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特定事象対策機関 クロユリ  作者: 田口圭吾
第一章 悪意の病巣
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悪意の病巣 第二話




「倉田恭二、ただいま帰投しました」

「有栖川麗華、かえったよー」


 バーガーショップの袋を片手に、本部へと帰投した恭二と麗華は対照的な態度で、本部の入り口に備え付けられたカメラに向けてそう言い放った。

 だが、一見真面目ぶっている恭二も麗華と一緒にポテトをもさもさとむさぼりながら歩いてきているため、緊張感はゼロである。


『顏認証完了、声紋確認、モーションパターン照合完了、霊子パターン照合完了…… お帰りなさいませ』


 そんな電子音声と共に開かれた扉をくぐって、二人は無機質な白い廊下を歩いて行く。


「こんな白い廊下見てると、ホラー映画のワンシーンを思いだすんだよねー」

「やめろよ…… 俺、ホラー苦手なんだから」

「毎度思うんだけど、どの口が言ってんの?」


 麗華は先程ぐちゃぐちゃになっていた獣人をつついていた恭二の姿を思い出し、訝し気な表情になる。あの光景の方がよほどホラー染みていたからだ。

 それに、そもそも彼女らが所属しているのは対オカルト事象に対する組織である。それなのにホラーが苦手とはおかしな話だ。

 それに対して、彼は渋面を作りながら言葉を紡ぐ。


「いや、人間が人間をビビらせるために作り上げたものと、ガチモンのオカルト事象は違うっていうか……」

「どっちも似たようなものな気がするんだけど…… ま、感性は人それぞれだしね」


 任務も一区切りつき、すっかり緊張感をなくした様子で仲間がたむろしていることの多いロビーへと足を進める。

 すると、ロビーの方からこんな声が二人に聞こえてきた。


「私たちクロユリの人間は、日本の妖怪とかそう言ったオカルト面での犯罪行為に対する警察組織っていうのはさっき話したわね。ここに来る前にも話していた霊力についての話は覚えてるかしら?」

「えーっと…… 確か、いろんな現象を引き起こす不思議パワーでしたよね?」

「そうね。で、現象を実際に引き起こす際に指輪とか服とかに施してある術式を通すことで、どんな現象を引き起こすかを決定できるの。まあ、霊力の適正によってそのあたりは制限されるけれどね。そう言った制約を超えるために使うのが札で、持っているだけで効果があるのが呪具ね。まあ、札の場合一回使ったら、特殊な方法で霊力を込め直さないと使えないのが玉に瑕なんだけど」


 一人は女性の声で、もう一人は少年といって良いような若い声。その内の女性の声が麗華と恭二が所属している組織であるクロユリや霊力などの基本知識について話をしているのが二人の耳に届く。

 その声を聞いて、麗華は懐かしそうな表情となった。


「うっわ! 懐かし! 私が初めてクロユリに来た時と似たような話をしてる」

「そうだな…… でも、新人が来るような話ってあったか?」

「さあ? なかったような気がするけど…… それに、この声って……」


 そう言って二人が会話を繰り広げながらロビーへと足を踏み入れると、金糸のような髪を肩のあたりで切りそろえた青い瞳の女性と、黒髪で穏やかそうなたれ目が印象的な少年がソファーに腰かけて話をしているのが見えた。

 金髪の二十代前半ほどに見える美しい女性を視界にとらえた麗華は、パッと顔を輝かせて彼女の元へと駆け出し始める。


「やっぱり、エレインだ! 休暇中だったはずなのに、なんでここにいるの? 確か久しぶりに取れた長期休暇だ―って言ってものすごく楽しみにしてたのに!」


 エレインと呼ばれた女性の着込んでいる白衣には、医療部門の統括者であることを示す刺繍が施されており、背後から見た立ち姿だけで麗華は話していた相手が誰か悟って、その背に飛びついた。

 エレインは、麗華に飛びつかれ一瞬だけ目を丸くするが、すぐに苦笑を浮かべる。


「ああ、麗華。相変わらず元気ね。何で私がここにいるかだけど、色々あって休暇が台無しになったわ。それについてボスの方から話があるから、二人は自分の部屋に帰らず、あいつの所に行きなさいな」

「え⁉ なにそれ、せっかく仕事が終わって休めるところだったのにさ……」


 エレインから放たれた言葉に、麗華は唇を尖らせて文句を垂れる。

 だが、それも仕方ないことだ。麗華はクロユリの戦力として上から数えても早い方ではあるが、年齢は十七歳になったばかりの少女。そんな未成年者に対して夜遅くまで働いた上で、残業を言い渡したようなものなのだから当然だ。

 というか労働基準法に照らしても、ギリギリアウトである。


 そんな正当すぎる文句を垂れている麗華に対して、エレインは困ったように微笑みながら言葉を返した。


「まあ、私たちは裏のお仕事をしてるわけだし、労基に期待するのは間違ってるけど、埋め合わせはきっちりされるはずよ。そのあたり、うちのトップはしっかりしてるわ」

「用は補償だけはしっかりとこなすブラック企業でしょ」

「ま、酷い言い方だけど、その通りね。私も実に二、三年ぶりの長期休暇だったし…… 思いだしただけで腸が煮えくり返ってきたわ。まさか、久しぶりの休暇中にあんな不愉快な状況に立たされるなんてね」


 そう言って目を細めたエレインの表情は、一切の感情が抜け落ちたかのようで、麗華は思わず後ずさる。


「うわ…… エレインがこんなに切れてるの久しぶりに見たかも……」

「おい誰だこの狂犬キレさせた奴」


 恭二も思わずそう言ってしまう程、エレインが纏っている空気が剣呑なものとなっていた。

 そこで、麗華は新人がその殺気に耐えられるのかという事に気が付いて、心配そうに同年代であろう少年の方へと視線を向ける。


「あのさぁ…… 一応、新人君がいる前でそんな物騒な気配ばら撒くのどうかと思うんだけど」

「え? あ、ああ、僕は大丈夫ですよ。一日くらい前まで、これより酷い状態のエレインさんと一緒にいましたし。あと、僕は新人って訳でも無くて…… えっと、エレインさん。説明お願いします!」


 少年は突如として話を振られたので、困ったような表情になりながら、エレインにすべての説明を丸投げした。

 それに対して彼女は目を伏せて説明を始める。


「ああ、この子は私が出先で巻き込まれた事件の生き残りの一人よ。要はただの一般人」


 その言葉を聞いた麗華と恭二は顔を見合わせた。裏の事情に関わっている以上、目の前にいる少年のような事例と関わることも多いが、流石に先ほど繰り広げた会話は無神経すぎたかと肝を冷やしたのだ。特にこの二人にとって、こう言った事例は嫌という程身に覚えがある。


 それだけに二人は、恐る恐るといった様子で少年に視線を向けた。

 しかし、麗華には少年がそれほど大きな精神的ショックを受けているようには見えなかった。だからと言って、エレインがこんな質の悪い冗談を言うタイプではないと知っているため、内心に混乱が広がっていく。

 一方、恭二は少年の立ち振る舞いに何か感じ入るところがあったのか、すぐに気を取り直して彼に言葉を掛けた。


「まあなんだ。大変だったみたいだな。お近づきのしるしに、ここからすぐそこにあるバーガーショップのポテトをやろう。うまいぞ」

「あ! いいんですか? 実は事件に巻き込まれたせいで、僕、昨日から何も食べてないんですよ」

「あなた、昨日あんなことがあったばかりなのに…… 神経が太いっていうより、最早神経が切れてたりしない?」


 ポテトを受け取った少年の様子に、エレインは顔を引き攣らせながらそう言った。

 それに対して、少年はポリポリと頬を掻きながら言葉を返す。


「いや、だって考えてみてくださいよ。ここに移送されるまでに、ちょっとした水分補給は出来ましたけど、固形のものは食べれてないんです。お腹がすいてもおかしくないでしょう?」


 少年はそこまで言って、恭二が手渡してくれたポテトをありがたそうに咀嚼し始める。


「五臓六腑に染みわたる…… ポテト、ありがとうございました。えっと……」

「倉田恭二だ。こっちにいる赤毛のは、俺が預かってる有栖川麗華だ」

「ご丁寧にありがとうございます。あ、僕は並木藤次です」


 少年は受け取ったポテトを机の上に置いて、ぺこりと礼をする。一つ一つの所作から少し抜けている印象を受けるが、藤次と名乗った少年は基本的に礼儀正しい人間であることが伺えて、恭二はうんうんと頷いた。


「できた若人だな。うちの麗華にも見習わせてやりたいよ」

「ちょ、今私の話は関係ないでしょ⁉」

「いや、お前なら差し出されたポテトに喰らいついて、俺の指までかみちぎる勢いでポテトをむさぼりつくすまであるだろう」

「あ、昔の話を引き合いに出すのはずるいってば! 私があの時何歳だと思ってるのさ!」


 ぎゃんぎゃんと実に息の合ったやり取りが繰り広げられ、藤次は面食らった様子で麗華と恭二の掛け合いを眺めることとなった。

 エレインはそんな二人の様子にため息をつくと、未だに騒ぎ続けている彼らを指さしてこう言った。


「藤次、あんまりあの二人と関わるのはやめた方がいいわ。問題児がうつるから」

「も、問題児がうつるって…… か、風邪か何かじゃないんですから……」


 藤次はエレインの言葉に、クスクスと笑いながら言葉を返した。

 そんな様子の彼を見て、恭二はやれやれと肩を竦めた。


「いや、麗華はともかく、俺まで問題児扱いは勘弁願いたいんだけどな」

「ほざきなさい、問題児コンビのヤバい方が何言ってるのかしら」

「エレイン、お前、もしかしなくても俺がさっき狂犬って言ったこと根に持ってるな……」

「さあ、どうかしら?」


 エレインは実にいい笑顔を浮かべながら、恭二に言葉を返す。

 口は災いの元。そんな言葉を思い浮かべつつ、彼は引き攣り笑いを浮かべた。


「怖い怖い…… ま、俺らは機関長に呼ばれてるみたいだし、そろそろ行くわ」

「うわー エレインが怖いからって逃げたよこの男」

「麗華、お前は少し空気を読んで黙るとかしような……」

「空気は読むもんじゃなくて、吸うものだよー? 恭二ってば、そんなことも分かんないのー? って、あだ⁉」


 わざとらしく語尾を伸ばし、ニヤニヤと笑いながら下からのぞき込んでくる麗華に対し、恭二はデコピンをかまして黙らせた。そして、額をさすり始めた彼女の首根っこを掴んで、機関長の元へと歩き出す。

 その最中で、彼は首をひねってエレインと藤次の方へと視線を向ける。


「そういう訳で、俺らはこのあたりで今度こそおさらばする。とっとと仕事は終わらせるに限るからな」

「そうしなさいな。私ももう少ししたら仕事に入らないといけないから、ちょうどよかったわ」

「あ、ポテト、本当にありがとうございました!」


 恭二は二人の言葉を背に、麗華を引きずってそのままロビーを後にする。

 そして、エレインと藤次の姿が見えなくなったあたりで、麗華がおもむろに口を開いた。


「恭二って、人にすぐ食べ物あげるよね。私の時もそうだったし」

「まあ、腹が減ってるときに、それが満たされるだけでも人ってのは元気になるものだからな。衣食足りて礼節を知るってやつだよ」

「ふーん? ま、お腹が満たされるのは確かにいいことだね」


 麗華はそう言いつつ、袋からポテトを新しく取り出し食べ始める。

 それを横目でちらりと見やり、恭二はやれやれと苦笑を浮かべた。


「食べるのもいいが、一応機関長の前では控えろよ」

「そう? 小太郎はそこのあたり気にしないと思うけど」

「いや、たしかにあの人はそのあたり気にしなさそうだけど、目の前で食べてたら、ポテトを数本要求されるぞ」

「あ、それは嫌かも」


 麗華はそう言うと、残りのポテトをまとめて口の中に放り込んだ。それを見た恭二は「食い意地はってんなぁ」と呟きながら、組織の長である存在がいる部屋のドアを三回ノックする。


「倉田恭二です。入室してもよろしいですか?」

「ああ、入っていいよ」


 部屋の中から返事が聞こえたことを確認して、恭二は麗華を引きずったまま入室する。

 部屋の中で座り心地のよさそうな椅子に腰かけていたのは、彼らが所属している霊的防衛機関クロユリの長である浦部小太郎だった。彼は病的なまでに白い髪の毛を揺らし、黒猫を膝の上で撫でながら笑みを浮かべる。

 そう言った所作や、幼く見える顔立ちに身長。一見すると組織の長になどは見えないが、クロユリ最強の戦力であり、全ての戦闘職に就いている存在の教導者でもある。そんな男は紫水晶が如き瞳を、恭二と彼に引きずられている麗華に向けると静かにこう言った。


「まあ、座って。これから面倒な話をする必要があるからね」





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