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あのときの分かれ道

作者: 見尾 玲

夕暮れ、帰り道。

彼女の家は右、僕の家は左。その分かれ道で。

「別れ、よっか。」

そう口にした彼女は僕と目を合わせてくれなかった。

僕の自意識過剰だと思うけど、きっとそれは彼女の本心でない気がしていた。

「私、ここを出ていくからさ。前に話した夢のこと、やっぱり諦められなくて。」

「…うん。」

「その夢を現実にする為に、身軽でいたいの。そのことだけに時間を費やしたい。」

彼女-----未咲みさきは、まっすぐ努力できる女の子だ。そういうひたむきなところが未咲のいいところで、僕の好きなところだ。

「たとえば、僕が未咲の邪魔はしないしデートに誘ったりもしない、としても?」

「そんなの、みなとが不憫じゃない。」

未咲が困ったように笑う。こりゃダメだ。きっとなにを言っても結末は変えられない気がしてきた。

それでも、好きで付き合ってた彼女に別れを告げられて、平静でいられるほど僕はおとなじゃない。未咲の夢は応援するし、そのそばに僕がいられないか、すごく考えていた。

なにも、浮かばなかった。

「僕は、不憫じゃないよ。」

そう伝えるだけで精いっぱいだった。

「湊はいい人すぎるんだよ。私には、もったいないくらい。」

夕日が沈みかけていて、未咲の顔に影を落としていく。

未咲は夢を追う為に、この地元を離れる。出発は明日だと聞いていた。けど、もしかしたら未咲は今夜にでも発つのかもしれない。

出発は何時なの?せめて最後くらい、見送るよ。

と、言葉が出てきてぐっと堪えた。いや、最後とかほんとに嫌なんだけど。

でも、なんとなく僕に見送られるのは未咲がいやなんじゃないかと思って、出発の時刻なんかは聞けなかった。

「あの、さ。」

「なに?」

「いらないなら、断ってくれてもいいんだけど…。」

僕は鞄からスマートフォンほどの小さな紙袋を取り出す。旅立つ未咲に、と思って買ったものだ。

「え、なに?私に?」

「いやなら、いいんだけど。」

差し出した紙袋を、少し見つめて未咲は受け取った。

指先が、かすかに触れる。

あー!もう!このまま抱き締めて、僕が未咲をどれほど好きか叫んでやろうか!未咲がたいへんな思いをしても、空気のようにいつもそばにいて支えてあげたいと、未咲の夢の話を聞いた時から思っていた。どれほど思っていたか、伝わるまで説教してやろうか!

…できる訳がない。未咲を想えば、行動にはうつせなかった。

「見ても、いい?」

僕が頷いたのを確認して、未咲は袋を開けた。僕が贈ったのはとあるキャラクターを模した、携帯ストラップのお守りだ。未咲が以前、このキャラクターを気にしていたのを思い出して購入した。

「これ…!」

「この先たいへんだろうから、こいつがなにか身代りにでもなってくれたら、と思って。」

「ありがとう!大事にするね。」

別れるのに大事にすると言われるとなんとも複雑な気持ちだ。

街灯が点灯しはじめる。夕日も完全に隠れてしまった。

「じゃあ、帰るね。」

「うん。」

またね、とかそんな挨拶もできない。未咲は帰路をとり、分かれ道を右に歩いていく。

せめて、最後くらい、見送ろうか。

そう思って未咲の背中を見つめていたけど、やめた。僕も帰路をとって分かれ道を左へ歩きはじめる。

この分かれ道が、僕と未咲の分かれ道。

もう交わることはないかもしれない。



あのとき。あの分かれ道で。

私は彼に別れを告げた。追いかけたい夢があった。でも現実的に考えたら、私には届かないかもしれないと当時の私も思っていた。夢を追うのに、困難な道のりはつきものだと思うけど、私には厳しすぎた。湊がいてくれたら、違ったかもしれない。湊はいつも私の意思や価値観を尊重してくれて、けど筋が通らないところはちゃんと指摘してくれて、頼りになる人だった。あのときも、別れを引き留めようとしてくれつつも、私の気持ちを察して、別れを受け入れてくれた。

湊がいたら、今なにか変わってただろうか。

夢に近づけなくなった私は、地元には戻らずここで働いている。ある意味では、今の方が地に足ついてる気がする。

ストラップがついたスマートフォンで、ネットでスーパーのチラシを検索途中。目が疲れたので、ぼうっとあたりを見る。

「未咲?どしたの、体調悪い?」

「ううん、天気いいなぁって。」

「うそー。明らかにうわの空だったよ?」

奏多(かなた)、私のこと観察してるの?」

「失礼な。見つめてるんだよ。」

今付き合っている彼ーーーーー奏多。成人男性にしては無邪気で明るい性格で、交際期間はもう数年になるか。年齢のこともあって、結婚もお互いに考えている。同棲はしているが、仕事の都合でなかなか休みが合わない。今日みたいにたまに休みが合うと、とりあえず近場でもいいから、デートをする。今はカフェテラスで休憩中だ。

「最近、未咲も忙しかったんでしょ?無理に連れ出してごめんね?」

「忙しかったのは奏多も同じでしょ。休みが合った日くらい、無理ない範囲で出掛けようよ。」

奏多はやさしい。家事も積極的にしてくれる。料理に至っては私より上手い。

「ありがとうね、未咲。」

「いいって。それより、帰りどっかスーパー寄らないと、明日のお弁当のおかず、冷凍食品だけになるよ?」

「だな。今日どこが安いんだ?」

今住んでるところはわりと都会な方なので、スーパーもはしごできる。奏多はネットでチラシを探し始めた。私はぼんやりタイムを継続させる。

「あ、れ。」

私の視線の先。人混みの中に確かに見えたある人影。

みなと。

確かじゃないけど、でも見間違えるはずがない。

「未咲っ?」

奏多の慌てた声。聞こえてはいたけど、スマートフォンを握りしめて、私は駆け出していた。

「湊!」

あのときより背が高くなってる。いや、私も数センチは伸びたけど。私の比ではないくらい背が伸びている。昔からスタイルはよかったけど。

振り向いた人物はやはり湊だった。

少し驚いたような顔。

懐かしい顔。

どこか忘れられなくて、心の奥底に秘めてた想いが染み出てくる。

あのときもらったお守り。ちょっと傷はあるけど、今も大事にしてるの。

「未咲…?」

けど、すぐに気づいた。傍らの女性に。私より大人っぽいというか、落ち着きのある印象の綺麗な人。

私の顔をちらりと見て、その人は湊を見る。

「お知り合い?」

「そうなんだよ。僕の…。」

一瞬こちらに目をやる湊。

「地元の友達なんだ。」

ずきり。

「そうなの。久しぶりなんだ?」

女性はにこにこと湊の話を聞いている。

ずきり。

染み出た想いが泣いていた。

そうだよ。あのとき、私は湊を選ばなかった。

選ばなかったのは私だ。

なのになんでこんな。

こんなに苦しくなるんだろう。

「未咲!」

奏多が追いかけてくる。

「じゃあ僕たち、もう行くね。」

「あ、うん。」

「失礼します。」

女性は私に会釈してくれた。品の良さが、伝わってくる。

そのまま、湊と女性は人混みに紛れていく。

「未咲!急に走り出して、どうしたの?」

奏多が追い付く頃には、ふたりはもう見えなくなっていた。

「あ、ごめんね。地元の…」

一瞬言葉に詰まってしまう。

「友達が見えて、久しぶりだったから追いかけちゃった。」

「追いかけるのはいいけど、注意してよ?」

「はーい。」

「カフェの精算もしたから、帰ろう。」

「あ、お金ごめん。ありがとう。」

奏多が手を差し出す。素直にその手をとった。

けど。

さっき感じた苦しさが、心から離れなかった。

あのとき、分かれ道で湊といっしょにいる道を選んでたら。

私は今も湊といっしょにいたのだろうか。

たぶん、いたんだろうな。

選ばなかったのは、私だ。

奏多をふって、あの女の人から湊を略奪するなんて、浮世離れしている。それは昼ドラだけでいい。

ずっと、あのときの分かれ道でのことを回想しては、なんだかやりきれない気持ちになっている。

私がこんな調子だから、奏多のことも心から好きと思えない、ような気がしている。

後悔したって、なにをしたって報われないから。

だから、私は今そばにいてくれる奏多を大事にしなきゃって、自分に言い聞かせている。

わかってるんだ。私がまだ湊を忘れられないことくらい。

私がまだ湊を好きなことくらい。

「晩ごはん何つくるの?」

「うーん。今日はイタリアンな感じで、こんなのどう?」

奏多がスマートフォンの画面を見せてくる。今夜のごはんのレシピのようだ。

「いいね、美味しそう。じゃあ奏多がつくってる間に洗濯物とシーツ片付けておく。」

「任されたし、任した!」

私はこの気持ちをずっと抱えていくだろう。

あのときの分かれ道のときのように違う道を選ぶことがないように。

あのときと同じ後悔だけはしないように。

私は奏多を大切にしていきたい。

レシピを黙読している奏多をちらりと見て、私はそう自分に言い聞かせた。


夕暮れ。

未咲と奏多は分かれ道を右に、ふたりで歩いて帰って行く。未咲が手に持つスマートフォンにはずっと、キャラクターのお守りが彼女のそばにいるままだ。




ご覧いただき、ありがとうございました。

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