17 終わりの始まり② 黒い灰の中で
※グロありです ■■□□□
「ァ"ァ"ァ"ア"ア"――」
「騒がしくてかなわんな」
薄暗い部屋の中。エルフの郷である空中都市のとある部屋。出入り口の扉には階段が数段あり、部屋の中には薬や器具、天井に続く排煙口を備えた焼却炉があるだけだ。
台の上の女が低い呻きと悲鳴を繰り返す。ご主人様と呼ばれた若い男がその手を少しずつ上へと上げる。それに伴い彼女の体も、腹部を中心に引っ張られるかのように持ち上がる。男の手にはまるで心臓が脈打つかのような光の塊が乗っかっていた。それが鼓動する度にポロポロと光が彼女へと流れていく。が、何かがブチブチと切れるように彼女の体は台の上へと戻る。
「ア"ア"アッッ!!」
女は絶叫の後、台に戻り低い声で苦しんでいた。横でその様子を眺めている猫背の助手は、小さく拍手をしながら嬉しそうな顔でその様子を見ていた。若いエルフの手にある物を見た女は、返せと言わんばかりに必死で叫ぶが体が動かなかった。
「ウ"ウ"ア"ア"ァ」
「よし、いいぞ。おい、アレを」
「おおお。ついに――」
目を輝かせて驚嘆し、光の塊に夢中になっている猫背の助手。若いエルフの眼に怒りが現れ始める。それに気づくと、猫背はさらに小さく丸くなり、傍の台からガラス玉を手に取った。それは、リンゴ程度の大きさの物で、中には石がいくつか入っていた。それぞれ形・素材・色が違っている。
「グズが。早くそれをここに」
「はいご主人様。申し訳ございません」
俯きながら両手で支えたガラス玉を、若いエルフの手の傍へ近づける。その間も、猫背の助手は台の上に乗った女の裸を卑しい顔で眺めていた。女は「ウゥ」と小さく呻き、時折震えながらそのまま仰向けになっている。
脈打つ光の塊にガラス玉が近づく。先程までポロポロと彼女へ流れていたように、今度はガラスの中の石へと流れ始め脈を打つ。石が震え、カタカタと音を出した。その振動に助手は興奮している。
今、女から光の塊へ、光の塊からガラス玉へと繋がっている。若い男が、女と光の塊を完全に切り離すと女は痙攣をおこし、目を虚ろに黙ってしまった。若い男の手にある光が全て、猫背の助手が支えるガラス玉へと入っていく。
「はははは! やったぞ! ついに、やったぞ!」
「おおおぉぉ!」
よこせと言わんばかりに、猫背の助手の手からガラス玉を奪い取る。助手は、悲しそうな顔でそれを見届ける。しかし、その視線をすぐ横にある女へ向ける。横たわる美しい肌を密かに撫でることで自分を励ましていた――
ガシャン!!
「ヒヤ」と声をあげ、その音に心臓が止まる思いで驚く。すぐに女からその手を離す助手。横では若いエルフが怒り心頭に割ったガラス玉を見て、
「クソ! クソ! クソ! クソー!!」
何度もガラスの破片を踏み散らす。その間、助手は恐怖で動けず黙って見ていた。
「クソが――」
しばらくその怒りを様々な言葉にして発していたが、肩で息をするように深呼吸をし自分を落ち着かせると、怒りを表情の奥へとしまい、助手に話しかける。
「今日までよくやってくれた」
「ご主人様の活躍あってこそのご成果です。滅相もないお言葉。感謝いたします」
若いエルフは台上の女を見つめたあと、部屋の中に備え付けられた小さな焼却炉へと歩いていく。天井に延びた排煙口とガラス窓付きの小さな扉がある。それを開き小さく何か言うと、中に強い炎が灯った。そこで若い男は振り返り、台の横に立った猫背の助手を見ながら話す。
「今日は、ある意味成功だ。そして、失敗でもある」
「と、いいますと?」
「確かに、取り出すのには成功した。これは、大きな成果でありそこに立ち会えたことを誇っていい」
「はは」
「だが、やはりこいつでは意味がない。予測はしていたが、まぁ実際、期待してしまった分、ちょっと悔しいがな」
台の上の女を嘗め回すように見る猫背の助手の男。
「準備ができ次第、次に取り掛かるぞ」
「おお。では、次こそ」
「そうだ。次は本番になる。時が来たら知らせる」
猫背の助手が、気まずそうにしている。
「その……こちらの――」
「ああ。今回は特別だ。それに価値はない。好きにしていい。だが、必ず処分しろ。お前の替えはまた用意できる。気をつけろよ」
あふれ出る喜びを隠そうとはしている猫背の助手の顔はとても気持ちの悪い物だった。部屋の出口の扉へは短い昇り階段があり若いエルフを扉の外まで見送る。
女と猫背の助手だけになったその部屋には焼却炉の炎の音と、静まり返った部屋にその扉を閉める音だけが響く。
そして――
「あああ! 至福の時!!」
扉を閉めて、両手を握りしめ振り向きざまに叫ぶ。
「あああ! 最高の褒美!!」
一歩ずつ、階段を下りてくる。
「ああぁぁ! 最初で最後でしょうか?」
立ち止まり、頭をひねりながら考える。
「いい! それでもぃい!! 今にも溶けてしまいそうです!」
気持ちの悪い動きで女まで近寄ると両手を台に乗せ、膝を折りしゃがみ込む。
「うふふふふ。くくくくく。あはははは!!! ……」
室内に猫背の助手だけの声が響いた後、また炎だけの音になる。そして、ゆっくりと台の下からその顔が覗いてくる。指が滑らかに動き、同時に少しずつ女の顔の方へと自分の顔を近づけていく。
「いいですねぇ。 いいですねぇ! あぁ。なんて美しい」
しばらく女の様子を眺めたり、体を撫でたり、匂いを嗅いだり、嘗め回していた男は、ふと立ち上がり。
「あ」
ステップを踏み、棚へと近づき自分の楽しみの準備を始めた。鼻歌交じりで事を進め、女が起きるのを待った。
「そろそろですか? ねぇ? 起きてくださーい」
助手がそう呼びかけていると、少しずつ女の目が開いた。
「お! やったぁ。もう、一人じゃ楽しめないですからね! ね? ね! ねぇ??」
女の髪を撫でながらそう話しかける。彼女は言葉を発せず、ただ呻くばかりで、顔は恐怖と不安と混乱と様々なものが混ざっている。
「いい! あぁ、いいですよぉ。その顔。それです。それがいいんです。私の喜び。私の愛。私のぉ……優しさ?」
女の手を両手で握り、自分の顔に擦り付けているのを見せつける。女にはその感覚がなかった。恍惚とした表情で頬にペタペタと女の腕を当て、変形した頬っぺたのまま喋る猫背の助手。
「優しさぁ。貴方の腕はなんて柔らかくて綺麗なんでしょう? ね? これは、私の優しさ。愛。喜びになるんです!」
「ウ"ウ"」
「ほらみて? これ! 痛くなかったでしょう?? ああ、その表情!!! いい!」
助手が両手で持ち上げ、見せつけた女の腕は二の腕当たりから切り離されていた。それを見て、女の顔は恐怖で強張る。それを見て喜んでいる猫背の助手。
「フン・フン・フン」
腕を抱きかかえ、頬ずりをしながら鼻歌交じりで焼却炉へ近づく。扉を開くとより一層にゴオオォっという炎の音が聞こえてきた。持っていた女の腕、手の甲にキスをすると女の方に振り向きながら悲しそうな顔で言う。
「ああ。こんなにも美しいのに―― ああ。名残惜しいぃ――」
そして、手を握りながら腕を焼却炉の中へとスルスルと入れた。そして、また女の元へ戻ってくる。次は足だった。女は自分の足を確認しようとするが顔をわずかに上げるのが精いっぱいだった。
「ア"ア"ア"ァッ、ウ"ア"ァア"!!!」
女が叫んだ瞬間、猫背の助手は冷めた目で見下し言う、
「私は、そういうの嫌いですよぉ。もっと静かにお願いしますね」
腿から先の足も女の顔の近くまで持ってくると、同じように見せつけた。そしてまた焼却炉まで行くと、同じ手順で中へと入れる。男は嬉しそうに台まで近づくと、女の顔と同じ高さまでしゃがみ、顔を覗き込む。
「あれ? あれあれぇ?」
女の目を指で強引に見開く。女の小さな異変に気付いた。綺麗だった眼が黒くなり始めていた。
「ああ、せっかくの綺麗な瞳がっ! なんたるこっとっかっ!! まぁ、これはこれで面白い。かわいいっ! 黒い目がかわぃぃ!!」
呻き、叫びながら抵抗をする女。しかし、その四肢はすでに体になく男に弄ばれては焼却炉へと捨てられた。そして最後はその頭のついた体のみとなった。
「あぁ、残念ながらこれで最後です。一緒に見ましょう? ね? お互いに、見つめあいましょう? 大丈夫ですよ? 痛みは感じないようになってますから――、まぁ、燃えちゃった人から話は聞けないですけどね」
女の体を背中側から抱え、一緒に焼却炉に歩いていく。開いた扉の奥、炎の中には彼女の一部がある。それを一緒に眺めながら、女の髪に顔をうずめ息を荒立て、
「はぁ。貴方のような方をこのような宴に招待できるとは? なんたる喜びでしょうか。森で何かしてるそうですね? アハハハハ。まぁ、関係ないですけどね! はぁ……もう終わりかぁ」
しばし沈黙し、彼女を堪能すると、
「はああああ。それでは、お別れですね。生まれてすぐ、こんな目に会っては何が何だかわからないでしょうけど。大丈夫。貴方の美しさは私の心の中で永遠に生きていきますからね」
そして、彼女を炎の中へと押し入れた。
扉を閉め、しばらくその阿鼻叫喚する彼女を見つめていた助手はその体が少しずつ黒くなっていくのを見るとその場を立ち去った。部屋の中では、焼却炉の炎の光だけが残っていた。
残された焼却炉の中では、喚き散らす女の体が黒く、さらに黒く、口の中は炎のように赤くなっていく。それは燃えていたからではなかった。周囲にある炎を吸収し、自分の手足の灰を取り込み、もがきながら変貌していった。焼却炉の炎が全て取り込まれ、部屋が真っ暗になったころ。
「ゥゥウウア"ア"ア"アアアーーー!!!!」
黒い髪、黒い瞳、炎のような真っ赤な舌、手足はないが変貌した彼女の声で、街の結界が一時的に切れてしまった。ちょうど、夜空を眺めていたリッカーとミートが星空だと思っていた瞬間だった。
一方、同じころ。
街にある大きな宮殿のベランダで二人のエルフが話している。先程に助手と別れた若いエルフだ。もう一人は旅人と密な関係にある女のエルフだった。
「お兄様。あのね、私、明日ここを出ようと思うの」
「明日だと? お前、何を?! いや、すまん」
「私ね、もっと世界を見てみたい。決まったことをするんじゃなくて、自分の目で見て、確かめて、判断したいわ」
「それは、森で何かしていることと関係あるのか?」
「ええ」
嬉しそうな顔、満面の笑みでそう答える彼女に、兄はしばし無言で考え込んでいた。
「わかった。じゃぁ、護衛の者を付けよう」
「いやよ、私。それに一緒に行く人なら見つかったから。明日よ。明日、出発するわ!」
そう言いながら、意気揚々と立ち去っていく。若い男は彼女を見送るまでは笑顔だったが、見えなくなってからは恐ろしい程に顔が歪んでいる。
くそう。明日だと!? 外に出るだと!? 何か……
彼女は、もう一人の兄。次兄にも挨拶をしに行く。彼女には二人の兄がいた。長兄はいつも気持ちの悪い猫背の助手と何かをしている。郷を治める人物だ。そして次兄は優しく、物分かりの良い人物だった。
次兄の部屋に行き、明日旅立つことを伝える。最初は難色を示したが、無事に旅ができるよう、無事に帰ってくるよう祈ってくれた。そしてペンダントを一つプレゼントされた。
部屋から出た彼女は、自分の部屋へと向かった。足取りは軽く、明日のことを考えると笑顔を止めることが出来なかった。
その途中、感じたことのない波動を受け、彼女は気を失いその場に倒れた。説得しようと彼女の部屋へ向かっていた長兄もまた、その波動に一瞬意識を奪われたが干渉は受けず、多少よろめいただけで済んだ。しかし、結界が切れたことに気づく。そして辺りが騒がしくなった。
「今のは? なんだこれは?」
長兄はそのまま妹の部屋へ向かうと、途中で倒れている彼女を発見する。彼女をそのまま部屋のベッドへと運び、彼女を寝かせたあと、窓の外からこの騒ぎ見ていた。すると彼の顔が笑顔に変わる。これに便乗し本番を実行するのにはいい機会だと考えた。
どうせ、明日いなくなるのだろう? 全てこの出来事に絡めてしまえばいい。
猫背の助手を呼び寄せると、二人は急いで準備に取り掛かった。