18 終わりの始まり③ 赤い髪のエルフ
結界が消えた!
森の上空にある空中都市。エルフの郷の中では一部で大騒ぎになっていた。
郷を守る騎士団の団長リードレもまた、その一人だった。闘いで髪が邪魔にならないように後ろで括り、サークレットで抑えている。女性のような綺麗な顔立ちとは別に低く太い声が男らしい。軽装の鎧に身を包み少し長めの剣を腰に携えている。そんな彼は今、見渡しの良い広場まで来ていた。
「これは一体」
結界が無くなったのは一時的なものですでに元に戻っていた。異変に気付いた人たちが尽力したからだ。リードレの元へ、部下が一人駆け寄ってくる。膝に手を突きながら呼吸を追いつかせる。
「……リードレ様。先程、結界が一時的に破られまして、今はもう戻っております。が――」
「ああ、俺も感じた」
「一瞬ではありましたが、たしかに魔女の気配が」
「あり得るのか?」
息を切らしながら報告をしていた部下は、大きく息を吸うと上体を起こし、首を振る。
「あり得ません。ましてや、入ろうとするなど」
「気づかなかったのか? 魔女の気配はこの街から出ていただろう。そのあと、結界が消えた。意味が分かるか」
「そ、それは……すでに、この郷に入ったと!?」
「わからない。今はいないようだが――。まずは街の巡回を頼む。それと調査部隊を下の森へ。三人編成で行かせろ。森の中で見つけたやつの対応は任せる。危険だと判断するなら殺しても構わない。わずかな時間とはいえ、この郷が世界に露呈したのだ。情報は出すな」
「はい。森の中でしたら確認できている範囲では、内側にエルフではない何者かが一人いるようです。すぐに!」
リードレが頼むぞと目配せし、部下は頷きその場から立ち去る。
彼らは、外で戦った経験が無かった。とはいえ、エルフの技術と設備によりその訓練の効果は他を圧倒していた。実際のところは、そのほとんどが郷の中で開かれる闘技大会に注がれている。強さだけで言えば魔法も駆使し臨機応変に戦うスタイルは厄介以外の何物でもないだろう。しかし、そんな自分たちに酔いしれている部分がすでに色濃くなっていた。
団長とはいえ、リードレもその一人だ。ぜひ、魔女と対峙してみたいという気持ちもあった。切磋琢磨する仲間との真剣勝負ではなく、本当の戦いを味わってみたかった。そういう思いを秘めながら、彼も街の巡回へと足を運んだ。
兵舎へやってきた部下は、その中から三人の男を選ぶため中を物色する。狡猾で、判断ができ、決して逃がさない、捜索が得意とする人物だ。座っている者、立っている者、飯を食っている者、中は騒がしい。
「どうしたんですか?」
一番近くにいた男が部下に話しかけてきた。
「ああ、森の捜索隊を編成するように頼まれてな。三人一組だ。とても重要な任務だ。場合によっては、本当の闘いになるぞ」
それを聞いた皆が声を大にして笑う。
「ははははは」
「本当の闘いだって?」
「誰が、相手ならそんなことになるんですか?」
「リードレ様だろ? あの方は強いぞ」
「お前らじゃリードレ様相手に、5秒持てばいいほうだ」
「人間ですか? それなら大げさすぎじゃないですか?」
「魔女の可能性が高い」
それぞれが好き勝手にしゃべるが、最後に部下が言った一言で皆が黙った。飯を食べていたものの飲み込む音が聞こえた後、
バン!! テーブルを叩くように立ち上がる青年。隣にいた人物は持っていたコップを落としてしまった。
「俺がいきます! 行かせてください!」
最初に名乗り出たのは、シルヴェールという名の短髪の青年だ。薄い金色の髪に青い瞳。真っすぐな心が瞳に宿る。リードレのお気に入りで、唯一その技を継承している一人だった。扱うのは剣で自信に満ち溢れている。彼なら、決して逃がすことはないだろうと安心ができる。
「わかった。他にはいないか?」
「あのー、すいません。もしも、相手が魔女じゃない場合は?」
ダルそうな声で質問をしてきたのは、カッソという名の男だ。少しやつれている。得意……というより好きなのが背後からの奇襲。臆病ですぐ逃げる。
「そうだな。もしそういった場合、危険を感じる、もしくは怪しいなど、その場の判断で好きにして構わない。大事なのは『生きた』情報を外に出さないということだ」
「あのー、すいません。その場合、戦利品は?」
「好きにしろ。ただし、危険がないか一度確認はさせてもらうぞ」
「じゃぁ、すいません。俺行きたいです」
珍しいものが欲しいだけなのだろう。まぁ、あまり期待はできないが、危険だった場合、彼ならすぐ逃げるから情報収集はできるだろう。もう一人は――
「ああ、ではシルヴェール、カッソと組めそうなやつ誰かいないか?」
シルヴェールが名乗り出たせいで、逆に委縮してしまったか。出ないようなら、指名するか?
「あのぉ、さっきの出来事と関係あるんですか?」
細い声で質問してきたのは、赤く染めた髪、前髪をパッツリ切った女で名前をシエナ。彼女はシルヴェールが好きで、主に魔法を得意とする。実力はあり一部の男性に人気がある人物だ。
「ああ。先ほど、一時的にではあるが結界が解けたことは皆、承知だな? 原因として魔女の存在が疑われた。確証はない。だが、前代未聞の出来事だ。危険を覚悟で挑んでほしい」
シエナが周りを見渡しため息をつく。
「はぁ―― 普段、自分が強いだの言い合ってるのに、魔女が相手とあらば役立たずばかりですね。シルヴェール様はすぐ立ち上がったというのに」
細く、小顔で可愛い彼女は毒を吐く。
「貴方たちの剣もたくさん受けてきましたけど、やっぱりシルヴェール様のが一番硬くて真っすぐでいい突きでしたね!」
……
「貴方たちが持ってるその剣では、私が腰を落としてしまうほど鋭い突きが出来ないのでしょうね」
……
「シルヴェール様が相手では、突かれるたびに‥‥‥私は、私は! 胸が熱くなるというのに!!」
赤面するシエナ。彼女をニヤニヤと見ながらその場の男どもは、シルヴェール自慢という名の悪態を黙って聞くのが恒例で楽しみだった。
そんなシエナをシルヴェールが「まぁまぁ」となだめる。
「まったく‥‥‥。すぐに立ったシルヴェール様のせいで私はびしょ濡れですよ。やっぱりシルヴェール様はすごいですね。ちょっと着替えてきます。それと、私も参加します!」
「そ、そうか、シエナ。頼んだぞ」
笑顔で答える彼女。
「はい―― カッソさん? シルヴェールさんが危ない時は肉壁になってくださいね。私もそうなるよう援助しますので。飛び散れば多少は持ち帰りますので」
「え?」
他の男たちは、シルヴェールが行くといった時点で、こうなることを予測していた。カッソだけが空気を読まず名乗り出たのだが。彼が傷つこうものなら、何をされるか……。
「それでは、お前たち三人を先遣隊として森へ行かせる。相手が魔女なら無理はせず戻ること。そうでないならその場の判断で構わない。その場合大事なのは、生きた情報を外に出さないことだ。わかったな?」
「「「はい」」」
そして三人は準備をして、森へと降り立った。
部下の男は、街の中もしくは森に魔女がいた場合に備え第二陣としての編成を始める。
※
―― 森を捜索する三人
時間はもう、夜明けになっている。太陽が顔を出す前の明るい空。シエナの魔法で周囲の捜索を行っていた。と言っても、その範囲は視力に比例する程度のもので、生物をかぎ分けるに過ぎない。遠いほどに不明瞭になる。見るよりかは楽だが広範囲を捜索するとなると一人で連続して行うにはきつかった。ずっと捜索している彼女はだいぶ疲弊していた。
「はぁー。疲れちゃった。しばらく、カッソが頑張って。もし魔女に見つかったら、できるだけ悲鳴を上げて私たちとは反対に逃げて引き付けてね」
「お疲れ様シエナ。それに、洞窟にいたらどっちにしても探知できないからね。日が出たらまた開始しよう」
シルヴェールが声をかけながらシエナの肩に手を置く。顔を赤くするシエナがシッシとカッソを厄介払いする。溜息であたりの捜索を始めるカッソ。軽装とは言え、夜中に出発して、中心からぐるぐると外に向かって捜索しているため疲れもたまってきた。現在把握しているのは存在であって、場所ではないのだ。
同じころ、泉の洞窟で寝ていた男が目を覚ます――
■リードレ ♂ エルフ騎士団の団長 太く渋く男性の声 美しいエルフ 剣
■シルヴェール ♂ 団員 青年 金短髪 青い眼 好青年 剣
■シエナ ♀ 団員 赤髪パッツン シルヴェール溺愛 杖
■カッソ ♂ 団員 こっそりが好きそうなやつ 短剣・罠・他