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折れそうな葦

 詩音の求める愛は、父の愛ではなく、傍に居てくれる夫の愛なのだろうか。互いに互いの愛を求め与え続ける愛なのだろうか。詩音の心に垣間見えたその姿は、その外側には絶望に似た諦めが吹き荒れ、内側にはその荒れの原因である満たされぬ炎が燃えていた。


「えーと、多分、君は僕のこの状態を君自身のせいだと思っている。」

「貴方が私のお父さんでない……。それなのに、それなのに私はあなたを傷つけ、この地から動けないようにした張本人。私には貴方がこのようになったことに責任があります。近くにいなければなりません。」

「それは違う。父親だったのだから、この状態になったとしても君が責任を感じてはいけない。君のせいでは無いし、仮にそうであっても僕が君の父親をしていた間のことなのだから、君が責任を感じてはダメだ。そして、今は父親ではないのだから、君には何の関係もない。傍に居てはいけない。」

「いいえ……。私はあなたに一生を捧げたいと思ったのに、あなたは私を愛すると言いながらもそれをいつも拒む。貴方はこの状態で助けが必要な状態なのに。それが私を苦しめるのに。そして、私は離れるたびにこのように滅びの道へ迷い込んでしまっている。どうして私はあなたのそばにいてはいけないの?。それでは私の苦しみは消えません。私の心の中は虚ろなまま。私の愛には応えがない。私は誰のために生きるの?。私は結局孤独なの?。なぜあなたのために生きてはいけないの?。」

「それは、僕は君の父だったから。だから君のために受ける傷も、君のためになす祈りも、君のために与える慰めも、全て君のものだ。君は何を求めてここまで来たのか?。私との抱擁か。しかし、僕をこのように愛してはいけない。僕を見て責任を感じてはいけない。僕を見て自分を縛ってはいけない。僕は君の父だった。」

「そう、私はあなたの子供ではありません。でも、貴方の子供だった。それ故に、あなたを傷つけたことに責任があり、あなたの一生に責任があります。」


「まあ、まちなさいな……。待ってくれ。」

 宏は思わぬ議論の展開に驚き、目の前の娘がいつのまにかに手に負えないほどに成長していることに戸惑っていた。彼女は、宏が抱いているサラの母親なのだから、当然なことだった。しかも、宏の前にして、詩音は愛を求めるひとりの女性だった。

「なぜ待つの?。なぜ待たなければならないの?。なぜ私は貴方から遠ざけられるの?。私を誘惑しようとしたサタンもいったわ。神は人間を優先して天使や彼らを遠ざけたと。それは神が彼らを置いて人間を優先し、果ては彼たちを人間に奉仕させるために作ったと。私も、貴方から遠ざけられるのなら、もう私には何もなくなってしまったわ。」

「たしかに神は御使やサタンを遠ざけ、主イエスに仕えさせた。しかし、それは主イエスに繋がった人間も神に似せて作ったからだ。君も他の人間達も主イエスの兄弟としたからこそ、神は愛する人間に自由を与えて御使をして仕えさせたはずだ。」

「そうです。わたしも神に似せられたのなら、その人間には愛があるはず。愛される人間が神を愛し神に用いられて生かされるところに生きる意味があるように、貴方に愛される私も貴方を愛し貴方のために生きることに意味があるの。愛がない自由なんて、人生なんて、どんな意味があるの?。」


 宏は、もう何も答えなかった。幼い頃の詩音であれば、言いくるめることもできたのだろう。しかし、今はただ包み込むように彼女の細い肩を抱き上げるだけだった。宏は、詩音が今まで折れそうな心のままに囁てきた、孤独の思いと祈りを思い出していた。


 ………………………


「この綿井先生のところにいじめがあると言うのかね。ここは生徒会長の佐橋裕子さん、副会長の井上美希さん、書記の青木圭子さんまでいる理想のクラスだよ。」

 校長の杉野東孝は、目の前の女子生徒が訴える言葉に、やはりという思いが重なった。この校長は少し前に2Dの詩音の机や椅子を見て、綿井に疑問と指摘とを提起したのだが、大声で否定され証拠もないため、そのように扱うしかなかった。しかし校長室内で淑香から見せられた教室の様子は、つい先ほど始まったばかりだと言う2Dの授業の様子だった。机に落書きされた誹謗中傷、教科書の塗りつぶしの様子が鮮やかに映し出されており、生徒会役員の圭子達や教師の綿井の声までクリアに録音されていた。

「今は来客中だから何もできないが、なんとかしよう。君は教室に戻りなさい。」

「しかし、今起きていることなんですよ。」

「今は動けないんだ。今日はお偉いさんの来客があって、構内を案内する予定なんだよ。」

 校長には、淑香の口が少しニヤリと動いたように見えた。

「では、2Dの辺りへも来ていただけますか。」

「どう言う意味だね。」

「様子を見て下さい。室内の様子がすぐわかると思います。」

「わかった。」

 校長はそういうと部屋から出ていった。淑香は我慢ならなかったのか、ビデオを起動したままのパソコンを持って2Dへ戻った。

「ただいま戻りました。」

 淑香はそう言って自分の席に戻ったが、教諭の綿井はほとんど淑香に注意を払わずに授業を続けた。クラスメイト達も平然と授業を続けていた。しばらくすると、校長らが2Dの様子を見に来ていた。既に騒ぎも治まっていた。

「平和そのものではないか。」

 彼はそう思った。しばらくすると、正面のパソコン用のディスプレイが勝手に起動した。よく見ると、横にある小さなWIFIルータに接続されている。淑香は無言のまま正面のディスプレイに手元のパソコンの画面を映し出した。そのディスプレイに先程校長に見せた動画が流れ始めると、綿井は呆気にとられた。また、廊下で教室を覗き込んでいた校長にもショックだった。そこには、この授業が始まった時になされた圭子や美希達の誹謗中傷と妨害損傷行為、そして事態を無視する綿井の態度が明確に映し出されていた。しかも続きが繰り返されていた。


 淑香は低い声で指摘した。

「これは立派ないじめです。」

「何を言うか!。ここにはいじめはない。それに今は関係ないだろうが。今は授業中だぞ。」

「関係は大ありです。その映像は今この授業時間に関係したもの、先程撮影したものです。」

「その通り」

 後ろから民生が詩音を抱えたまま大声をあげた。その場の皆は驚いたが、特に裕子や圭子達は、民生が詩音を抱きかかえて入って来た姿にショックを受けていた。民生も、昨年まで取り巻きであり今は生徒会幹部の美希達が目の前で確かにしていた仕業に戸惑っていた。しかし、考えてみれば、裕子や美希達の嫉妬は民生にもあからさまにわかるほど詩音に向けられていた。

「民生!。結局そんな女が好みなの?。大切なの?。私達があんなに大切にしてあげたのに。」

 裕子の乾いた笑いが響く。裕子はそのまま詩音を睨み、蔑みと呪いの言葉を吐いていた。

「孤児。ゴミムシ、ガイコツ、………死ね。」

 そこへ美希と圭子の二人も加わって、騒然とし始めた。民生はため息をつきながら裕子たちに静かに答えた。

「裕子達は確かに僕には優しかったね。でも、他の人たち、クラスメイトたちには、配慮があったかい。少しでも気に入らないと、こんなにも攻撃的支配的になる。裕子達が辻堂さんに対してやっていることは、やはり虐めだよ。先生、これでも虐めはないと言うのですか?。」

 裕子がその言葉を引き取り、言い返した。

「なにがいじめよ。ちょっとしたイタズラよ。言葉だって、図々しい泥棒猫だから、私たち生徒会役員が少し厳しく教えてやっているだけじゃないさ。」

 そして、教師の綿井は相変わらず冷たく言い放った。

「そうです。ここには虐めはありません。そもそも生徒会という生徒の代表がここでみんなの代表として活動しているのに、その活動がいじめであると蔑まされるわけですか?」

 民生は綿井の顔を見つめながら、静かに言った。

「そうですね。これらはいじめじゃない。実際には、器物損壊、傷害、恐喝、名誉毀損などなど、立派な刑事事件です。裕子達のしていることは犯罪だ。もし、それが生徒の代表たちが行っていることならば、全員が虐めをしていることになりますね。」

 綿井は顔色を変えずにいい放った。

「生徒会長や役員の彼女たちを犯罪者呼ばわりするのですか。そのような指摘は、生徒全員や学校の名誉や彼女達をどんなに傷つけているか、貴方はわからないの?」

「そうよ、そうよ。酷いわ、酷いわ。」

 民生は綿井が民生の想定していた通りの振る舞いをしているのをみて、改めて怒りを感じた。

「先生、小さい妥当な糾弾を過大視して、他方で明らかに大きい自分に不都合な悪と犠牲者とを軽んじる。巨悪を見て見ぬふりをすることは、逃げです。それが教師たる貴方の矜持ですか?。それがクラスを預かる担任の職責全うのしかたですか?。貴方の今までの仕打ちと態度は、罪が重いですよ。」

 教室の後ろの戸辺りでガタリと音がした。しかし、綿井は気付かずに言葉を続けている。

「は?、なにが重いっていうんだね?。未成年が。立場をわきまえろ。」

 外から、教室の戸を開けようとする音が聞こえる。民生はそれに気づきながらも続ける。

「指導者の罪はより重い、ということですよ。」

「教師の仕事も苦労も知らない輩が、しかもガキがどんな資格を以ってなにを言っているのかね。」

「貴方が教師を語るのですか?。語るのでしたら、せめて弁解!言い訳でしょう。問題があるのに無視をして怪我をさせ、この子の心を見殺しにした貴方は、罪が一番重い。」

 民生の追及は、厳しかった。心配した詩音が民生の袖を引っ張り、たしなめている。綿井は言い逃れと脅しをしようとした。

「いいでしょう。そこまで秩序を乱すなら、学校の名誉と教育環境上の問題です。 退学を覚悟しろよ。少なくとも停学だ。」

「問題があることを認めないのですか。」

 民生は己の退学を覚悟した。たとえ犠牲になっても。しかし、まだ綿井は開き直っていた。

「だから、なにが?。」


 教室の後ろの戸が開いた。

「そこまでだ!。」

 杉野校長が苦虫を潰したような顔をして、綿井を睨みつけている。その後ろから、理事でPTA会長の青木が大声を上げた。

「圭子、あなた!。なにやっているの。机に落書きなんて。」

 杉野校長の後ろにはもう一人の人影があった。それは、七月から新評議員会議長となった岡田久史で、彼は少し驚いた顔をして教室の中を覗き込んでいる。


「綿井教諭。貴方は嘘をつきましたね。私が貴方にいじめがないかと聞いた時、貴方はいじめがないと言いましたね。」

 杉野校長は確認するように綿井教諭を問いただした。

「嘘ではないです。すこしばかり言葉が厳しい戒めをし、少しばかりいたずらをしでかしているだけです。これがいじめなんですか?。」

「綿井さん。これが戒め?。いたずら?。もし、そう思っているなら認識が甘い、ずれすぎている。その点で教師失格ではないですか。それとも、その言葉は言い逃れですか。それならば、おのれ可愛さで済ませていることになりますよね。さらに、意識的にそんな判断を積み重ねているならば、素直さがない単なる独り善がりですね。いずれにしても、あなたの言葉は教師どころか、社会人として許されないことですよ。社会人一年生とはいえ、許されません。」

 杉野は畳み掛けるように綿井を糺した。

「わかりました。考え直します。しかし、そもそもあいつらが邪魔をするのがいけないんですよ。」

 綿井は、まるで駄々をこねるようにふてくされて答えた。杉野校長は綿井の姿勢に疑問を覚え、さらに言い聞かせるように指摘した。

「あなたはもう学生ではない。彼らはあなたの生徒なのです。同レベルに立って何を言い合いしているのですか。彼らは管理者であるあなたに管理がおかしいといっているのです。真摯に向き合わなければ、ダメです。下の人たち、他の人のために考えることができないのですか。それでは、先を示すことなんかできやしない。それは先生ではない。そう…もう黙っていなさい。」

 校長は捲し立て、綿井教諭を黙らせた。

 そして、返す刀で裕子達を問い糾し始めた。

「さて、生徒会長の佐橋裕子さん、副会長の井上美希さん、書記の青木圭子さん。貴女達は何をしたのか。何をしてきたのか。」

「ちょっとだけ、いたずらしただけです。」

「机に落書きすることが?」

 圭子の母親のPTA会長もたしなめていた。

「そうよ。なぜ机に落書きなんか。」

「ふん。母親とかいうあんたに言われたくないわ。」

 圭子の反発に 母親のPTA会長は黙ってしまった。その様子を見た校長は、青木PTA会長、岡田評議員長のほか、生徒会長の佐橋裕子、副会長の井上美希、書記の青木圭子の三人、そして民生と詩音を校長室へ招いた。学校関係者や生徒会役員、民生にとって校長室は一応馴染みのある部屋だったが、消極的な詩音にとってその類の部屋は、小学一年以来だった。その詩音のぎこちない姿に、岡田は十年ほど前に彼が校長を務めていた黒門小学校での幼い田山詩音の姿を思い出していた。

「あの子も詩音という名前だったなあ。今なら、この子と同じ歳なんだろうな。」

 岡田はそんなことを考えていた。


 さて、杉野校長は改めて問題点を指摘した。

「裕子さん達、生徒会長のメンバーであるはずの貴女達が誹謗中傷ばかりでなく、死ねという呪いの言葉を吐いたことは、とても残念なことです。」

「呪い?。そんなの、単なる悪口です。」

 それを聞いた校長は、裕子達をまるで死刑の決まった受刑者を見るような目で見つめた。その態度は少なからず裕子達を苛立たさせた。

「いいえ、死ねという言葉は、単なる悪口とは違う。昔から、人を呪わば穴二つというでしょう。その人の人格と存在とを否定したこと、その人の人格と生命とを殺すことと同じであり、自殺さえさせかねません。」

 校長の口調は穏やかだった。しかし、その声は低く垂れ込めた雲のように沈み込んでいくものだった。PTA会長は、自分の娘の酷い言われように我慢できずに、思わず反駁した。

「校長、それはいささか言い過ぎではないですか。圭子達は中傷と同じ程度のちょっとだけ厳しい言葉を投げただけですよ。」

 校長は、ここでは口を出すなと言わんばかりにPTA会長を見返した。

「いいえ、青木さん、この種の言葉は人を殺します。それに他人を蔑む際の言葉は、その人の本心の発露ですよ。」

「大袈裟すぎますよ。」

「いいえ、死ねという言葉がどんな意味だかわかりますか。いなくなれということ、しかも強制的にですよ。」

「単なる子供の喧嘩なのに。」

「だからこそです。今の時点で教えなければ人格教育はできません。」


 苛立ちを隠せなくなった裕子は校長を見ながら反論した。

「あの子は厄病神なんですよ。彼女の周りには、いつもトラブルが付きまとっています。民生の彼女が退学にされたり、刃物沙汰まであったわ。学校の外であの子の関係で変なおばさんが暴れたこともあったわ。そのおばさんは『田山詩音はどこだ』といって、この学校の正門前まで来ていたわ。多分、あの子が恨みを買うような悪いことをして逃げてきたのよ。それで、名字を辻堂に代えて逃げてきたのでしょうけれど。あの子は日の当たるところでは生きられない生活をしてきたのよ。絶対、悪人、鬼の子よ。呪われているのよ。あんな子を前にして、のんびり人格教育なんて、そんなこと言っている余裕はないわ。」

 岡田は、目の前に田山詩音という女子生徒がいたことに驚き、また辻堂という現在の名字を思い出して、詩音の身の上に複雑なことが生じていることを推察した。何も言わない岡田が頷くように首を振っていることを見た裕子は、共感を得ていると誤解したのか、大声を出していた。

「校長先生、人格教育とおっしゃいましたね。それなら、辻堂詩音さんの方がもっと必要にしていることだと思います。あの子、酷いことを言われても仕方ないですよ。だって、人の彼氏を横取りする泥棒猫なのよ。学校をやめたのぞみが言ってたわ。あの子は民生にだけ裸を見せて身体の大切なところを晒しているって。他の女の子に人気のある男子だからって、それを色仕掛けで奪い取ったくせに、さも私は被害者です、なんて顔をしている。やっぱり孤児は泥棒、育ちが悪いのよ。」

 青木PTA会長は、裕子が指摘したこと、つまり詩音が民生に肌をさらしたことがあるという事情を知って、思わず詩音と民生のほうへ振り返った。

「あなた方、そんなことを!。」

 詩音は大人までもそのような言い方をしてきたことにショックを受け、ただ首を横に振るだけだった。民生は詩音との生い立ちを説明しようとしたが言葉を選びきれなかった。杉野校長は戸惑う詩音と民生二人の様子を見たが、背後から青木会長の耳打ちを受けて民生達を改めて見つめていた。

「君達………。辻堂さんのいじめの実態はよく分かった。しかし、その原因は、上原君、君にあるということではないのか。」

 民生は自分に矛先が来ることは、全く考えていなかった。彼は戸惑い、口ごもっていた。校長は続ける。

「君をめぐる女子生徒達の諍いがこの事態を招いていることは、簡単に見てとれる。君の取り巻きだった彼女たちは、君とともに成績が良くなり、今のクラスに編入された。しかし他方で、嫉妬から辻堂さんが虐められる事態を招いている。彼女たちから見れば、辻堂さんは憎しだろうし君の裏切りも許せないだろう。辻堂さんから見れば、君に迷惑だも思っている。」

 しかし、民生は反論した。

「僕も辻堂さんもやましいことはしていません。僕が裕子さんたちをないがしろにしたことはあったとしても、それはクラブ活動のためでした。また、辻堂さんが僕に裸の胸の脇を触らせたことがあったとのぞみが糾弾していましたが、それは・・・彼女が幼い時に襲われて胸の横のわきの下にけがを負ったことがあった際に、幼馴染の僕がその部分の手当てをしたことがあったからです。それがなぜ責められなければならないのですか。」

 裕子は、二人の幼い時の出来事こそが許せなかった。

「 辻堂さんて、小学生の時から体で民生をたぶらかしていたのね。幼馴染といったわよね。民生と辻堂さんがこの学校で再会してから、あなたたち二人は何かおかしいなと思っていたのよ。小さい時からいけないことをしていたなんて。」

 民生は自分の説明が曲解されたことに怒りを感じた。

「小さい時からいけないことをしていただって?。違うよ、単に彼女の傷の手当てをしていただけだよ。」

 民生は大声を出した。詩音は、民生が周りのすべてを敵に回しかねない状況を見て取って、民生をやめさせようとした。

「上原君、もういいの。」


 しかし、裕子は突き放すように言い放った。

「どうだかね。幼馴染なんて響きはいいけど、辻堂さんは小さい時から自分の裸を見せて上原君を悪い道へ引き込んでいたのよ。親に振り向いてもらえないからって、小さい時からいけない知恵を働かせていたのよね。」

 詩音は顔を赤くしてうつむいてしまった。さらに民生はその曲解した説明に怒りを感じ、顔が赤くなった。しかし、二人の赤面を校長は違う意味にとらえていた。

「辻堂さん、あなた、昔からそんなことをして誘ってきたのですか・・・・・。だから、上原君はあなたの肌の秘密を知っていた……。」

 裕子の曲解は校長にまで伝染したように見えた。 つい先ほどまで人格教育を言っていた杉野校長は、もう民生の反論が耳に入らないようだった。彼は肌という表現にショックを受け、助けようと思った二人が不純な交際をしていたと考え、裏切られた思いが強くなっていた。

「わかりました。もうよろしいよ。生徒会の皆さん、ありがとうね。上原民生君、辻堂詩音さん、君たちの不純な交際が問題を引き起こしているのは間違いない。君達がこの学校を去らなければ、解決できないね。職員会議で相談のうえで、君たちの処分を考えることにするよ。」

 校長は力なくそう言って皆を校長室から追い出した。民生は反論しようとしたが、校長はもはや聞く耳を持たなかった。


 次の週になって、職員会議で、不純な行為を行ったという理由で民生と詩音は退学処分が決まった。そして、理事会で校長が報告し、処分が決定されることになった。しかし、その後、裕子達生徒会の働きかけによって、民生の処分は保留扱いになった。他方、詩音だけは、退学するまで自宅待機となることが決まった。詩音は文句を言うこともなく、静かに処分が公式に発っせられる日を待ち続けていた。民生は、詩音がいない間、保健室に行って保健の先生に相談したり、協力してくれた権淑香に再び協力依頼をするために探し回ったりしていた。しかし民生がいくら頑張ってみても、詩音に対する処分が発表される日は来てしまった。


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