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二話

「ぎゃあああ――何してんだよテメー、痛ってぇっ! 救急車……あぁ……あ、ごめんなさい……許して……ごめんなさいっ!」

 反抗的だった言葉が徐々に謝罪の言葉へと変わっていった。


 店長からは揉め事が起きたときは、すぐに会計をして退店してもらうよう指示を受けている。

 近くにいるのに何もしなかったと分かれば、自分が長い説教を受けることになる。


 Dテーブルに向かう途中で男とすれ違った。

 ぶつかりそうになると爽やかな笑顔で「あ、すみません」と言って立ち去っていく。

 手が血にまみれていなければ、ただの好青年だと思ったことだろう。

 自然な立ち振舞いで店の外へと出ていった。


 Dテーブルのある部屋に入ると、三十代半ばくらいの男性客が腹部から血を流して倒れていた。

 先ほどすれ違った、爽やかな青年が刺したのは間違いない。

 刃渡り十五センチほどのナイフは、刃の半分を赤く染めて床に落ちている。

 修一以外の人たちには凶器が目に入っていないのか、ナイフは全員から無視されているようだった。


「課長、大丈夫ですか? 課長っ! 救急車呼んで、救急車ぁ!」

 一緒に飲んでいたと思われるふくよかな男性が、切羽詰まった様子で修一に目をやる。

 立ち尽くしている修一の様子を見て、もう一人の男性客がスマホを取り出し、救急車を呼びつけた。


 騒ぎを聞きつけた店長は「うわっ」と声を挙げる。

 すぐにおしぼりを大量に持ってくるように指示をだした。

 傷口を圧迫して止血するのだろう。

 被害者は、すでに気を失っている。


 修一は、動けないまま立ち尽くしている。

 時間がゆっくり動いているようにも見えた。

 事態を受け入れることができない。

 店長が修一を、後ろの廊下へと押しのける。


 受け入れる――先ほどの言い合いの中にあった言葉だ。

 店長はスマホを取り出して警察に通報している。


 一日のうちで最も忙しい時間は、この店でアルバイトを始めてから最も騒がしい事件に変わった。

 事件のことは、他の客には伏せるよう店長が指示を出す。


 独特の緊張感が店内に広がり始めていた。


「――おい、兄ちゃん。どうした、何があったの? 急性アルコール中毒でもあった?」

 中年の客が修一を呼び止めて事情を探ってくる。

 言いよどみながらも静かに「……そんな感じです」と絞り出すのがやっとだった。

 おじさんは退屈そうにビールジョッキを飲み干しておかわりを注文する。

 いつものようにオーダーを受けつつも、自分が思った以上にショックを受けているようで、手や足が震えていた。


 この日修一は、いつもより一時間遅くバイト先から帰宅した。

 警察からの質問は思った以上に簡潔だったのだが、気になっていたことの説明に手間取ってしまった。


「――あの、被害者の家族の方が狙われるかもしれません」

 修一は、警察からの質問に答えるついでに熱を込めて口論の内容を説明した。

 おかげで修一だけ事情聴取の時間が長くなってしまった。

 店長は迷惑そうな顔を見せたが、店長自身も事情聴取に追われていて文句を言われることはなかった。


 興奮していたようで、ベッドに入ってからもなかなか寝付けなかった。

 目を閉じると真っ赤な血の色が思い出されてしまう。

 新聞記事やニュースとなる事件に自分が関わったことが興奮の理由かもしれない。

 いずれにしても、明日には犯人も捕まっていることだろう。


 自分の体験談を明日のバイトで仲間にどう話すか考えることにした。

 目に焼き付いた真っ赤な血の色を打ち消すように、体験談を面白おかしく話す方法を模索した。


 しばらく考えていると、血の色も不気味な犯人の笑顔も消えて眠りに落ちていた。


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