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特定事象対策機関 クロユリ  作者: 田口圭吾
第一章 悪意の病巣
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悪意の病巣 第八話




 目の前の猛虎の存在に、歯噛みをしながらも恭二は思考を巡らせる。

 仮に、一人に対して全力で強化を施したとしても、逃げ切るには難しい状況だ。元より、肉体のスペックは目の前にいる猛虎の姿かたちをしている妖魔の方が上。なにより、さらなる強化を施そうとした時点で、微妙なバランスで成り立っているにらみ合いは終わる。

 それは、猛虎と二人の戦端が開かれるというのと同義だ。

 そして、恭二の隣にいる麗華もそれは充分に理解できている。


 ならば、いっそのこと。


 そう考えた彼女は、重心を僅かに低くする。

 それだけで麗華が何をしようとしたのか、恭二には伝わったらしく、「まったく」と口の中で呟いて、彼もまた重心を低くした。

 その口元に小さく笑みを浮かべて、彼は叫んだ。


「耐久強化!」


 それと同時に、恭二は己のライオットシールドと、麗華の持つ警棒に強化を施す。

 それと同時に、猛虎は恭二に向けて跳びかかった。同時に壁に沿って放たれた左足の一撃が、すさまじい速度で彼に振るわれる。

 明らかに、麗華よりも体術にすぐれないであろう自身を狙う猛虎に対して、彼は「賢い判断だ」と内心で悪態をつきながら、獰猛に笑った。

 弱い相手から仕留める。実に合理的な判断と言えよう。

 しかし、恭二とて黙ってやられるつもりなどなかった。

 元より、彼我の肉体のスペックの差を、身体能力の強化だけで埋め立てられるなどと彼は思っていない。


 恭二が重ね掛けできる強化は精々四段階。


 それもそれは個人に重ね掛けできる範囲のことであり、二人ならばその回数は半減する。或いは、効力を半減させた上で強化を限度分まで施すかのどちらかだ。

 個人に肉体強化を限界まで施せば、この猛虎に組み付いても問題ないほどの腕力を得ることが出来るかもしれないが、現在の状況が示している通り、それは限りなく困難である。

 故に、彼は肉体にではなく、装備へと強化を施した。力だけで真っ向から受けるのは不可能となれば、別の方法で攻撃を受けるしかないからだ。

 そして、恭二は自身の両腕でライオットシールドを支え、猛虎が振るった爪の一撃を受ける。

 瞬間、彼の両腕にすさまじい衝撃が襲った。もし、ライオットシールドに強化を施していなければ、左足と接触した時点で粉々に砕け散っていただろう。

 ミシリ、と骨が嫌な音を立てるのを耳にしつつ、恭二は軸足を中心に体を一回転させることで力を背後へと受け流し、ライオットシールドとその体を素早く猛虎の下へねじ込んだ。

 もとより、力がはるかに上の敵との戦闘などクロユリのメンバーは織り込み済みで訓練を受けている。麗華ほどの化け物じみた力の制御は行えないが、恭二の披露した受け流しもその訓練の賜物だ。

 自身の指導を担当した妖魔の顔を思い出しながら、口元を歪めて恭二は叫ぶ。


「うちの上司の攻撃よりは…… 軽いんだよ!」


 その雄叫びと共に、恭二は妖魔の身体の下に滑り込ませたライオットシールドに向けて力を籠め、その巨体を大きく浮かせた。

 彼の思い浮かべた上司曰く、「どんなに筋力が強くとも、身体が浮いてたら十全に力を発揮できない」とのことだ。その言葉を思い出し、そのままライオットシールドで打ち上げるかのようにして、力を籠める。

 同時に霊力を放出することにより、瞬間的な力を爆発的に向上させ、猛虎の身体を空中へと打ち上げた。


「麗華!」

「分かった!」


 恭二の言葉に麗華は鋭く返事をすると、猛虎へ向けて雷撃を放ちながら、恭二の身体を抱えるようにして、出来上がった隙間へと飛び込んだ。

 ごろごろと、もつれるようにして転がりながら、三階の廊下へと二人は身を躍らせる。

 だが、空中で器用に天井を蹴ったらしい猛虎は、階段の上で素早く反転し、恭二たちに再び襲い掛かった。

 麗華と恭二は、顔を引き攣らせながら横へ飛び、その攻撃を躱す。


「私の雷撃、あんまり効いてないみたいだね……」

「もしかして、雷獣の類か?」


 麗華の雷撃をものともせず襲い掛かってきた猛虎を冷静に観察しながら、二人はそんな言葉を交わした。

 先ほどの雷撃はかなり強い部類の威力だった。それに耐えたという事は、雷撃に対する耐性があるという事だ。

 雷撃を司る雷獣は、その性質上、雷撃に対しての耐性を示す。現在の状況から考えて、そう言った類の妖魔であることも思考の隅に置きながら、麗華は実弾を込めていた方の拳銃へと持ち替えて。


 そして、その巨体へと向けて照準を合わせ、


「とりあえず、体重が増えるまで鉛玉いっとこうか」


 容赦なく弾丸を叩き込んでいった。

 薬莢が次々と排出され、床へと落ちていく音が響く中で、次々と弾丸がその肉体を抉る。

 猛虎は苦痛に歪んだ咆哮をあたりに響かせながら、階段の方へと姿を眩ませた。

 それを追撃しようと麗華は走るが、恭二がその肩を掴んで止める。彼女は鋭い視線を階段の方へと向けながら言葉を紡ぐ。


「追撃しなくていいの?」 

「身体がでかいのと分厚い毛皮のせいで、弾が当たっても大したダメージになってない。それに、あいつが逃げていく途中で体の傷がふさがっていくのが見えた。痛がってたのも、俺たちを釣るための演技の可能性が高い」

「うわ、ホント? やっかいだなぁ……」


 恭二の言葉に、納得の得心がいったような様子の麗華は、弾丸を使い切ったマガジンを換装する。

 そんな彼女をしり目に、隣の男は冷静にオペレーターへと通信を繋いだ。


「オペレーター、相手の動体反応は?」

『敵生体の動体反応ロスト…… 再び観測が出来なくなりました』

「そうか、厄介だな……」


 恭二は頭が痛そうにため息をついた。そんな彼に追い打ちをかけるようにオペレーターの声が響く。


『さらに悪い知らせが。西棟にいた動体反応が、東棟一階に到達。お二人が下っていた階段とは反対のものを上ってきています。このままだと、お二人がいる三階まで到達するのにおよそ四十秒。数は十四です』


 それを聞いた麗華は、肩を竦めた。


「休ませてくれないみたいだね」

「喜べ。おかわりが来たぞ」


 恭二は皮肉たっぷりにそう言うと、サブマシンガンの照準を階段の方へと向ける。そして、そのまま麗華へと言葉を紡いだ。


「麗華、ここの部屋の電子ロックを外してくれ。最悪の場合を考えて、退避する場所が欲しい」


 窓の外は上空を突破してきた時と同じように、術によるトラップが所狭しと仕掛けてあるため、飛び降りるという選択肢はない。そして、階段の方に進むという事は、先ほど奇襲を仕掛けてきた敵か、階段を上ってきている敵を足場の悪い状態で倒さなければいけないという事だ。

 あるいはその両方という可能性もある。どちらにせよ、どちらかは三階で撃破しなければ、安全に地下を目指して進むことが出来ないという事だ。それ故に、安全策を取っておくべきという判断である。

 その意を的確に汲み取り、麗華はニンマリと笑った。


「了解、ちょちょいのちょいで開けてあげるよ」


 麗華はそう言うと、その言葉通り十秒もかけずに電子ロックを解除した。自慢げな表情で、ふふんと鼻を鳴らしながら、彼女は倉庫の扉を開く。

 内部に罠がある可能性も考え、ゆっくりとした動作で。

 しかし、内部に敵影及び罠が存在していなかったため、短く言葉を投げた。


「クリア」


 それを聞き届けた恭二は、「よろしい」と言って己の装備を強く握りなおす。

 オペレーターの告げた、接敵予想時間まで残り十五秒を切った。

 彼の背後で電子ロックを開いていた麗華も、麻酔ゴム弾を装填した拳銃と、特殊警棒を構えてその時を待つ。


「今回も、操られてる人間だと思う?」

「さてな…… それは、見てみるまでは分からない。少なくとも、オペレーターが特に言及してなかったってことは、少なくとも人の形をした何かではあるんだろうさ」


 恭二は言葉を切ると、うつろな目をしてぞろぞろと会談を登ってきた研究者や警備員たちを見つめる。

 彼らは一様にうつろな目をしており、その手には、拳銃やナイフ、日本刀などの凶器が握られていた。


「まったく…… よくもまあ、これだけ銃刀法に引っかかるものを集めたもんだよ」


 そう言いながらも、恭二はサブマシンガンを用いて、麻酔ゴム弾を現れた人間に向けて乱射しながら接近する。できるだけ、重要な器官の少ない下半身に向けて。

 ライオットシールドを構えている恭二の背後についていく形で、麗華もまた走る。

 ゴム弾の有効射程は十メートル程と短い。故に、ある程度接近しなければ効果が望めないためだ。

 当然敵も無抵抗という事はあり得ない。その手に握った銃から、実弾を次々と二人に向けて撃ち込みながら接近してくる。

 しかし、恭二は冷静にライオットシールドへ強化を施し、それによって弾丸の雨を防ぎながら強引に突き進んだ。

 そして、近接戦の間合いに入った時には半数近い敵が、麻酔ゴム弾の効果で行動不能に陥っていた。

 それを好機ととらえた麗華は、恭二の背後から飛び出して、紫電を纏わせた特殊警棒を、麻酔ゴム弾の雨にさらされても未だに立っていた研究者に向けて叩きこむ。


「ぎゃっ……」


 研究者は先ほどと違い、麻酔ゴム弾の効力で身体機能が鈍っていたのもあってか、そのままゆっくりと地面に崩れ落ちていく。

 しかし、そんな彼女に向けて日本刀を持った警備員が襲い掛かった。

 が、麗華はそれを特殊警棒で受け流しながら、電流を流し込むことによって、警備員の動きを止める。その隙を逃さないように、恭二がライオットシールドで殴り飛ばし、転倒させた。

 ただ転倒させるだけでは、頭部を強く打ち付けて死亡する可能性もあるので、身体のマヒから立ち直りかけていた研究員の方へと向けて、だ。

 それにより、操られていた二人は仲良く地に伏せる。

 次いで、麗華は至近距離から麻酔ゴム弾を相手の足の動脈へと打ち込み、三人の敵を無力化。


「次!」


 先ほど恭二がサブマシンガンで放っていた麻酔ゴム弾は、元の銃の口径が小さいというのと、太い血管に向けて狙いをつけて打っていたわけではないのもあって、無力化し損ねる敵もいたが、今回はそうもいかなかったのだ。

 膝から力が抜けて、ゆっくりと地面に伏していく。

 恭二は、倒れ伏した研究者や警備員たちを拘束符を使用し、光の帯で拘束していきながら、いつでも麗華をサポートできる距離を取りつつ、苦言を呈した。


「おい、麗華。あんまり前に出過ぎるな。サポートしづらい」

「ごめんごめん。でも、今回に限っては、ホントに私が相手した方が良いだろうから…… さ!」


 麗華は返事を返しながら、右手に握った拳銃の銃身で振るわれたナイフの一撃を受け流し、鋭い回し蹴りを襲ってきた警備員に叩き込む。

 警備員がたたらを踏んで、近くにいた他の研究員の動きも阻害。

 麗華はその間に飛び込むようにして、両名の喉元を掴み、しりもちをつかせるような形で耐性を崩させ、電流を流し込み、行動不能にする。

 一連の流れに一切の迷いがなく、無駄がない。

 そしてそのまま、体勢を低くした彼女の脳天を唐竹割にしようと、鈍器を振り上げた男に向けて転がり、立ち上がりながらアッパーカットを放った。

 のけぞった男は、上体を戻そうと力を入れるが、今度はその力を利用して、床へと投げ飛ばされる。

 そこへ、絶妙なタイミングで恭二が拘束符を発動させ、身動きを封じた。


「お見事!」

「大半を片付けといてよく言うよお前は…… しかし、拘束符札を結構使ったな…… 本命を拘束するのに足りるかどうか」


 消費した札の枚数を心の中で数えながら、恭二は小さくため息をついた。

 消費した枚数は十五枚。

 彼が持ってきた拘束符の半分近くの量を三階での戦闘で費やしてしまった。その事実に、恭二はまたため息をつく。

 だが、そんな恭二に対して麗華はにいっと笑いながら言葉を紡いだ。


「ま、早く地下に向かおうよ。制圧するのが早いことに越したことは無いんだし」

「そうだな。とっとと仕事を、終わら、せ……?」


 麗華の言葉に、いつも通り返事を返そうとした恭二は、猛烈な違和感に襲われる。それも、どこか嫌な予感が伴ったものが。

 太陽が西から東へと昇ると言われた時のような違和感。

 そんな強烈で、どこか不気味な違和感が、じわじわと彼の脳髄を蝕んでいく。

 そんな恭二の表情を見た麗華は、一瞬で気を引き締めた。長年の付き合いから、彼がこんな表情をしている時は、ロクでもないことに気が付きそうな時だと知っているから。

 じっとりと、背中に汗をかきながら恭二は違和感の元を探ろうと頭を巡らせる。

 何が原因だろうか、と思考をめぐらせたところ、ある事実に彼は思い至る。

 すなわち、数が合わない、という単純な事実に。


 オペレーターは確かにこう言っていたのだ。「数は十四です」と。それに対して、恭二が使用した札の枚数は十五枚。


 普段の任務ならば、二人いた人間が近くにいたため、間違った数の検出を行ってしまったのだろうと見過ごせた。

 だが、今は違う。

 正体が分からず、動体反応を悟らせずに彼らに接近した、雷獣の疑いがある猛虎。そんな存在が、この施設の中にいるのだ。

 じわりと滲む汗を無視して、恭二はゆっくりと顔を上げる。

 だが、声を上げることは出来ない。もし、彼の推測が正しいとするならば、拘束し、無力化した一般人の中心に立っている麗華の命が危険にさらされているからだ。

 そして、恭二の危惧を裏付けるかのように、麗華の足元で男を拘束している光の帯から、何かが飛び出した。


「麗華!」


 彼の叫びを聞いて、咄嗟にその場を飛びのく麗華だったが、意識の外の角度から飛び出してきた何かをよけきることが出来ず、右腕に巻き付かれてしまう。

 それを振り解こうと、麗華はすさまじい雷撃を左腕から放った。


 しかし、彼女の腕に巻き付いたそれは……


「シャァ!」


 蛇の形をした何かは堪えた様子もなく、鎌首をもたげて彼女の喉笛へとその身を躍らせた。



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