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特定事象対策機関 クロユリ  作者: 田口圭吾
第一章 悪意の病巣
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悪意の病巣 第一話



 日本の首都。東京の某所にて二人の男女が向かい合って座っていた。

 その内金髪を肩のあたりで切りそろえた青い瞳の美女が、ハーブティーの入ったティーカップを手に持ち、目の前にいる十代後半ほどに見える黒髪の少年にゆっくりと言葉を投げかける。


「この国はね。神話の時代からして、他者を受け入れる気質があった。かつての国津神と天津神争いの果て、国譲りによって国津神は天津神にどんどんと勢いを抜かれていったけど…… それでも、この国には今尚その物語が語り継がれ、それを祀る場所も今なお残り、人が詣でることもある。ある種の宗教戦争とも言えるその流れを経てなお、そんなことが起こっているっていうのは世界全体を見ても珍しいの」


 そこまで言って、女性はゆっくりとティーカップの中身を啜った。長々と言葉を紡いでいたせいで乾いていた喉を潤すようにして。

 少年はそんな彼女とは対照的に、ティーカップに注がれたハーブティーを啜ることは無い。既にそれを飲み干していたらしく、そのティーカップは空になっている。少年はハーブティーを飲んだおかげか、落ち着いた様子でエレインの言葉に耳を傾け続けていた。

 そんな彼の様子を見て、女性はティーカップを置いて再び言葉を紡ぎ始める。


「話が少しそれたけど、そう言った様々なものを受け入れる受け皿があって、神話の時代から他の国、或いは大陸から流れて来る妖魔の類がそれなりに居たの。それが決定づけられたのが、キリシタンの弾圧。それがあったせいで、吸血鬼などの妖魔、或いは魔術師たちがこの国に一定数流れ込んできた」

「天敵である相手がいないところに逃げ込む…… 確かに合理的ですね」

「そういうこと。まあ、そう言った経緯があって、この国では様々な妖魔の混血が進んだの。それだけじゃなく、東洋の呪術や陰陽術と西洋の魔術がまじりあって様々な術式が生まれたわ。そして、当然そう言った風に妖魔や術式が増えれば、それに伴ってオカルト方面の犯罪の類も当然増えていく。いろんなものを受け入れ過ぎたせいで犯罪が増えるなんて皮肉もいい所よ」

「辛辣ですね……」

「事実だもの。まあ、そう言った事情があったから私みたいなのも生まれたんだけれどね…… 今、国を守る立場に立ってみれば、色々と考えさせられるところがあるのよ」


 エレインは苦笑を浮かべながら、ティーカップに残ったハーブティーを飲み干した。

 そして、ゆっくりと息を吐いて言葉を続ける。


「そんな事情に端を発して、オカルト事象に対抗するために作られた組織の一つが私の所属している組織。魂の力である霊力を用いて妖魔や魔術師、科学者たちが垣根なく参画し、オカルト面の犯罪に立ち向かうために生まれたのがこの特定事象対策機関。通称クロユリよ」






*****



 梅雨のじっとりとした空気の中で雨が降る。夜闇の中で息をひそめる者たちの気配を隠すかのように。


『麗華、こっちは目標を確認した。そっちはどうだ?』

「こっちはまだかな。今は、目標が出てくるのを待ってるとこ…… おっと、噂をすればってやつだ。暗視用の呪具のおかげで、ばっちり見えたよ」


 麗華と呼ばれた雨合羽をかぶった少女は、自信満々の笑みをフードの下からのぞかせ、獰猛な野生動物が如く眼光で隣の廃ビルを見下ろしながら、屋上のフェンスの上に立っていた。

 それを諌めるように、彼女の耳についた通信機から男の声が発せられる。


『遊びじゃないんだぞ、麗華…… オペレーター、周囲の状況は?』

『周囲の交通状況を操作し、今から三十秒後に約五分間、麗華さんの周囲が空白地帯になります。その間に目標二人を確保してください』

『了解。話は聞いていたな、麗華』

「言われなくても、聞いてたってば…… 小姑みたいに言わなくても大丈夫だよ、恭二」


 麗華は唇を尖らせながらそう言った。だが、ふてくされているようでありつつも、瞳は油断なく目標の周囲を探っている。


『お前はたまに全く話を聞いていないことがあるだろ…… まあいい。そろそろ三十秒だ』

「りょーかい! じゃ、行ってきまーす!」

『は⁉ おい、まて!』


 麗華はそう言うと、立っていた五階建てのビルの屋上から飛び降りる。通信機越しに聞こえた男の声を聞き流しながら。それと同時に、彼女の両手に紫電が走った。それは世闇を切り裂いて、はいビルの中にいたものの姿を映し出す。


「――――⁉ まずい、襲撃だ! 取引を嗅ぎつけられた!」

「クロユリのニンゲンか⁉」


 片方は人間の男だったが、もう片方は人間と同じように直立しつつも、異様にとがった牙と獣のような顔立ちをしており、明らかに人間のそれではない姿かたちをしている。


 だが、麗華はそれに臆すること無く笑った。


「あはは! ――――ちょっと気づくのが遅かったんじゃない?」


 そう言って目を細めるのと同時に、彼女の手に収束していた紫電が解放され、廃ビルの中に立っていた男たちにめがけて宙を走った。その一撃によって、ビルの上に立っていた男の内、数名が気絶し、地面へと崩れ落ちる。

 雷撃から逃れた男も数人いたが、それでも体勢を立て直すために、僅かな隙が生まれた。その隙に、麗華はそのまま廃ビルの中へと転がり込んだ。そしてそのまま、拳銃を懐から引き抜き自身へと向けた男に近づくと、その腕を捻り上げ、そのままへし折って見せる。


「さあ、かかってきなよ」


 口元で余裕の笑みを見せ、麗華はそのまま男の顎を蹴り上げた。腕を折られた痛みと、顎を蹴り上げられた衝撃で、彼の意識はそのまま闇へと落ちる。

 その光景を見ていた男たちは俄かに色めき立った。軽い調子で仲間が数名、目の前で容易く無力化されたのだ。それも当然と言える反応だ。冷静さを失った男たちのうちの一人が、ドスを引き抜いて麗華へと襲い掛かる。


 麗華はその鋭い突きを掻い潜ると、その男の腕を掴み捻じりながらその軸足を払うことで、地面へと顔面から叩き付けた。その最中、襲い掛かってきた男の背後で残った男の一人が銃を構えるのが彼女の感覚がはっきり捉える。


 だが、それに焦ることなく、麗華は男が取り落としたドスの柄尻目掛けて渾身の力で右足を振りぬき、遠方に居た相手めがけてそれを蹴りぬいて見せた。


「ぎゃ!」


 瞬間、すさまじい勢いで飛んだドスが銃を構えた男の手に深々と突き刺さり、それと同時にドスから紫電が舞い散った。

 その非現実的な現象を起こした力の源は霊力と呼ばれる魂に起因する特殊なエネルギーで、その特質により様々な現象を引き起こすことが出来るものだ。彼女は自身が最も得意とする雷系統の術式を用い、雷という現象を発生させた。

 そして、発生した雷撃は彼女の狙い通り、その付近に居た敵も巻き込んだことにより、計三名が地面に崩れ落ちる。それを見届けた麗華は、未だに立っていることが出来た二人の男へと視線を向けた。


「さて、と…… 残ってるのはアンタたち二人だけだよ。私って、アンタたちみたいな犯罪者が大っ嫌いだからさ、手加減とか容赦とかは期待できないし、投降をオススメするけど…… 聞く耳もたずって感じだね」


 そう言った彼女の視線の先では、片方の男が袖口からロッドのようなものを取り出し、もう片方の男はその姿を狼のような姿に変化させていった。


「魔術師にウェアウルフってとこ? なんにせよ、ぶちのめしてあげる」


 前者はともかくとして、後者の獣人は十中八九妖魔だ。普通ならば絶対にお目にかかりたくはないタイプの存在であるそれは、獰猛に喉を鳴らしながら鋭い爪を伸ばし、臨戦態勢を取って見せる。そして、魔術師の男がロッドの戦端から風の刃を放つのと同時に、獣人はその肢体に力を入れ、弾丸の如きスピードで駆け出した。


 風の刃は空気の塊であるため、当然不可視の攻撃であるし、妖魔の攻撃は常人にはとても躱せるスピードのものでは無い。きっと、成すすべもなく殺されてしまうだろう。

 だが、悲しきかな。

 彼らが相手をしているのは、常人の類ではない。さらに言うならば、常人の中でも常軌を逸している部類の存在だ。それは、間違いなく彼らにとって不運だった。


「甘い」


 そんな言葉が聞こえたかと思った瞬間、麗華はまるで見えているかのように次々と放たれる不可視の刃を躱して見せる。それと同時に彼女のフードが一瞬めくれ上がり、ショートの赤髪と整った目鼻立ちが顔を覗かせる。

 その口元には獰猛な笑みを、その瞳には冷え切った色を浮かべながら、麗華は次いで接近してきた獣人の一撃を右腕で、その鋭い爪を避けるようにして受け止めた。しかし、爪の部分を避けて受け止めたとは言えども、その膂力は人間のそれを優に上回っている。それこそ、人の骨など容易く粉々にしてしまいかねないほどに。

 だが、麗華はそんな筋力の差をものともしない。右腕にかかる力を全身で流し、回転動作を交えてそのすべてと自身の力を左腕で獣人の鳩尾へとねじ込んだ。瞬間、獣人は口から血をまき散らしながら吹き飛んでいき、壁に激突してようやく止まった。

 「次は」と呟きながら彼女はロッドを構えた魔術師相手に向き直る。


「アンタの番だよ?」


 その泰然とした態度に、魔術師の男は気圧され後ずさりながらも次々と風の刃を放とうとロッドを構えた。

 しかし、サイレンサー越しに消音されているであろう銃声と共にその思惑は潰え、四肢から次々と血を流して地面に崩れ落ちた。


「ありゃりゃ…… 獲物を盗られちゃった」

「そう言うな。と言うより、犬が逃げようとしてるぞ」


 背後から響いた言葉に、麗華はギョッとして顔を上げる。


「あ、こら! 逃げるな駄犬!」


 彼女の視線が捉えたのは、先ほど吹き飛ばした獣人がボロボロになった体を引きずり、窓枠から宙へと身を躍らせた瞬間だった。それを確認するのと同時に、猟犬が如き眼差しで獣人を見据えて重心を落とし、霊力の放出と共に一気に加速。そのまま彼女も宙へと身を躍らせ、飛び出した獣人の首根っこを掴んだ。


「捕まえた」


 そのぞっとするような声色に、獣人の目が恐怖に見開かれた。だが、麗華は一切の容赦をすることは無い。その可愛らしい顔立ちをした少女の容姿と裏腹に、繰り出される手札は悪辣無比。地面が近づいていく中じたばたと暴れる獣人の抵抗をいなし、獰猛な笑みを浮かべる。


「さて、悔い改める時間だよ」


 そして、重力加速度によって乗った勢いすべてを獣人を通してすべて地面に流し、平然と受け身を取って見せる。


「はいおしまい。一応規則だから、アンタらがなんで私たちに追われてるか言うけど、違法薬物、及び違法術式の行使による殺人、窃盗、等々の罪を犯したから。いくらアンタたちが裏の存在だからって、やっていいことと悪いことがあるんだよ」


 麗華はゴミを見るかのような眼で、地に臥した犯罪者を見つめながらそう言うと、懐から札を数枚取り出し、グッと力を籠めるように目を見開くと、霊力を流し込んでそれを地に臥した異形の犯罪者に投げつけた。


 それらから光の帯が伸び、その体を拘束していく。


 その頭上から男が一人、麗華のすぐ横へと着地する。男は短く切りそろえられた髪の毛をガリガリと掻きながら、ダークブラウンの瞳を彼女へと向ける。


「お前な…… もともとはそっちがビルの上から雷撃を降らせて、その隙に俺が拘束する手筈だったのに、なんで飛び降りてるんだ……」


 麗華の背後から現れた男は眉間に皺をよせ、その疲れたような声色が彼の疲労感を際立たせている。


 そんな男に麗華は慣れ親しんだ様子で言葉を返した。


「えー? だって、恭二は私よりもヨワヨワなんだから、こっちで始末した方が安全じゃーん! さっきだって、そっちが殆ど手出しするまでもなく決着が着いたしね」


 雨合羽のフードの下から、整った顔立ちに、悪戯っぽい笑顔を浮かべた表情を覗かせ、彼女はニンマリと笑う。


 恭二、と呼ばれたその男は、彼女の態度にがっくりと肩を落としてため息をついた。


「うわ、ホントのことだからってズバズバ言いすぎだろ……」


 そんな様子の彼に対して、麗華は頬をポリポリと掻きながら言葉を紡いだ。


「いやだって、補助系と治癒系の術式がメインの恭二がこいつらを相手取るよりは、私がちゃちゃっとぶっ飛ばして拘束した方が手っ取り早いし、ね?」

「そうだな。一理どころか百理ぐらいある理論だ。だけどお前が拘束に回って、犯人が原形をとどめてたことあるか? 見ろ、こっちの獣人なんてお前にクッションにされたせいで、骨は砕けてる上に、うわ! 少し削れてるな…… 顔面がタコとゴーヤを交配させたみたいになってるじゃないか」


 そう言いながら恭二はしゃがみ込んで気絶した獣人の頭を掴みあげる。すると、獣人の顔は鼻血や吐血で真っ赤に染まっており、顔の骨は砕けてどことなくブヨブヨとした状態になっていた。二人分の落下の衝撃を受けるクッションとして利用されたのだからそれも当然だろう。


 獣人の血まみれの顔面を指でつついていた恭二は、疲れ切った様子でため息をついて、獣人の顔に手を翳す。


「まあ、軽く手当をしておくが…… 何のために俺が治癒術式を修得したと…… 霊力も有限なんだぞ?」


 ぶつぶつと文句を言った彼の手が薄ぼんやりと光ったかと思うと、獣人の顔がゆっくりと癒えていく。が、完全に治癒したわけではなく、程よくダメージを残した状態で治療は打ち切られた。


「まあ、このぐらいでいいか。下手に直し過ぎて、また暴れられても困るからな…… オペレーター。こっちは片付いたから護送車を用意してくれ」

『既に手配は完了しています。貴方たちも護送車が目標を収容したのを確認してから、本部へと帰投してください』

「了解。ほら、話は聞いてたな? 帰るぞ」

「おー、やっと帰れるのかぁ…… 夜更かしは女の子の大敵だからねぇ……」

「女の子限定じゃなくて、人類の大敵ともいえるけどな…… ま、それは置いといてとっとと帰るぞ」

「はーい!」


 麗華はおどけたような調子で手を上げながら返事を返し、グッと伸びをする。そして、軽く息をついてから彼女はこう言い放った。


「あ、そうだ。帰りに本部の近くにあるバーガーショップでポテトでも買ってかない? あそこ、テイクアウトも出来ておいしいし」

「デブるぞお前……」

「大丈夫大丈夫! 食べた分はしっかりカロリー消費してるからさ。ね、いいでしょ?」

「あーハイハイ。ご褒美に買ってあげますよっと」

「お、やりぃ!」


 麗華は嬉しそうにくしゃりと顔を歪め、待ちきれないと言わんばかりに駆け出した。


「そうと決まれば早く早く! チーズバーガーは待ってくれないんだから!」

「いやぁ…… 別に逃げはしないと思うんだが……」

「御託は並べない!」

「あー、うん。分かった分かった。だから、もう少し落ち着け」


 最早チーズバーガーのことしか目に入っていない麗華に対し、恭二は苦笑を浮かべつつ生返事を返すと、路地の向こうへと視線を向けた。


「まあ、護送車もついたみたいだし後はあっちの人らに任せるか」


 そんな恭二の言葉通り、護送車が到着しており、黒い衣服で身を包んだ性別不明の人間が数名、そこから降りてくるのが彼らからも確認することが出来た。

 彼らが手早く現場に残された戦闘の痕跡を隠滅していくのを横目に、麗華は思いっきり伸びをしながら言葉を紡いだ。


「じゃ、本日のお仕事はしゅーりょー! 帰ってチーズバーガー食べないとねぇ!」

「それはさっきも聞いたよ…… 待ちきれないのは分かったから走るな。車の運転はどうせ俺しか出来ないんだから」

「だったら、恭二も走ろうよ! こっちはとんでもなくお腹すいてるんだから!」


 そう言言いながら麗華は恭二の元まで駆け足で戻ってくると、その腕を引いて車の方へと駆け出した。


「若いねぇ…… おじさんそのノリにはそろそろついて行けなさそうだ……」

「何言ってんの? まだ二十八でしょ。まだまだ体は動くよ多分。ていうか、恭二よりも年取ってる村正のおじさんがいるんだから、もう少しシャキッとしなよ」


 そんな他愛のない会話をしながら、彼らは雨降る夜闇の中を歩いて行く。

 その姿から、日本が誇る対オカルトの機関に属している機関員だなどと、誰が想像がつくというのか。

 通称、クロユリと呼ばれる霊的防衛機関に所属している二人は、つかの間の日常へと帰っていく。





 それから数分と経たないうちに、彼らがそこにいた痕跡は洗い流されたかのように消え去っていた。


 



 

 


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