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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
第五章 湖の街ミシエール
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100 魔女の家⑦ 再会

※クレアがギルドに行った頃~おんぶされるとこらへんまでの話です


■ウィリアム 茶髪括り 無精ひげ 父親 クレアが12歳の時に旅立っていった

■女性 ??? 灰紫のショート 30代 人間 どこか無感情

■クライン シカシカ


 少し前――


 シカシカと音を鳴らす小舟が、湖を渡りミシエールの街へと向かう。

乗客は二人とも人間。男性はクレアの父親で『赤い槍(レッド・ランス)』と呼ばれているウィリアム。

もう一人の女性。髪は短く灰に近い薄い紫。ふわりと柔らかい袖、擦り切れた白いシャツに黒いズボン。上下ともに長旅でくたびれている。どこか悲しそうな表情をしているが、目の前に広がる湖の町ミシエールを眺めながら、懐かしむような、悲しむような、初めて見るような、独特の表情を浮かべている。


「ねぇ、ウィリアム」


「どうした?」


「ここが私の街なのよね? 湖の街ミシエール」


「ああ。やっと帰ってきたよ。ほんっと、大変だった。それでどう? 家に帰ってきた感じは……もっとさ、こう、にかぁって笑って『帰ってきたぞぉー』って喜んだりしないの? 横の爺さんもすごい必死に笑顔で船漕いでるしさ。触発されたりしない?」


「シカシカしゅばって」


「船漕いでるし!」


「シッカシッカ!」


「……シカシカ漕いでるしさ」


「まーじゅゆるしばった」


「もうさ、何言ってるのかわかんないんだよ」


 ウィリアムとクラインはお互いに譲らない。それでも先に折れたのはウィリアム。爺さんに喋らせたら大変だと知っているから。前回も、前々回も、その前も。数少ない乗客の一人のウィリアムをクラインは決して忘れない。一緒に乗っていた"彼女"のことも。ただ、このやり取りは毎回行われていた。


 ウィリアムとクラインのやり取りを見て、うっすらと笑顔を浮かべる女性。彼女が顔の向きを変えながらひっそりと笑顔を浮かべているのを見たウィリアムは、眉毛を片方だけあげた後に小さく頷き小舟の縁に肘をかけくつろいだ。



「変な感じね。知ってるような、でもわからない。居心地はいいんだけど、ぽっかりと何かが足りない」


「それはまぁ、そうだろう。ここまでは俺の勝手だし、あとはまかせるよ」


「まぁ、ずいぶん自分勝手なのね」


 湖の街ミシエールはその名の通り、森の中にある大きな湖の中央に存在する。大樹の根の上に築かれた世界有数の街。鏡のような水面は青い空と白い雲を美しく描いている。その上をゆっくりと、静かにシカシカ進む小舟。まだ、街までは距離がある。クラインの速度では昼寝をしても問題ない距離。ウィリアムは寝床を作り始める。

その時だった。街で異変が起きたのと同時に最初に気づいたのは女性。眼で見て、頭で感じ取っている。ほぼ同時にウィリアムも起き上がりお互いに視線を合わせる。


「頼む」

「はい」


 女性は小舟の先頭に立つと、両手を広げ"それ"を防いだ。魔法の余波だったが、一般の人には関係なような微々たるもの。魔女や魔法使い、何度も魔法に触れた人なら気づく程度の余波。それが何なのかわからない以上、警戒をせざるを得ない。


「なんだったんだ?」


「そうねぇ。どちらかというと二つの魔法がぶつかって流れてきた感じかしら。誰かの魔法を、別の誰かが飽和させてる。貴方にわかるように言うと、シチューの入った鍋に大量の水を入れて中身を無理やり入れ替えたってところ?」


「引っかかるところはあるけど、察しはついた。アルマがまたやらかしたのかな」


「とても強い魔法よ。飽和させた方もすごいけど、何より元の魔法。今は引き戻ってしまったけど、一体誰がこれほどの魔法を使ってるのかしら? 森の魔女に匹敵する……いや、それ以上かしらね」


「その人物が君のお目当てだよ」


「そうなの? まぁ、とりあえず二人には――。はい、クラインさん」


「うぐ、ちょ、もっと優しく、わざと押してる? ねぇ?」


 女性が船を揺らし、バランスを取りながら先頭から後方へ移動する。途中にいるウィリアムの頭に手を置き押し付けるようにクラインの所へたどり着いた。チャプチャプと柔らかく波打つ湖面。彼女はクラインの頭に手を置き魔法を唱える。一瞬だけ紫色に光ったかと思うとすぐに消えた。横ではウィリアムも子猫のような視線を送って待っている。


「あなたはあそこへ行くんでしょ? じゃぁ、ふふ、これどうぞ。これがないと死んじゃうんだから」


「え? そなの? ほんとに? 笑ってなかった? すっごいだっさいけど、ほんとだよね?」


「あはは、ええ、そうよ。はいどうぞ」


 女性が足元にあった縄の取っ手がついたバケツをウィリアムの頭に被せ固定する。彼女が縄を顎の下で結ぶ間ずっと視線だけを動かし疑っているウィリアム。眉毛と唇がくっつくんじゃなかっていう顔をしたバケツ戦士の出来上がりだ。思わず笑いがこぼれる。クラインも我慢しながら吹き出し笑いをしている。


「本当なの? 二人ともすっごい笑ってるけどさ。これ、必要なことだよね?」


「ええ。その、アルマって子の魔法から守ってくれるわよ」


「……。わかった。じゃぁ、着けとくけどって、すっごいしゃべりづらいな」


 被らされたバケツ兜の縄紐が顎の下で食い込む。ウィリアムはしっくりくるまで顔と顎を動かしていた。街から飛んできた魔法の余波は、アルマの強力な範囲魔法に対抗したローレンスの魔法。ギルドの屋上でかがり火に入れたときに発生したものだった。


「何が起きてるのかしらね」


「あまりいい感じはしないなぁ。ローレンスは何をしてるんだろうな。そろそろクレアとエレノアもここの生活に慣れてる頃だろうし」


「あぁ、自慢してたウィリアムの娘さんね。私も会ってみたいわ」


「え? 聞きたい?」


「クレア? シカシカこっじゃらわっちゃ、じごーにゃんて」


「へぇ。クラインさんが言うにはね。昨日、彼女たちがこの街に来たって。この船に乗せたみたいよ」


「え? 昨日?」


 クラインと女性が話をしている。入れ歯がないと何を言ってるのかわからない彼の言葉を「うんうん」と聞いている女性。時折、笑い声が聞こえるが「ウィリアム」という言葉が入るのも気になる。さておき、何か不安な感じが拭えないウィリアムが船の先頭に片足を乗せて膝に肘を置き振り返る。ちょうどバケツ兜の上に黄色い小鳥が降り立った。


「なぁ、嫌な予感がする。どうにか行けないかな?」

「ピィーーー! チュンチョロロ! クイックィ!」


 小さい体の割に物凄い大きい鳴き声をかますのは、全身黄色いのが特徴のスピゲルバード。狙ってか、偶然か、森の中で格好つけて喋ろうとする人の邪魔をする小鳥。例えば、森の中で恋人が仲睦まじく寄り添い話をしている。満を持して男が女に大事なことを言おうとするその時、スピゲルバードは邪魔をする。たくさんの男達がこの鳴き声で心を挫いた。


「あの、街に――」

「ピィーーーー!」


「クレアに何か――」

「ピョロロロロロ!」


「……」

「……」


「あはははは」

「ぶぶぶぶぶ」


 女性とクラインがウィリアムの姿に腹を抱えて笑っている。今もなお小舟の先頭で膝に手を置き半身程振り返り何かを言おうとしている。喋ろうとすると鳴き声で邪魔をされる。


「クレアに何かあったんじゃないかと思う! って、やかましぃわっ!」

「ピュイーーーピロロロロロ! クィックククピィーーー……」


 怒ったウィリアムが頭の上にいる小鳥を捕まえようと必死になるも、飛んで逃げられてしまった。目尻を指で拭う女性が笑顔でウィリアムに教える。


「ねぇ、あなた狙ってやってるの? もうだめ。お腹痛い。それにクラインが意味のないバケツを被ってバカっぽいからスピゲルバードが来るんだぞって。あははは」


「狙ってないし、ちょっと動物には好かれやすいけど……って、やっぱり意味ないのかよこれ!」


「あぁ」

「ぶぶぶ」


 ウィリアムが投げ捨てたバケツがドボンと音を立てる。プカプカと浮かぶそれを後部にいるクラインが拾い、中に溜まった水を捨て足元に戻す。ウィリアムは口を曲げたまま視線でその流れを見守っていた。

女性が手をすり合わせながら魔法を使う。親指だけを手から直角に広げ、肘を曲げ重ねた左右の手を街に向ける。少しずつずらして三角形の空間を作り出し片目で街を覗いた。腕を伸ばし調整し、望遠鏡と同じ効果のある魔法で様子を伺う。


「あら、アニムの子よ。猫の黒い尻尾に上下黒い服を着てるわ。それと黒髪の少女、あなたが言っていたクレアとエレノアかしらね? それと……ウッドエルフ? 珍しいのね。街にいるなんて。二対一。エレノアが立ちふさがっているように見えるけど」


 ウィリアムも慌てるように荷物から単眼鏡を取り出し、急いで伸ばすと片目で覗き焦点を合わせた。


「エレノア? どこにいる?」


「いや、もう倒されちゃったわ。ウッドエルフが頭を掴んで一瞬だった」


「おいおい。じゃぁ、エレノアが操られて敵対してたってことだから……次はウッドエルフじゃないか?」


「そうなの?」


「ああ。クレアは大丈夫。でも、あいつと戦うとなると……ちょっと厳しいかもしれない。あ、ほら、なんか正面向き合って話し始めた」


 ウィリアムは覗いていた単眼鏡をバッグに置き小剣を引き抜くと、


「水の上を走れるように出来るか?」


「ええ。出来るけれどあまりお勧めはしないわね。急いで彼女の元に行きたいんでしょ?」


「ああ! いいから、頼むよ! 行くぞ!」


「あ、ちょっと――」


 答えるよりも早くウィリアムは、小船の先頭から街に向かって湖へと飛び出した。一歩目は膝まで沈む。「っとと」とバランスを崩しながらも上げた右足を大股で踏み込み、次の一歩へ。今度は足首まで沈んだ。大股で階段を上るような感じで三歩目。やっと普通になったのを確かめるとそのまま小剣を握り走り出した。

彼が水の上で走れたのは、反動で揺れる小舟の上で女性が急いで魔法を使ったおかげ。何かを持ち上げるように左手を下から迫り上げる。次は右手、次は左手とウィリアムの歩に合わせていた。汗をかき「ふぅ」と一息。


「いきなりすぎよ。疲れちゃったじゃない。人の話を聞かないのね」


「じゃばって」


「見て、すごい速い。こういうの初めてじゃないのね。水の上の走り方を知ってる。ちょっと待っててねクライン。彼があっちにたどり着いたら私達も行きましょ。そもそも、一緒に行けば走るより速いのに。ふふ。羨ましいわね」


 ウィリアムが水の上を走り街のふもと、大樹の根に辿り着き登り始めるのを確認した二人。女性が湖に手を置く。指でなぞる姿はまるで長年連れ添った犬や猫、動物の体を撫でるような雰囲気だった。尻尾を振る代わりに、湖は彼女に指に合わせて湖面を波立たせる。


「よかった……私はここを忘れてても、ここは私を忘れていないのね」


 クラインがハンドルをシカシカと回して進む中、女性はゆっくりと立ち上がり風と水の魔法を使う。呼応するように湖面、船底の水が船に合わせた形になる。少しだけ前に傾くと一気に加速して街まで一直線に進む。波に乗るかのように船の前は沈み、後ろはしぶきをあげて進む。クラインは目を見開きひたすらに空回りするハンドルを高速で回していた。


「気持ちいい」

「シカシカ! シカシカー!」


 小舟に乗った二人があっという間に大樹の根近づく頃、先に動いていたウィリアムは、微かに聞こえるクレアの悲鳴を耳でとらえながら急いで彼女の元へ向かっている。握る小剣は次第に柄が伸び、剣先は赤く光、気づいたころには赤い槍へと変わっている。次第に鮮明になるクレアの悲鳴と叫び声。ウィリアムは最後の段差を勢いよく上ると、二人がいる場所に小さく降り立つ。


「クレア!」


 クレアにとどめを刺そうとするウッドエルフまでの長い距離。例え弓矢でもこのタイミングでは阻止するのは無理だろう。世界一足の速い人間でも、半分まで詰めるまでもなく終わるだろう。叫んだ言葉がウッドエルフに届けば、彼女は助けが来る前に殺されるだろう。


 だが、彼は違う。


 ウィリアムの叫んだ「クレア」という声は、すでに走る彼の背中に存在する。飛び舞っていた草の葉は今は浮いているだけ。普段は目に見えないチリやゴミ、小さな虫までもが浮いているだけ。それらが彼の顔や体にポツポツとぶつかり、反動で動いていく。音はない。何せ彼は音より早く動いている。正確に言うなら、音すらも止まっているのだから。


 道半ばを過ぎた頃、軽い頭痛と唇に伝わる生暖かい物。鼻血が出てきたのだ。最愛の人から授かった加護の力はすでに限界だった。だが彼は止まらない。鼻血を拭い、あと少しがんばるだけ。そう意気込み、ウッドエルフの先にいるクレアを見つめる。


 虚ろな目をしたクレア。辛うじて開いている瞼の先に、そんな父親の姿を捉えた彼女は安堵の表情を浮かべる。ウィリアムはクレアと目があった瞬間にとても誇らしく思えた。彼女はこの旅でここまで成長した。


 ついにここまで来たんだな


 一瞬だけ、憤怒の感情が和らぐ


 それが彼女の全て

 それが彼女の存在

 それが彼女の力


 気持ちを切り替え、ほとんど止まったままの状態のウッドエルフの顔面に蹴りを放つ。元々は味方だったのだろう。アルマのせいでこうなっただけ。そこは考慮しよう……考慮したいが……考慮……したい、が……!


 ここに来るまでにクレアの悲鳴を散々聞かされたウィリアムの怒りはクレアを傍にしても収まるところを知らない。そこからは一方的な戦い。


 彼の名は、ウィリアム・ハートレッド


 この世界に存在した最も新しく、同時に最後となった国に住んでいた生き残り


 赤い槍を持った彼には誰も勝てない


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