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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
第一章 白銀の魔女
10/144

10 二人の時間① 美しいエルフの水浴び

 どうして! どうしてなんだ!? あと少しなのに!

 

 普段通り動かすだけなのに! 動け!! 

 

 早くしないと彼女が! ああ、なんてことだ――。


 旅人は必死に抵抗をしようとしていた。使えもしない魔法を使えるようになれ! とか、自分でも知らない限界を超えた力をだせ! とか考えながら、外側からではどうにもならない力に対して内側からも必死に抗っている。



 ――時は少し前、同じ日の朝


 

 洞窟で旅人が目を覚ます。手元に用意されたきれいな布に気が付いた。洞窟の入口の壁と天井が反射する水面の光でわずかに輝いていた。顔でも洗おうかと布を手に取り、洞窟の外へと歩いていく。外に出ると目の前には綺麗な泉があった。


 旅人が泉で顔を洗っていると、森から動物が出てきた。最初はギョッとしたが、見覚えのある熊だった。


「よう、おはよう。昨日はありがとうな」


 そう熊に声をかけると、軽く吠えそのまま水を飲み始めていた。よくみると熊の背には小さなサルが乗っている。地面に降りるとすぐ横で水を飲み始め、たまにこちらを見てくる。


 旅人は泉のそば、自分の背後にある苔の生えた木に胡坐をかいて座り込んだ。それを見たサルも傍まで来ると一緒に座り込む。灰色の毛をした可愛い目をした手のりサイズの小さなサルの手には小さな果物がある。しかし、それを食べる素振りは見せなかった。


 朝の太陽に照らされた空。昼間とはまた違う色の青い空を見上げる。泉には草のじゅうたんと滝と洞窟、大きい木と岩が少し。あとは周りをぐるりと森が覆っている。そこだけ別の空間にいるような気がした。時間さえ、切り取られているように感じた。


 旅人は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出しながら視線を前に戻す。ふと少し離れたところにいるヤクが少し気になったがそのまま朝の目覚めの時間を味わう。


 胡坐をかいて木を背もたれにくつろいでいる。体の痛みはだいぶ弱まったが、まだ横になっている方が楽だ。そう思いながらウトウトしていると、あの声が聞こえた。


「おはよう」


 一瞬、心臓がとまったと思った。それは怖さではなく、嬉しさからだった。さっきの熊の陰から顔を出し挨拶をしてきたのは昨日の人物だ。


 待っていたのに、いざその瞬間が来ると急に考えがまとまらなくなってしまった。戦いの最中にはないものだ。訓練でも、酒場で勝負事をした時でもだ。


「お、おはよう」


 恥ずかしくて彼女の顔を直視することができない。今朝もフードで隠れているが……。むしろ、自分の顔を見せられないとおぼつく中、彼女の声に胸を躍らせていた。


 ええい、どっちでもいいから顔を上げろ!


「ねぇ、体調はどう? だいぶ良くなったと思うけど」


 彼女の可憐で優しい声が胸を熱くする。


「ああ。無理な動きをしなければ痛みはほとんどないよ。君のおかげかな。ありがとう」


「それはよかった! 私、初めて骨折の治療をしたのよ!」


「え? 初めて?」


「ふふ。間違ってくっついていなければいいけれど」


「ははは。笑えないなぁ。そんな冗談」


 嬉しそうに話してくる彼女。旅人はそう言いながら手で頭の後ろを掻くともう片方でさりげなく患部を確かめた。


「昨日はごめんなさい! まさか掴まれるとは思っていなかったから……痛かったでしょう?」


「いやぁ。君に触れた瞬間に衝撃が走ったよ。そう、まさに『雷に打たれたような出会い』ってね」


 さりげなく決め顔で言うが、彼女はすでに旅人に背を向けてサルから果物を受け取っている。頭を撫でられて嬉しそうなサルにお礼を言いながら、旅人の方へと振り返る。


「今日もありがとう――。そうそう、あれは雷の障壁を張っておいたのよ。貴方、鋭いわね!」


 自分の気持ちを冗談に乗せて彼女に伝えたつもりの旅人は、まっすぐな彼女の言動に癒されながらも少しずつリラックスしていく。


「ははは……。もしかして皿にあった食べ物はその子が?」


「ええ、そう。この子、頼んでからずっと運んできてくれてるの。ほかの子は、しばらくここへ来ないように言ったんだけど」


「ほかの子? 熊とヤクはきたけど――」


「しー。見てて」


「?」


 彼女の柔らかい指が、旅人の唇を押さえた。旅人はその時フードの中身を見ようとしたが、これだけ近いのになぜか顔があまりよく見えなかった。そして彼女は、あたりを見回し呼びかけた。


「もう! しばらく来ちゃダメって言ったのに。みんな! もういいわよ! 好きにしなさい」


 彼女がそう言うと、至る所から動物が出てきた。立ち上がった彼女はそのまま旅人から離れ、泉の方へと行く。集まってきた動物に囲まれ、我先にと近づく彼らに様々な挨拶と抱擁を受ける。


「あははは。もう。だめじゃない。ありがとう。うん。おはよう」


 色々な動物と触れ合いながら一声一声かけている。挨拶が終わった動物は、彼女から離れたり、水を飲んだりしている。時折、旅人のほうへ顔だけを向けている。一頭、また一頭とその視線は増えていく。


 なんだこれ……気まずいな。なんで俺を見てくるんだ?


「私、毎朝ここへ来てるの。この子たちもよ。それで、貴方と一緒にいる私を心配してくれてるみたい」


「ははは。なるほどね」


 最初から居たヤクを指さし、彼女は話を続ける。


「あそこの子、わかる? あの子が貴方をここまで運んできてくれたのよ」


「ああ、最初から来てるやつだな。そうか、あとでお礼を言わないとな。おかげで君と出会えたわけだし」


 魔法だろうか? フードの中の顔が見えない。しかし、笑顔を返してくれたのはわかった。


 彼女が旅人のそばまで戻ってきた。


「まずは治療の続きをしましょう。何回かに分けて治してるの」


「本当にすまない。ありがとう」


「2、3日でいつも通り動けるくらいには治るはずよ」


「そんなに早く治せるのか。驚いたな」


 彼女は座っている旅人の右側、少し後ろに膝を下ろす。左手を旅人の肩甲骨の下にあてた。彼女の柔らかい掌が自分の背中に触れた時、旅人は思わず背筋を伸ばした。急に動いたせいで多少、痛みを感じたがそれどころではなかった。次に彼女が右手で胸のあたりを押さえ、両手で旅人を挟んだ形になると、すぐに両手から光の粒がこぼれてきた。


 真横に彼女がいる。とても近く彼女の吐息を感じられるほど。彼女に触れられてからなぜか座ったまま直立した旅人。平静を装いながらも体の中では、紳士な自分と、彼女の魅力に負けそうな自分が所狭しと暴れまわっている。


 旅人は自分の鼓動が地面を揺らしているのではないかと思った。彼女に気づかれないかと心配し、気を紛らわせようと何か話題を探す。しかし、頭の中は彼女の存在で埋め尽くされ、考える余地などそこにはなかった。そこへ――


「だいじょうぶ? 心臓の鼓動が強いみたいだけど?」


「ああ」


 横から覗き込むように聞いてくる彼女。そんな優しい声が、旅人の鼓動を加速させる。抑え込もうとするほど、それは反発し、抵抗してくる。


「痛くない? こういうの初めて?」


「いや」


 ああ。考えが頭にはいっていかない。いや、頭の中で考えているはずなのに、それが全部外に追い出されている。もっと会話したいのに、なんてそっけないんだ。


 そんな旅人の葛藤は知らず、彼女は旅人に話し始める。


「実はね、私、話し相手が欲しかったから凄くうれしかったの」 


「それは――」


「運ばれてきた貴方がケガをしてるのに気づいたとき、治してあげなきゃって思ったの。その時にね、治す間ずっとお話ができるって。色々な話が聞けるって。外の話が聞けるんだ!って思ったら嬉しくて……」


 そう言う割に彼女の最後に申し訳なさそうに俯いていた。


「あのね。本当はね。人が迷い込んだらすぐに戻す決まりなの」


「戻すって、外まで運ぶのかな?」


「そうよ。だから貴方も本当はもうここにいないはずなの」


「森の外に出たら、ここへ戻ってこれないのかな?」


「あのね、出る時には『何もない』って思うはずよ。だから、もう二度と、ここへは来ないの」


 なるほど。それがそのまま周囲の人々に広がったのだろう。


 彼女の手が小さく震えると同時に使っていた魔法が断続的になる。そして胸のあたりで光っていた粒が消えてしまった。うつむきながら小さな声で――


「本当にごめんなさい」


「そんな。どうして、君が謝るんだ? 助けてくれてるのに」


「本当はすぐ治せるの……。体に負担はかかるけど。あのね、私、話がしたくて、こうやってゆっくり治してるの。自分勝手でひどいわよね」


「そんなことはない。君は俺を治してくれてるだけじゃないか」


 彼女の方に振り向き、思わず肩を掴んでしまった。直後、昨日のことが脳裏をよぎり反射的に手を離し、目を瞑り身構えた。


 しまった! あれがくる――!?


 しかし、感じたのは自分の手を握る彼女の温もりだった。握ってくる柔らかく細い指は、力いっぱいにこっちを見てと訴えてるようだった。旅人は、ゆっくりと目を開ける――


「よかった。怒らないのね。本当に、良かったぁ」


 旅人は彼女に手を握られている間、まるで時間が止まったように感じた。日が昇ってきたからだろうか? 彼女を中心にここの泉の景色、草のじゅうたん、樹、空全ての色が歓喜しているように思えた。そこにあるのは安堵し、安心しきった優しく美しい彼女の顔。そこから変わる喜びの笑顔。さっきまで見えなかったフードの中の彼女の顔だ。今は、はっきりと見えている。


 すでに旅人は彼女に虜だったがこの時、本当の意味で自分のすべてが奪われたのがわかった。そして、与えようとも思った。自分の生きる理由も、死ぬ理由も、自分に吹く風も、やってくる季節の心地よさも、愛も、全てを彼女に。昨日とはまた違う衝撃が旅人を襲った。それは、とても気持ちのいい物だった。


 なんて美しい顔なんだろう。瞳は綺麗なグレー? ブルーとグリーンが煌めき、中心にはわずかにイエローが出ている。よく見ると、もっと色があるようだ。それに人間ではない。とても美しいエルフだ。

 

「それに君は、その……俺の体に、負担がかからないようにもしてくれたってことじゃないかな?」


 彼女は指で目尻の涙をぬぐい取ると、


「そうね!」


 嬉しそうに笑顔で応える彼女。握っていた手を離し、また治療に戻るとフードの中がまた見えなくなってしまった。


「さ、治療を続けましょう!」


「ああ、そうだね」


 彼女は止めていた手を戻し旅人の治療を再開する。2人とも、最初のころよりはリラックスしていた。そして、今度は旅人の方から話し始めた――


「以前、ここへ来た人たちはどうだったのかな?」


「どう? んー。聞くところによると、何度もあるみたいだけど。私は会ったことないわ。毎朝ここへくるようになってからはないわね」


「なるほどね。ところで、君は毎朝、何をしにここへ来てるんだ?」


「えっとね。元々はここで毎朝、水浴びをしてたの。そしたらいつの間にかみんなが集まるようになってて、今じゃ毎朝こんな感じよ。今日はまだだから、貴方の治療が終わったら――」


 男は彼女の言葉に強く反応した。


 今、水浴びをすると言ったか?


「今日は水浴びをするにはいい天気だね。最高だろうな」

「ええ、そうよね! その前に治療はしっかりとしないとね」


 今、これから水浴びをすると言ったか?


「しばらく、ここに座っててもいいかな?」

「ええ、大丈夫よ。気にしないで。ゆっくりしてていいから」


 今、ここでゆっくり見ててもいいようなことを言ったか?


「はい。今日の治療はおわり! ここで大丈夫?」

「ああ。お構いなく」


 ここでしっかり見守ります。


「痛いところはないかしら?」

「なんだか少し痛むが、ここで横になっていれば大丈夫」


 痛いところなんてどこにもない。むしろ元気だ。


 旅人の肩をポンと叩く勢いでそのまま立ち上がると、すぐ目の前で寝ている熊の傍まで彼女が歩いていく。フード付きローブとはいえその後ろ姿には女性らしさが美しくも現れている。


「じゃぁ、私、水浴びするね」

「ああ。ちょっと眠いからウトウトしてるかもだけど、ごゆっくりどうぞ。あとで外の話、俺の冒険の話とか聞かせてあげるよ。楽しみにしててくれ」


 むしろ、頭も目も絶好調だ。俺の方こそ楽しみだ。


「ほんと!? よかったぁ。楽しみ! じゃぁ、目をつぶっててくれる?」

「ああ、もちろん」


 旅人が目をつぶるのを見届けると、彼女は泉の方へ振り替える。両手でフードを外し、そのままローブを脱ぎ、中に着ていた薄い服をスルスルと脱ぎ捨てる。旅人にはその衣擦れの音が心地よく聞こえた。そして、彼女はそのまま泉へと飛び込んだ。


 白くきれいな肌、美しく長い白銀の髪、引き締まり無駄のない体はしっかり女性らしさも兼ね備えていた。これを見たら旅人は皆、忘れられないだろうその一糸まとわぬ美しい姿は、動物以外、誰にもみられることはなかった。


 ドボン! っという音が聞こえる。旅人は、顔芸でもしているかのように目を開けようとしていた。眉毛だけが上がり、瞼は閉じたままだ。


「ぐぬぬぬぬぬ」 


 水浴びをする彼女の音と、動物と話す声だけが聞こえてきた。ふと彼女の匂いが近づいてくる。胡坐をかいて座っている旅人の手元に何か布が置かれた。匂いと触り心地でそれがすぐに彼女が身に着けていたものだと分かった。そして、何かが肩に乗り、頭に小さな手を置き一言、


「キッ」

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[良い点] この回は風景描写が良かった。 やっぱファンタジーといえば美しい自然だよね。 コメディを抑えてるところも◎!! [一言] "時間さえ、切りとられているよう"←この表現俺も使いたいなぁ。と…
[良い点] エルフちゃんかわいい☆ くだもの持って傍に座り込むサルっていう描写もかわいいですね [一言] 目が!?目がああああああ!? 魔法か!? 頑張れ旅人!描写はお前の開眼にかかってるんだ!! …
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