表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特定事象対策機関 クロユリ  作者: 田口圭吾
第一章 悪意の病巣
4/43

悪意の病巣 第四話


*****




 そして、翌日の午前三時。

 仮眠から目を覚ました麗華は、マガジンや札などを格納できるベストを羽織って、耳に差し込んだ小型の通信機越しにオペレーターから己の装備へのアドバイスを求めていた。


「うーん…… オペレーター、なんかおすすめの装備とかってある?」

『そうですね…… やはり、操られている人間と戦うことを想定して、拘束用の札を多めに持ち運んでおくことでしょうか。それと、火器使用の許可が出ているので、麻酔ゴム弾もセットで持っていくと良いかと。また、あなた二人の場合、結界など空間を遮断できる術式に適性が無いので、そちらの札も持って行ってください。あとは、今回はウイルスを扱う場所が任地ですので、飛散を防ぐために爆裂符の類は控えることぐらいでしょうか…… それと、霊視用と暗視用の呪具は忘れずに装備していってくださいね。暗所での戦闘と、操られている人間を見分けるうえで必要になりますから』

「りょーかいっと。お巡りさんが使ってるような手錠や手榴弾と違って、何十枚と持ち歩けるのがお札のいいとこだよねー」


 そう言いながら、つらつらと並べ立てられたオペレーターのアドバイスを参考に、彼女は次々と回復系と攻撃系の札や銃弾、及び麻酔ゴム弾などのマガジンを懐やバックパックに詰め込んでいく。

 さらには二挺の自動拳銃を両脚に付けたホルスターに納め、二本の特殊警棒を腰に取り付けた。

 任務の準備をする手を一切休めず、麗華はオペレーターに言葉を投げかける。


「そう言えば、恭二はまだ起きてないの? そろそろ準備しないとまずくない?」

『倉田さんは、準備を終えてから仮眠を取られたので、あと三十分は起きてこないと思います』

「ふーん? 一応確認しておくけど、恭二はどんな装備を持ってってるか分かる?」

『はい。事前に申請があったので、倉田さんの装備一覧をそちらの端末に転送しておきますね』


 オペレーターの言葉と共に、恭二の装備データが麗華の端末に転送された。

 それらを一通り確認し、彼女は端末をしまう。


「ま、予想通りって感じ。結界と拘束に使う補助系が多いとことか、一撃必殺を狙える札を何枚か持ってるとこが特に。あとは、クロユリの医療部門印の薬品数点って感じだね」

『あなたたち二人は、装備データをわざわざ閲覧しなくても、大体互いの足りない分を補っていますからね……』

「付き合い長いし、私がぺーぺーの頃から恭二に面倒見てもらってるからねー そりゃ、装備品の趣味嗜好や、得意とするところが分かりやすくなるのも当然だよ」


 軽く返しながらも昔のことを思いだし、「もう八年か」と小さな声で麗華は呟いた。

 そこにどんな思いを込めたのかは、彼女以外に推し量ることは出来ない。

 しかし、次々と溢れて来そうになる思いを押しとどめると、麗華はゆるりと立ち上がった。


「ま、そんなことはさておき! 作戦開始まで時間があるし、少しだけ本部の中をぶらついてくるよ」

『体力の消費をするようなことは推奨できませんが……』

「大丈夫大丈夫! ちょこっとロビーのあたりでうろちょろしてるだけのつもりだからさ」

『遠足が楽しみな子供ですか貴方は…… そろそろ落ち着きを持ってくださいと何度言えば……』


 通信機越しに、呆れたような声色でつらつらと並べ立てられる小言に、麗華は口笛を吹きながら部屋の外へと足を進める。

 そんな彼女に、オペレーターは小さくため息をついた。


『はあ…… そう言ったところは全く成長しませんね』

「いやぁ…… 大変申し訳ないナー」

『まあ、貴方らしいと言えば貴方らしいですし、それでいいんじゃありませんか?』

「お、何々? これ、俗にいうデレ期ってやつ? でも、私、今のところ百合っ気は無いんだけどなー」


 麗華は、ニシシっと笑いながら、揶揄うようにそんな言葉を紡いだ。もしかしたら、面白い反応が返ってくるかもしれないなどと彼女は考えての軽い言動。


『違います。貴方の気負いすぎないところを評価したつもりですが、同時に玉に瑕でもありますね…… 一度、新人教育からやり直して来ればいいのに。大体あなたは……』


 しかし、通信機越しに返ってきたのは、極寒すら生ぬるいと感じるような冷え冷えとした声色だった訳だが。

 そのあまりの声色の冷たさに、麗華は身を竦めて「おー こっわ!」と呟きながら、そそくさと通信機へと手を伸ばす。


「じゃ、じゃあ、任務開始まで私は適当に休んでるから、一旦通信切るね!」

『あ、こら、まだ話は終わってませ』


 オペレーターが言い終わらないうちに、彼女は通信を打ち切った。

 それから、麗華は冷や汗を流しながらため息をつく。


「ふぅ…… 任務終わった後で絶対小言を言われそうだなぁ……」


 そして、これから訪れるであろう未来に軽く頭を抱える。が、どうあがいても自業自得なので、逃げられないと悟って、またため息をついた。


「ま、今回のは生真面目なオペレーターに対して軽口が過ぎたかもしれないし、後で謝らないとなぁ…… その前にお説教が飛んでくるんだろうけど」


 そう言って、彼女はロビーへと足を進めた。その背中に、いつか来るであろうお説教に対する哀愁を漂わせながら。




*****


 夢を見ている。

 ひどく懐かしく、残酷な夢を。

 走っていた。息を切らせていた。血を流していた。

 それでも、早く、速くと男は駆けた。

 全身の肉が裂け、骨が砕け、それでも間に合うのならと彼は走り続けたのだ。

 嗚呼、それでも彼は間に合わなかった。

 彼が駆け付けた時には、既に相棒の男はこと切れていた。その腕の中に、自分の大切な娘を抱いて。最後のひと時まで守り通して。

 その娘は、ずっと一人で泣いていたのだろう。

 大切な人の、たった一人になってしまった家族すら失い、その温もりが失われていくのを肌で感じながら。

 そして、娘は泣きはらし、絶望を湛えた瞳を男に向けると、ただ一言。小さく呟いた。


「■■■■■■■■■■■■■■■?」



*****



「夢……」


 ぱちりと目を見開き、あたりを見回した恭二は静かにそう呟いた。


「時間か」


 移送開始三十分前きっかりの時間に、彼は目を覚ました。悪夢にうなされながらも、しっかりと時間通りに起きることが出来る自分の体内時計の精密さにあきれながらも。

 身体を起こすと、まとめてあった装備一式を手に取って、ロビーまで歩き始める。任務開始までに時間があるとは言えども、すぐに移動できる体勢は整えておかなければならないからだ。

 その道中で、恭二が装備一式の中に含まれているサブマシンガン、及び強化プラスチック製のライオットシールドの具合を確かめつつ歩いていると、ロビーの方からこんな声が響き渡ってきた。


「えー こんなの着なきゃいけないの⁉ 今、夏だよ? しかも梅雨だよ? 蒸れっ蒸れだよ?」

「しょうがないでしょう? 感染を防ぐために、露出は出来るだけ減らさないといけないんだから……」


 その声を聞いた恭二は、ガリガリと頭を掻いた。その表情に、呆れを滲ませながら。


「麗華とエレインか。何やってんだあいつら…… おーい! 俺が入っても大丈夫か?」

「あ、恭二! 大丈夫大丈夫、別にロビーで脱いでるわけじゃ無いから!」


 そんな元気の良い返事が返ってきたので、ならば問題は無いと、彼はロビーへと足を踏み入れる。

 そこには、エレインの手に特殊部隊か何かが付けていそうなガスマスクと、服の上から着ることできる長い丈の防護服、及び手袋のセットが二つ分握られていた。

 そんな二人の前で立ち止まった恭二に、麗華が眉間に皺を寄せ、親指でそれらの装備を指し示しながら言葉を投げかける。


「この時期にこの装備ってきつくない?」

「確かに少しきついな…… でも、これを着ないと、ウイルスに感染、からの術式起動で相手の操り人形待ったなしなんだろう?」

「分かってるんだけどさぁ…… 愚痴の一つや二つ言いたくなるよ」


 麗華は、「あーあ」と言って、エレインからそれらの装備を受け取った。

 そんな彼女に対して、エレインは苦笑を浮かべつつも言葉を返す。


「これでも、貴方たちの戦闘の阻害にならないだろうものを選んだつもりよ。これ以上文句を言うなら、いっそ感染覚悟で防護服を着なければいいんじゃないかしら」

「勘弁勘弁! 分かったよ、文句はもう言わないから」


 エレインの苦笑の中に含まれた僅かな怒気を敏感に感じ取り、麗華は勘弁してと言わんばかりに両手を上げ、一旦札やマガジンなどを入れてあるベストを脱いでから、受け取った装備を身に着け始める。

 そんな彼女の様子を見つつ、エレインは二人に向けて腕輪のようなものを取り出した。


「ああそれと、これもあなたたちに渡しておくから、腕に装着しておいて」

「なんだ、これ?」

「血中で件のウイルスが検知されたことを知らせてくれる装置よ。原理はウイルスの特性を利用して体内での霊力変動を観測して…… まあ、細かい原理は気にしなくていいわ」

「なるほど…… こいつはかなり重要だな」


 ウイルスの感染を知らせる装置を受け取った恭二は、真剣な表情でそう呟いた。

 感染に気付かないまま戦闘を続け、敵の傀儡になる、などという事を防ぐことが出来るからだ。リスク回避ができるというのは、現場で戦う二人にとってありがたいものである。恭二はうんうんと頷きながら、その腕輪を眺め回した。

 そんな風にありがたがっている恭二に向けて、エレインは「ただし」と言って指を突き出した。


「覚えておいて欲しいのは、感染した人間は個人差はあるけど、凡そ十五分から二十分程度で人体の制御を持っていかれることになる。妖魔なら三十分から四十分ってところなんだけど…… 貴女たち二人とも純人間でしょう?」

「つまり、十分から二十分までの間にもらった注射をぶち込まなくちゃいけない、と」

「そう言う事ね。だけど、私の採取したデータを元に装備科の人たちが急ピッチで作ったモノで、出来上がったのもついさっき。だから、精度のことを考えると、実際の時間はもう少し短くなるわ。デッドラインは、その装置が感染を検知してから十分程度だと思っておいて。発症した後だと、注射器の薬液の効果が表れた後でも、しばらくの間敵の支配が残るみたいだから、感染したらできるだけ迅速に投与しなさい」


 エレインは真剣な表情で二人にそう言い放った。その一つ一つの情報は、彼女が実際に件のウイルスが用いられた現場に居合わせたからこそ入手できたもの。その重みは計り知れないものだ。

 だが、その重みを噛みしめつつも、防護服を着終えた麗華はにんまりと笑った。まるで、何の問題も無いと言わんばかりに。


「ま、いつも通りだよ。さっと行って、さっとぶっ潰して来ればいいんでしょ? エレインの休日ぶっ潰した連中を軽くのしてきてあげるよ」

「簡単に言うねお前は…… ま、その通りだ。吉報を期待しておいてくれ」


 一切ぶれることのない麗華に、恭二は苦笑を浮かべつつ同意する。その中にエレインを安心させておこうという親切心から来る言葉を織り交ぜながら。

 だが、その言葉を聞いたエレインは心底胃が痛そうな様子で言葉を紡いだ。


「私の仕事を増やす筆頭問題児コンビが言うと、不安しかないんだけど…… お願いだから、私の仕事を増やさないでね? ふりじゃないわよ。本当に増やさないでね?」

「努力はするよ」

「望み薄な気もするけどな」

「気持ちだけの結果に終わりそうな返事をありがとう。期待しないでおくわ……」


 麗華と恭二が返した気の無い返事に、エレインはがっくりと肩を落とした。処置無しとはこういうことを言うのだろうと、まざまざと突きつけられたのだから当然ともいえるが。

 だからこそ、目を細めて彼女は言葉を紡いだ。


「死んでなきゃ、大抵の傷や欠損も治せるけど、死んだら治せるものも治せないのよ?」

「分かってるよ。だから、私がちゃちゃっと敵をやっつけるって言ってるんだから」


 麗華は一瞬、一切の表情を取り払った真剣な表情でエレインの顔を見つめる。だが、それをすぐにおさめて彼女はいつも通りの表情になった。

 その表情の変化を横目で見やりつつ、恭二は軽くため息をつく。そして、後ろから麗華の頭へと手を伸ばすと、その頭をガシガシと撫でてやりながら、エレインへと言葉を投げた。


「まあ、バランスとりはしっかりやるよ」

「そう…… 精々崖っぷちでもいいから生き残りなさいな。そうしたら、私が手を尽くしてあげる。ただし、心臓にダメージを受けるのはやめて頂戴ね」


 彼女はそう言うとくるりと踵を返し、顔だけを恭二と麗華に向けた。


「さて、私は仕事に戻るわ。これでも、貴方たちに渡した注射器の中身を改良するので大忙しなの」

「じゃあ見送りと装備の受け渡しは他の人に任せとけばいいのに……」

「今は、薬液の構成をいくつかの案を採用して組み替えたり、作成時に使用する術式組み替えたものを片っ端から試して反応を見てるところだから、部下に任せられるもので私の時間自体はあったのよ。でも、もうすぐそれらも終わるから私も仕事をしなきゃってだけの話。じゃ、わざわざ見送りに来てあげたんだから、しっかり生きて帰って来なさいな」


 背を向けたまま、エレインはひらひらと手を振って、立ち去っていく。

 しかし、何か思いだしたかのように立ち止まると、彼女はいい笑顔で麗華に顔を向けた。


「あ、そうそう。防護服は移動するヘリの中で着込むといいわ。ずっと着てたら暑いでしょう?」

「あ、あ~! さっき怒って、わざと私にこれを着込むように仕向けたでしょ⁉」

「さて、何のことかしら?」


 エレインはいたずらっ子のように舌を出し、今度こそ立ち去って行く。

 その背中を見送りながら、麗華は心底悔しそうに地団太を踏む。


「くっそー! 騙された! こうなったら、意地でも目的地までこれを脱ぐもんか!」

「意固地になるな。あっちは、見た目若くてもかれこれ百年以上生きてる人外の一人だぞ? 老獪さで勝てるわけないだろ」


 唇を尖らせてしまった麗華にそう言うと、恭二は彼女の背を押しながら、共にエレベーターへと乗り込んだ。

 ヘリポートのある屋上へ向かうためのスイッチが押されると、僅かな沈黙が場を支配した。

 それを打ち破るかのように、麗華が言葉を紡ぐ。


「任務終わってないっていうのに、なんだかどっと疲れちゃったんだけど」

「ダダ捏ねたから揶揄われたんだろ? 自業自得だ」

「ちぇっ」


 拗ねたような舌打ちの音と共に、エレベーターのドアが開き、屋上へ到達したことを二人に知らせてくる。

 麗華と恭二は並んで足を踏み出すと、夜風が二人の顔を撫でた。ヒートアイランド現象によってたまり込んだ熱のせいで、爽快とは言い難いものだったが。


「う…… むわっとする」

「暑いしとっととヘリに乗り込むぞ」


 二人は顔を顰めながらそう言うと、視線の先にあったヘリコプターへと乗り込んだ。

 そこで、二人の通信機からオペレーターの声が響く。


『二人とも、ヘリに乗り込みましたね。これから作戦内容の説明を行います』





 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ