13 どうしても見たい② フードの中を覗きたい!
泉の前、短い草が生い茂る広場で間合いを取る二人。
ふと旅人が彼女に提案をする。
「そうだ、一つ。賭けをしないか?」
「え? 私は別にいいわよ」
両手で持った剣を「えい!」と素振りをしている彼女がその手を止める。旅人の提案に対してあっさりと承諾の返事をする。これは貰ったと思い提案を続ける――
「もし、君が勝てたらなんでも言うことを聞こう」
「いいわね。じゃぁ私が勝ったら……貴方には、さらに一日ここに居てもらおうかしら! もっと話を聞きたいもの」
「ははは。それは負けても嬉しい提案だ」
彼女の素振りを見る限り決して強そうには見えないが、あの自信はどこからくるのだろうか?
「じゃぁ、そうだな。俺が勝ったら、そのフードを取ってもらおうかな」
「え? そんなことでいいの?」
「ああ、構わないよ。でも、君に負けて、さらに一日過ごすってのも魅力だなぁ」
「まぁ! 嬉しい。でも駄目よ。手加減なしでお願いね」
剣を構える彼女に対し、旅人も身構える。
「でも、俺としてはそのフードを外してもらって君の綺麗な顔を見たいな」
「さぁ、かかってらっしゃい」
「負けてもしらないぞ」
「だいじょうぶよ。絶対に負けないから!」
彼女の剣の持ち方や構え方、体つきを考えるとその発想はどこからくるのか疑問でしかなかった。もちろん精神系の魔法や元素魔法は抜きの剣の勝負だ。負けるはずがない。
まずは旅人が小手調べに軽く振りかざした。とはいえその踏み込みは素早く、並の相手なら受けた剣が吹き飛ぶだろう。当てる気はないとはいえ彼女に教えてあげなければ。俺は強いんだと。
しかし彼女はそれを見極め軽く避けた。同時に旅人の胴体に衝撃が伝わる。
「え?」
「うふふ。一本ね?」
旅人の胴体には剣が突き付けられていた。手加減したとはいえ、向けられた剣に気づかないわけがないと、少し困惑する。彼女の突きもまるで素人、むしろ初めて剣を持った女の子の両手持ちのままの突きだ。
「ちょっと油断しすぎたかな……」
「あら? 一勝は一勝よ?」
剣を両手で握った嬉しそうな顔をした彼女が、顔を傾げて言う。さぁこい。つぎこい。という感じで誇らしそうに剣を振る彼女だが、五歳の少年の方がうまく振ってそうに見える。
旅人は考える。もしこれが実戦用の剣だったら? 本気で気づけただろうか? いや、練習であれ、訓練であれ、あってはならない。油断で負けるなんてあってはならない。体に染みついている。では一体――
「次はそうはいかないぞ。今のは優しさだっよっ!」
話しながら構え直すと、またもや旅人から攻め込んだ。素早く彼女の目の前に踏み込む。間合いを一瞬で詰め、彼女が感心したように旅人を見る。中級の冒険者や戦士でも一瞬その動きに驚く踏み込みを、彼女は見据えてただ感心した様子で見てくる。
どうやら、動体視力はずば抜けて良いようだな。見えない角度からならどうかな?
旅人はそう思いながら左手の盾を前に出す。右手の剣が彼女の死角に入りこむ。そのまま上半身を回転させ剣を叩き込む。彼女の顔、あわよくばそのままフードを外すのが目的だ。そう、これが今日の!
『第二作戦開始』
『あ、ごめん!フードとれちゃったね。本当にごめんね。でも、すっごい綺麗な顔だね』作戦だ。
さすがに、死角からくる高速の一振りを避けきるのは無理なはず!
旅人が繰り出す高速の剣を、彼女はフードが当たらないギリギリの動きで避ける。動きそのものは単純で、どっちかというと頭がぶつからないように潜るといった動きだった。驚くべきは、その動きが最小限だということ。直前まで当たると確信していた旅人は肩透かしを食らう。
かすりもしないだと!?
そしてまた、胸に衝撃が走った。トンと当てられた木剣の先から伝わる衝撃。
「え?」
「やったぁ二勝目」
女の子が両手で持って、えいって突いた剣だ。それが胸に突き付けられている。旅人はまた困惑する。胸に当たるまで、全く気づけない自分に不甲斐なさも感じた。
「ははは。君は避けるのがうまいなぁ」
「うふふ。貴方もきっと強いのでしょうね。楽しい!」
旅人は彼女に対する認識を改める。
あれを避けたのはすごい。そもそも人間相手に負けたことなんてない。オーク相手ですら身体能力と技術でどうにかしてきたほどだ。それが今、彼女に一打ごとに負けている。旅人の頭の中は今、彼女の不可解な強さを整理するために働いている。
強いのか? いや、避けるのがうまい? 目がいい? 俺が弱い? いや、さっきのは並の剣士相手でも通じる踏み込みだ。カウンター?
「これは失礼。実は俺は盾は使わない主義でね」
「じゃぁ、三戦目ね。やったぁ」
盾を外し邪魔にならない場所に置くと話を続ける。
「実は毎日訓練してるのに、弱く見せるのが上手いとかじゃないよね? 剣の持ち方だけみると強そうには見えないんだが」
「ん――、私が参加しようとすると『勝負にならない』って断られちゃうの。だから剣の勝負はかなり久しぶり」
とぼけているようには思えない。目の良さはわかった。でも動きは素人だ。女の子そのものだ。これは、改めないとな。
「いやぁ、まさかこんなに強いなんて思わなかったよ。ちょっと本気でいくけど大丈夫かな?」
「私は大丈夫よ? あ! ねぇ、私、本で見たことあるわ。攻守交代制の勝負。貴方に最初の十回あげるわ? 楽しませてね」
……ちょっとじゃない。本気の本気だ!
旅人は少しだけ呼吸を整える。手に持った剣は木でできている。とはいえ、これからするのは本気の動き。殺気は皆無だが任務遂行という点で尋常じゃない集中力が働く。
近くでみていた熊が、空気の変わった雰囲気を感じ取り立ち上がった。彼女は相変わらず、女の子持ちの剣と構えだ。
「まぁ、すごい」
「――っ!」
旅人が踏み込むと、二人の距離は一瞬で縮まる。落ちる葉っぱがゆっくりに見えるほどの動きだ。
彼女の左側に一瞬で踏み込むと、剣をそのまま右肩へ向けて振り切る。驚くことに彼女は、それを目をそらすことなく剣をあてて真上に軌道をそらし避ける。
剣が上空へ向かった反動を殺さず、左手を添えなおす。今度は左から横一文字に切りつける。が、彼女は剣先ぎりぎりの位置に後退し、落ち着いた様子で避けきる。
旅人は腕をひきつけ、最大最速の踏み込みで突きを繰り出す。足が離れてから草が飛び散る程の踏み込みだ。彼女は剣先を見たまま余裕で避ける。そのまま旅人の加速を利用し後ろに位置どった。
背後を取られた旅人はすぐさま、右手一本で後ろを振り払う。また剣先ぎりぎりで避けられた。旅人は、回転しそのまま二連撃へとつなげる。それもまた避けられる。
「すごい! こんな速い剣は久しぶりに見たわ。リードレ並ね」
「リードレ? それはどうもっ!」
息を切らさず、平然と避けるっていうほうがすごい! リードレ? まったく彼女はどんな目をしているんだ!?
そう考える中、今度は剣先ギリギリで避けるのは難しい程に彼女の近くに踏み込む。
既に上げられた剣は上段から一気に下へ、肩から斜めに振り下ろされる。が、彼女の剣であっさりと軌道をずらされ、旅人の右側へ剣がそれた。
旅人はそのまま返すように横一線に切りつける。この距離なら避けられないはずだ。そう思ったが、彼女はいつの間にか旅人の後ろに回り込んでいた。突如、反動でバランスを崩した。
なんだこれ、当たる気がしないぞ?
旅をしてる中で強者、手練れ、もしくはそれ以外とも戦ったことがある。しかし、こんなにも攻撃が無意味に感じるという経験は初めてだった。
「私、負けたことないから。あと三回よ。がんばって!」
結局、旅人の剣は一回も当たらなかった。避けられ、いなされ、見極められ、かすりもしない。不思議なのは力でも劣るはずの彼女に剣で簡単に軌道をそらされるということだった。
「はぁはぁ、じゃあ、君の番だな。はぁはぁ」
「ねぇ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫。さぁ――、かかってこい」
「えい」
彼女の剣は、はっきりいって女の子の遊びだった。それはもう癒されるほどの優しい遊びだ。彼女がムキになってきたもんだから、十回終わったのも黙っておいたが全部、避けたり剣で捌いた。女の子の剣だ。久しぶりに相手してもらった剣の勝負なのに当たらず悔しくて、怒っているようだった。
「もー! 全然当たらない!」
「やっぱり、最初の二回はまぐれだったのかな? ははは」
あれだけ避けれるのに、剣の扱いは酷いな。かわいかったし。笑えるし。何だったのか。
「最初のルールにしましょう! やっぱり実践みたいにね」
「そうだね。じゃぁ、いくよ!」
そして、剣を振るたびに「えい!」とプライドを傷つけられた旅人は十敗目で勝負をあきらめた。剣を置いて、地面に座り込んだ。彼女も横に座った。
なんでだなんだ!?
「あははは。楽しかったぁ。こんなに強い人初めて」
「あははは。ははは……」
全部一撃カウンターで負けたけどね!
「本当に避けるのがうまいんだね。それにカウンター。当たるまで全く気付かないよ。誰に教わったんだい?」
「誰にも教わっていないわよ。教わる必要ないもの。でも、秘密よ。んー。やっぱり教えない。秘密」
「これでも、強いんだけどなぁ。全然、そんな感じじゃなかったな」
「そんなことないわよ。私が知ってる中じゃ一番強いし、速いと思う。あそこまで来たのは貴方が二人目ね」
どういう意味か疑問に思う。とりあえず休みたい旅人は、悔しがりながら、草の上にそのまま仰向けになった。
「じゃぁ、負けたから一日延長だな」
「何を言ってるの?」
「え? 俺が負けたら一日ここにいるって」
「違うわ。十回負けたんだから十日よ?」
そんな彼女の一言が、旅人の胸を熱くする。勝って当たり前と思っていたが負け。あわよくば外そうと思ったフードは外せず。邪魔になれば自分から脱ぐだろう、という思惑も失敗。完敗したが、彼女の一言が旅人の顔を緩める。
「それは願ったりかなったりだよ。はぁ、疲れた」
「私も疲れちゃった」
彼女も旅人の傍で横になると肩がぶつかる。その感触は気持ちのいいものだった。
「あ、そうだ」
「ん?」
「んーん。なんでもない――」
いつの間にか彼女が、自身の手を枕に寝ていた。彼女も疲れたんだろう。それに今はこの状態を壊したくなかった。気持ちいい風が吹き、柔らかい地面に寝っ転がり、微かに聞こえる泉の音と鳥の声。
旅人は横を見ると、彼女のフードの中身が見えていることに気づいた。
彼女が起きるまで、その美しい顔を静かに眺めた。