この部屋には幽霊がいる!
「この部屋には幽霊がいる!」
俺はその時、その言葉を口にした。
なぜなら、確信が持てたからだ。
「俺は尿意を催し、一人暮らしをしているこのマンションのトイレに向かった!時刻は深夜!神経質かつエコロジーな俺は、自分がいる部屋以外の電気は忘れずに消す!それなのに、どうだ!?」
俺はドアノブを回して、開ける。1DKの我が家の中、玄関からすぐ近くのところにあるトイレルームの扉を。
「なんと!電気が点いているではないか!電気が!点いている!この神経質かつエコロジーな俺がそんなミスをするはずがない!よって!この部屋にはやはり幽霊がいる!!」
俺は軽やかなステップでリビングに戻り、向かって左端に設置されていたテレビの方向を指差した。
「幽霊というからには、そのテレビの裏とかにいるだろう!薄暗い所とか好きそうだからな!分かっている、みなまで言うな!俺の好みの、ふんわりとした印象のややふっくらした若い女の幽霊がいることはもう分かっているんだ!」
この時ほど俺は、1DKで家賃1万円のいわくつき物件に住んでて良かったと思ったことはない。
この世に生を受けたこの20年前から、通算50回の失恋をして、『このままじゃいけない!』と一念発起して、強引に生活に変化を付けた甲斐があるというものだ。
思えばこの半年間、『若い女性が自殺した』と紹介されたいわくつき物件のわりに、全く霊的な現象が起きなかった。そうなるとこのいわくつき物件も単なる格安マンションだなー、なんて拍子抜けしていたが、いやはや。
これぞまさに、神のーーいや、霊の思し召し。
「苦節20年!今までモテなかった理由は、この部屋で女の霊と結ばれるためだったのだ!トイレの電気を点けたのは、分かりやすく俺の気を引くためだな?可愛い奴め!それが分かれば、こうしてはいられない!霊感が無い俺がまずすべきは、霊感を身に付けるための修行だ!まずはその霊を視認出来るようにならなければ意味が無いからな!そのためには何をすればいい!?よく分からんが、とりあえず座禅だ!!」
こういう時は煩悩を無くし、冷静な頭で今後のことを考えた方がいいだろう。
しかし、今まで女性と触れ合うことさえなかったこの俺も、ついに女性と一つ屋根の下の生活か…… ふふふふふ。
「彼女が見えるようになったら何をしようかな?どこへデートしに行こう?きっと死んでから、毎日が退屈なはずだ。俺が楽しませてあげないとな…… おっと!いかんいかん!集中だ!」
自分にそう言い聞かせ、俺は修行に戻った。しかし、あまりにも浮き足立っている今の俺はにやけ顔が止まらなくなっていた。そんな自分を諌めるために、両頬を思い切り叩いた。パァン、と音がする。
ちょっと力を入れ過ぎた気もするが、この痛みに誓って、必ず霊感を手に入れてみせよう。
1日も早く、彼女と会ってみたいものだ。
◯
「この部屋には幽霊がいる!」
その野太い声に驚いたあたしは、身体をビクッと揺らした。何事かと思い、リビングから廊下に出て、トイレに向かう。
声の主は、案の定こいつ。
「俺は尿意を催し、一人暮らしをしているこのマンションのトイレに向かった!時刻は深夜!神経質かつエコロジーな俺は、自分がいる部屋以外の電気は忘れずに消す!それなのに、どうだ!?なんと!電気が点いているではないか!電気が!点いている!この神経質かつエコロジーな俺がそんなミスをするはずがない!よって!この部屋にはやはり幽霊がいる!!」
そんな激しめの独り言を残し、そいつはあたしがもといたリビングに入った。そして入り口から向かって左端の、テレビの辺りを指差した。
「幽霊というからには、そのテレビの裏とかにいるだろう!薄暗い所とか好きそうだからな!」
こいつがそんな言葉を投げかけたところで、あたしは落胆した。まあ、実際にあたしに投げかけられたわけではないけど。こいつ、あたしがいる方とはてんで別のところを指差してるし。あんたの真後ろにいるんだけど。
「分かっている、みなまで言うな!俺の好みの、ふんわりとした印象のややふっくらした若い女の幽霊がいることはもう分かっている!」
続けざまに放たれた声量の大きい独り言を受けて、あたしは自分の全身を確認した。そこにあったのは『ふっくら』と言うには薄く、『ふんわり』と言うにはキツいと言われがちな顔付きのあたしがいた。
一瞬、ようやくあたしの想いに気付いてくれたのかと思ったが、そんなことは全然無かったらしい。
最初は、憂さ晴らしだった。
生前の記憶ーーあんなに尽くしてあげた彼氏が私以外の女と歩いているところを目撃し、その鬱憤を晴らすために大量の睡眠薬を服用した記憶が、霊体となった今もあたしの中から消えないもんだから、ムカムカしてきて。
んで、あたしの次の入居者が、このごっついゴリラ男だっていうでしょ。むさ苦しいったらありゃしねー。独り言も多いし、サムいわー。ムカムカも大爆発よ。つーかまだあたしはこの部屋から退去してねーんだっつーの。勝手に入居すんなっつーの。まあ、あたしは人生からは退去したけどさ。
それにあたしは、元彼みたいな線の細い男が好きなのよ。だからあんたには、とっとといなくなってほしいのよねーーなんて考えながら、ビビらせようといたずらしても、全然それに気付かねーし。
テレビを勝手に点けたり消したり、物の位置を入れ替えたりしてんのに、全く動じないでやんの。
『ん?俺が観たいと思った時にテレビが点いたぞ!これが科学か……』『あれ、いつの間にか部屋が模様替えされてる…… なるほど、俺のもう一人の人格がきっと、インテリアコーディネーターなんだな』とか平気でのたまいやがる。
キィィィ、どこまで鈍感なのよこいつ。自分のことを『神経質』だと思っているようだが、全然そんなことねーし。
一体どんな手を使えば、このゴリラ男をこの部屋から追い出せるのよー!
とか、なんとか。
くだらないやり取り(向こうはあたしに気付いちゃいないから一方的だが)をしているうちに、なーんか可愛く見えてきたのよね、このゴリラ男が。
ずっとこいつのことを考えてるうちに、気付いたら好きになってたっぽいわ。
「……でも、今日のトイレの電気の件に関してはフツーにあんたが消し忘れてただけよ」
今までいたずらはたくさんしてきたが、その件に関してはマジであんたのミスだよ。あたし、ノー関与。
座禅を組んで目を瞑る男の前に座り、おでこを指で突いてみる。
当然、その指は当たらない。
「……ま、そうだよね。死んでるし、あたし」
生者と死者の恋が実るのは、どうやら難しいらしい。
それにあたし自身、こいつのタイプではないスレンダーボディみたいだし。霊体のあたしにボディもクソもないけど。
「んむむむ……!」
しかし、呻きながら座禅に取り組むむさ苦しいこいつの顔を見ていたら、そんなナーバスな感情も消え失せてしまった。
……まあ、暇だし。
しばらくはこの単細胞野郎に付き合ってみるのも悪くはないか。この世に未練タラタラなあたしなんて、どーせしばらく成仏出来ないんだろうし。
あたしの正体を知ったら、落胆すんのかな。こいつ好みのゆるふわ系じゃないし。
ま、それならそれでいーけど。
「はあっ、はあっ…… まだまだこれからだッ!」
「……ふふっ」
元彼に『想いが重い』と言われ続けてきた女を見くびんじゃないわよ。あんたの好みなんか、このあたしの魅力で変えてやろうじゃないの。
だから、あんたもさあ。
早くあたしのことーー見えるようになりなさいよね!




