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四話

『――犯人の足取りは、いまだつかめていません。また、言い争った際に被害者家族への犯行予告とも取れる発言を行っており……』

 プツッとテレビの電源が落とされた。

 番組内で取り上げられた昨夜の事件は短かった。

 ニュースのおかげで、今が午前十時過ぎであることが分かった。


 短く触れられた自分の事件について、男は満足するわけでも、不満がるわけでもなく、表情を変えずに小さく頷くだけだった。


「足、大丈夫ですか? 関節を狙ったので後遺症が残るかもしれません。もちろん、それを狙って叩きつけたのですが今になって少し罪悪感が湧いてきました」

 男は修一に向かって静かに問いかけた。


「……それなら、家に帰してもらえませんか? 階段で転げ落ちて怪我をしたことにしますので……誰にも言いませんから……警察にも言いませんからっ!」


「修一くんは他人に裏切られたことはありますか?」

 突然の名指しで戸惑った。

 自宅に来たのだから、名前くらい知られていてもおかしくはない。

 上手く正解を答えられたら帰してもらえるかもしれない、という期待を込めて慎重に返事をする。


「……裏切りかどうかまでは分かりませんが、嘘をつかれたことならあります」


「正直ですね。そういうの良いですよ、嫌いじゃないです。あ、自己紹介がまだでしたね。僕、南川要治(みなみかわようじ)といいます。名刺は……あはは、要らないですよね。僕はリンチ事件で全治一ヶ月の怪我をしたのですが、周りから説教をされたんです。昨日の田中課長も、親しかった同僚も、後輩も、友人も、みんな僕がフラフラ一人で歩いてるからそういう事件に巻き込まれたんだ、と言いました」

 南川は、悲しそうな表情を浮かべて悔しそうに言った。

 そんな人たちがいることに、修一は信じられない気持ちでいっぱいだった。


「実家にいる家族は、命があるだけ良かったね、と慰めてくれましたが、僕の周りの人たちは何故か被害者である僕を責め立てたんです。信じられますか?」

「……それは……酷いですね」

「でしょう? 僕も誰かが心配して一緒に理不尽と闘ってくれる、支えてくれるって信じてたんでショックでした。人間不信になって外に出るのも怖くなりました。それでも絶対にやり返してやるって思い続けてたんですけどね……犯人グループの手がかりさえも見つかりませんでした。警察は大した被害がないとかで積極的に捜査してくれません。酔っぱらいの揉め事程度にしか考えていないのかもしれませんね。この体験を通して、裏切りはどこにでもあるというのが僕の見解です。少し長くなりましたが、修一くんにはまだここに居てもらいます」


 機嫌を取りながら話を聞いていた修一は、帰宅する望みが絶たれた気分だった。

 今は温和で丁寧な南川が、ふとした拍子に暴走することだってあり得る。

 またフライパンを叩きつけられることだって考えられる。

 ただの会話なのに、酷い罰を受けているようでぐったりと体から力が抜ける。


 ただの告げ口じゃないか……。修一はそう思ったが、他人の不幸を笑い話にしようとしていたことを思い出して深く反省した。

「神様……どうか、もう一度だけで良いので家族に会わせてください……」

 言葉になったかどうかも分からないほど小さなつぶやきは、梅雨の合間に照りつける日差しの中で消えていった。


 *


「お昼ご飯です。リゾットですが、チーズ平気ですか?」

 ガシャンという金属音がフライパンの音に聞こえて目が覚めた。

 気がついたら眠りに落ちていたようだった。

 両膝は熱を持ち、動かすだけでも激痛が走る。


「……はい」

「修一くん、あなたへの罰は終わりにします。警察に告げ口した分の罰を十分受けていただきましたので……。起き上がって一緒に食事しませんか? 僕の手作りなのでお口に合うかどうかは分かりませんが、いかがですか?」

「いいんですか、逃げるかもしれませんよ?」

「その足では逃げられないでしょう。それに手枷(てかせ)足枷(あしかせ)を付けたまま友好関係が築けるとは思えません。毒など入ってないので少しだけ協力していただけませんか?」


 静かに頷くと手枷と足枷を外して、椅子に座らせてもらえた。

 目の前に置かれたリゾットは湯気をあげている。

 美味しそうなチーズの香りは、非現実的な出来事を忘れさせてくれる安堵感に満ちた香りだった。


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