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特定事象対策機関 クロユリ  作者: 田口圭吾
第一章 悪意の病巣
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悪意の病巣 第六話




*****


 数十分後。


 麗華はガスマスクを顔に着け、空飛ぶヘリコプターから顔を覗かせ、地上を見下ろしていた。


「こっわ! 今、上空何メートル⁉」

『上空四千メートルです。スカイダイビングとしては、一般的な高度ですよ。お二人が載っているヘリがとることが出来る限界に近い高度でもありますが。それに、怖い怖いと言ってはいますけど、麗華さんは高高度からの降下訓練を受けてますよね?』

「あのさぁ…… 降下するのと、墜落するのは天と地ほどの差があるからね?」


 麗華は、通信機から響くオペレーターの声に、戦々恐々とした声色でそう返した。


「パラシュート無しって考えると、結構高いよこの高度…… 精々四百メートルぐらいから落とすと思ったのに、なんで予想の十倍以上を持ってくるのさ」

『その高度だと、ヘリの接近を相手に悟られてしまう可能性が高かったので。それに、空気抵抗の影響で、最も面積の少ない頭から落ちても、時速三百キロ程度で加速は止まります。と言うか目標の時速二百キロを超えるためには、頭から落下するほかないわけですし、問題は無いのでは? この高度からなら、確実に目標の速度を超えられますし』


 心底「麗華が何故騒いでいるか分からない」と思っているような声色で言葉を紡ぎ、オペレーターは通信機の向こう側で首を傾げた。

 その様子が麗華にも容易にイメージ出来るようで、彼女は大きく肩を落とした。

 その背後から麗華と同じくガスマスクを装着した恭二が顔を出す。


「まあ、落ちても死にはしないだろ。もちろん、札を地面に墜落する前にちゃんと発動させとけばの話だけどな」

「ははは、サイコー」


 皮肉たっぷりに麗華はそう言うと、ヘリコプターから身を乗り出した。


「ま、うだうだ言ってても仕方がないし、さっさと飛ぼうか! どうせそろそろつくでしょ?」

『ふふ、察しが良いですね。麗華さんの言う通り、間もなく降下地点となります。落下速度を考慮して、タイミングはこちらが指示します。降下準備を開始してください』


 その言葉を聞いて、恭二も麗華と同じくヘリコプターから身を乗り出した。背中のバックパックの上からライオットシールドを背負い、サブマシンガンを手に持つ姿は、いっぱしの特殊部隊か何かのようである。


「何度見ても、亀みたいに見えるね。それ」


 最も、麗華にとっては、そんなものよりも例えに挙げた動物のそれにしか見えていないようだが。

 しかし、そんな彼女の感想に気分を害した様子もなく、恭二は慣れた様子で言葉を返した。


「亀で結構。ウサギと亀の競争も、最後は亀が勝ってたしな。そう考えると、その評価も実にいいものだと俺は思う」

「ま、かわいくていいんじゃない? 短い手足がぴょこぴょこしてるし」

「人を短足呼ばわりするんじゃない! これでも、俺は平均より少し高いぐらいの身長だし、足の長さも一般的だろうが」


 麗華の言葉に、恭二は眉を顰めながらそう返した。事実として、彼は日本人の平均身長よりも少し高いし、足も決して短いという訳ではない。

 しかし麗華は、顎に人差し指を当て、人の悪い笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。


「そう? 東京の本部にいる戦闘班の中だと、恭二がたぶん一番小さいじゃん」

「他の奴らがでかいだけで、俺が小さいってわけじゃない。悪意のある比較はやめろ」


 そんな風に軽口をたたき合っていた二人の会話を断ち切るように、通信機からオペレーターの声が響いた。


『二人とも、仲がよろしそうで何よりですが。解析の結果、三十秒後に降下すると、警戒網を抜けるのに一番良いタイミングであると分かりました。降下に備えてください」

「「了解」」


 その言葉に、二人は気を引き締めて返事を返した。

 そして、オペレーターのカウントダウンが通信機から響く。針に糸を通すような精密な作業が用いられるからこそ、普段ではしないようなそれを彼女は刻む。


 確実に任務開始の時が迫る中で、麗華と恭二は視線を合わせて短く言葉を交わした。


「死なないでね」

「そっちこそ」


 たったそれだけの応酬。

 それだけで、二人は視線を外し、カウントダウンへとすべての神経を注ぎ込んだ。


『十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、今です!』


 その言葉と共に、二人は空中へと身を躍らせた。

 それと同時に、恭二は声を張り上げる。


「視覚強化! 身体強化! 耐久強化!」


 その言葉と共に、麗華と恭二の身体が一瞬、うっすらと光る。

 彼の用いる術式は強化と治癒。今回用いたのは強化だ。そして、言葉にすることで各部へ施す強化のイメージを補強し、恭二はその精度を高めている。

 施された強化により、落下に伴って二人にかかる空気抵抗などによる負荷から肉体や装備が守られた。さらに、感覚器官へと施された強化により、彼らは常人ならば点にしか見えないような地上の風景を視認することが可能となっている。

 さらに、二人は呪具の効果により、昼間と同じように地上を視認することができ、さらに敵が隠ぺいした状態で施した術の範囲も可視化出来ていた。もし、呪具を装備していなかったのなら、夜闇で視界は効きづらく、相手の隠ぺいが為された術を視認するために霊力を瞳に流し込まなければならなかっただろう。

 そんな中で、オペレーターの声が通信機越しに響いた。


『お二人がそのまま落下していけば、病院の東棟。その上空二十メートル地点に警戒網の穴が出来ます。そこを通過できることさえできれば、問題なく屋上へと降り立つことが出来ます。監視カメラの視界に捉えられた時点で、敵は迎撃用の術を用いて、屋上にいる貴方たちを排除しようとするでしょう。其れよりも早く、屋内へと潜り込んでください』


 その言葉を聞きながら、麗華と恭二は事前に渡されたマップに示された警戒網の穴が開く場所を脳裏に浮かべて、落下地点への修正を行っていく。

 強化によって、身体への負担は其れほど苦になっていないとはいえども、人体が滅多に感じることのない加速を受けて、頭から落下し続けている麗華の背筋に寒気が走った。五階建て程度の建物からならば、術の補助なしで容易に飛び降りることの出来る彼女でも、流石に上空四千メートルからパラシュート無しで降下するともなれば冷や汗の一つはかくらしい。

 しかし、それを誤魔化すように麗華はオペレーターに問いを投げかける。


「結構早い…… オペレーター、今、時速何キロぐらい?」

『現在、時速二百キロを突破したところです。そのままの体勢を維持し、病院屋上の目標地点へと降下を続けてください』

「たしか、時速三百キロぐらいまで加速するって言ってたよね…… うわぁ」


 最終到達速度が時速三百キロだと知っているがゆえに、いまの速度よりもさらに速くなることに麗華は一瞬白目をむいた。

 そんな彼女のすぐ隣で、恭二は施した強化の維持を行いながら、地上との距離を測っている。亀の甲より年の功という言葉通り、経験豊富な恭二はこの状況でも冷静だった。

 それを見た麗華は「ま、何とかなるか」と小さく呟き、落下位置の微調整に戻る。

 だが、隣にいた恭二から「おい」と声を掛けられたので、ちらりとそちらに視線を向けた。


「ん、どうかした?」

「一応、警戒網をくぐる段階になった時点で、反応速度にも強化を施そうと思ってな。あれ、かなり体に負担がかかるから、念のため事前申告したんだよ」

「まあ、いいけど。使うことは確定事項なんだ」

「そっちの方が、着地した後も対処が早く出来て便利だろう? それとも、強化なしで着地したいか?」

「まさか! じゃ、その時が来たら頼んだよ」


 麗華は軽い調子でそう返すと、小さく笑みを浮かべて地上へと視線を戻した。

 目標地点までの距離を半分以上過ぎ去ってしまっている。最早、一瞬の気の緩みも許されはしないだろう。

 恐ろしいほどの速度で、地上へ二人は近づいていく。視覚に施された強化によって、地上の風景をつぶさに観察できるため、感じる恐怖も人一倍以上に鋭いものだ。

 それでも、二人は怯むことなく地上を向き合い続ける。

 そして、上空二百メートルに到達する頃、恭二はさらなる強化を施した。


「反応強化!」


 今までの強化に重ねて施されたそれは、先ほどの会話でも話していた通り、反応速度を強化するものだ。

 それ故に、その効果が出るのと同時に、二人の視界中でゆっくりと景色が流れ始める。

 時速三百キロに到達した彼らの速度は、秒速に読み直すとおよそ八十三メートル。つまり目標地点から二百メートル離れていたのに、激突するまで三秒を切るほどの速度だった訳だ。

 しかし、反応速度の強化が施されたことで、地面に落ちるまでの体感時間が大幅に引き延ばされ、その中で警戒網の穴に向けて体勢を整える余裕が生まれる。

 それを一切無駄にすることなく、二人はオペレーターの予告通りに出来た警戒網の穴へと、その身を寄せ合うようにして体を滑り込ませた。

 術によって空中に張り巡らされた無数の光線は、どれか一つに引っかかるだけで空中にいる二人をズタズタに引き裂くための罠が起動してしまう代物だ。故に、二人は最大限の注意を払いながら、無数に伸びる光線の隙間を潜り抜けていく。

 そして、警戒網を抜けると同時に、身代わり用の札を発動させ、迫る屋上の床めがけて、二人は片手を突き出した。


 直後、すさまじい衝撃が駆け抜けるが、そのすべてを札が受け持ち、粉々に砕け散る。


 そして、何事もなかったかのように二人は体勢を立て直すが、その頭上では監視カメラの映像を敵が確認したため、迎撃用の術が発動し、熱量でジワリと肌が焼けるような感覚が襲い始めた。

 そんな状況の中でも、麗華は冷静に屋上の扉へと視線を向ける。

 そして、その扉の鍵が電子ロックのものだと看破すると、口元を釣り上げて雷撃を放った。その雷撃により、電子ロックが誤作動を引き起こし、鍵の開く音が小さく響く。

 それと同時に、麗華の足から力がガクンと抜けた。

 彼女に施された強化が解けたのだ。

 しかし、彼女は慌てない。既に、鍵は開いている。

 ならば、身体強化を一つにまとめ、より早い速度で駆け抜けた方が効率がいいのは自明の理だ。

 麗華の思考がそこまで至った時点で、力強い腕によって彼女の身体は浮き上がった。

 彼女に施された強化を解除し、己の肉体に掛けた強化の精度を大幅に上昇させた恭二が、その体を抱え上げたのだ。

 そして彼は、麗華を抱え上げるのと同時に、鍵の開いた扉へと疾走し、それをすさまじい速度で開け放つと、その中に素早く転がり込んだ。

 瞬間、先ほどまで二人が立っていた屋上は、すさまじい熱によって焼き払われる。

 それを熱によって変形してしまった扉越しに見つめながら、恭二は大きく息を吐いた。


「やれやれ、心臓に悪いな…… 一歩間違えば、ミンチかウェルダンにされたぞ」

「運が悪いと、どっちとも味わう羽目になってたかも……  っつう⁉ あ、ヤバい。反応強化の反動で頭がガンガンしてきた」


 麗華も恭二と同じように、息を吐く。だが、彼女は突如として襲った頭痛のせいでうずくまってしまった。反応強化は脳に負担がかかるため、施した後しばらくすると反動で激痛が走る羽目になるためだ。

 恭二はそんな彼女の近くによると、いたわるようにしてその頭に手を置いた。その掌が光り、あたたかな感触が麗華を包みこむ。


「これで大丈夫か?」

「ありがと、助かったよ…… 毎度毎度、この痛みだけには慣れる気がしないや」

「そうか? 俺は慣れたけどな」

「それは恭二が変態なだけだよ。九鬼さんでも顔を顰めるんだよ、これ」


 麗華は「恭二って、やっぱりネジが飛んでるなぁ」などと失礼な事を呟きながら、付近の監視カメラに向けて雷撃を放ち、破壊していく。


「これで、今は見られる心配はなくなったかな?」

「敵の腹の中にいるのは変わらないだろ」

「だったら、食い破るまでってね」


 そう言って、麗華は二挺の拳銃の内、麻酔ゴム弾を装填したものを取り出し、安全装置を外した。

 そんな彼女に対して苦笑を浮かべつつ、恭二も背負っていたライオットシールドを左手に装備し、サブマシンガンの安全装置を解除する。

 と、そこで通信機からオペレーターの声が響いた。


『二人とも聞こえますか?』

「感度良好。結界内部と外部の特殊通信システムに異常なし」

「こっちも聞こえてるよ」

『それは良かった。早速ですが病院の敷地内の動体反応多数。どうやら敵が動き出したようです。速やかな行動を』

「退屈しないで済みそうだね」

「おじさんに優しくないな本当に……」


 互いに顔を見合わせ、二人は肩を竦めると階下へと駆け出した。





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