう目の前にいる!
あの人の胸に!!
そういう想いが抱え込んだ苦しさをすべて吹き飛ばしてくれていた。がむしゃらに叫んだ。
旅人が声の聞こえる方に顔を上げる。上空から彼女が飛んでくる。そして叫んでいる。なんで空から!? と驚いた旅人は、彼女の要求に応えるため急いで身構える。
―― おまたせ!!! うけとめて!!!
いつも予想外なことをしてくる……
「安心して、飛び込んで来い!」
飛んでくる彼女は、彼の目を真っすぐに見ていた。それは彼も同じだった。彼女は今回、彼にその身を委ねた。旅人は発動した加護の中で、両手を前に差し出しゆっくりと飛んでくる彼女の腕をそのまま受け止める。
加護の空間の中でゆっくりと回転しながら力を外に逃がし、くるくると回りながら二人は少しずつ時間のずれを一緒に合わせる。彼女は真っすぐに彼を見つめていた。次第に二人は笑いながら抱き着き、そのまま草の上に倒れた。
「「――っとっと――あはははは」」
最初は笑っていた二人だったが、すぐに彼女が涙ながらに彼の胸にうずくまり力いっぱいギュッと抱きしめた。
「会いたかった。私、怖かった。すごく怖かった。貴方に会いたかった――」
「ああ。俺もだ」
旅人は、そんな彼女を強く優しく抱きしめた。




