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霹靂

 宏は車で詩音とサラの病院まで車で出かけていた。この小さな島の中であれば、少しの間ならばいつも車で出かけている。何時もは頚椎の維持治療のために通う道だった。


 詩音は、点滴の外された直後に自分の引き取った娘サラの病室を訪れた後、外へふらりと出ていた。己が自殺を図ってもなお助け出されて生きていることは、看護師達の会話から悟っていた。

 この日は宏が商談を終えてからくるらしかった。『会ってはいけない。』それだけを繰り返しながら裸足のまま病室を抜けて、海岸への道を探していた。

 西からの風が塩のかすかな匂いを含んでいる。自殺を図った時も、海は詩音を拒まなかった。この塩の香りも、詩音を包み込んでいた。詩音はその風に隠されるように、病院から消えていた。


 宏が病院の玄関前に車を止めた時、詩音がいなくなったことが分かり、病院内は大騒ぎになっていた。それを知った宏は詩音の心に、いや彼を求めている女心に戸惑ったまま、病院の内外を駆け回った。彼が病院の前庭に疲れて座り込んだ時、潮の香りが何かを教えていた。倒れこむ詩音を包む風は、宏も以前この島に行き着いた時に嗅いだ、包み込む愛だった。


 宏は林へ入り込む道の傍に、患者I.D.を示すタグをみつけた。それは詩音の身につけていたものだった。思わず、宏は駆け出していた。

 そう、あの時、山形牧師も詩音を助けてくれた。宏はふとそんなことを思い出した。


 ………………………


 民生と合気道部のメンバーたちは、風の学園のメンバーとの間で自己紹介をしたのち、山形牧師は、民生たちに深々と挨拶をして礼を言った。

「生徒さん達、この度は子供達とうちの詩音さんを助けていただき、ありがとうございました。」

 民夫の仲間達は、専ら働いたのが民生であること、それも同級生の詩音の為であったことを面白おかしく揶揄していた。

「いえいえ、僕たちは後から駆けつけただけです。」

「僕たちは単に詩音さんだと気づいただけなのに、彼は反射的に動いてました。」

「ち、ちがうよ。」

「何が違うのさ。名前だけ聞いて、何も考えずに突っ込んでいったなぁ。まるで詩音さんを守るために生まれたような顔をしていたね。」

 民生は黙ってしまった。子供達も詩音の「王子さま」が登場したことに興奮してした。詩音はずっとうつむいており、子供達の囃し立てる声にますます耳を赤くしていた。


 しかし、彼らは、早く帰宅すべきだった。夕方ちかくになり、民生達が帰るのを詩音や子供達が見送ろうとしたときだった。

 ヴォーン!ヴォンヴォン。

 威嚇するようなエンジン音を立てながら、スペクタキュラーの一団が多数、駐車場へなだれ込んできた。その一人がカズトだった。

 民生は詩音を庇うようにまた、高校生や風の学園のボランティア達は小学生達を守るように前に出ていた。

 ヴォーン!ヴォンヴォン。

 エンジン音をさらに強くがなりたてて風の学園の皆の周りをぐるぐると回った後に、特攻隊長と名乗る男が民生の前にヘルメットを脱いで、怒鳴りつけていた。

「おれは、ユウヤと言ってな、このスペクタキュラー足立支部の特攻隊長をはっているんだけどよ。てめえ、カズトを投げ飛ばしたって?。」

「そうだよ。次は手加減しないと警告したはずだ。」

「リーダー!。この野郎、生意気な奴らだぜ。少々懲らしめてやりましょうか?」

 小学生達は皆泣きだしていた。そして高校生やボランティアたちは、その恐ろしさに顔が引きつっていた。その様子を見た民生は詩音たちを後ろに下がらせた。

「僕は大人数で来られると、手加減できないよ」

「おう、そうかよ。死ねや」

 そう言って殴りかかった特攻隊長は、オートバイの上へと投げ飛ばされていた。

「こ、このやろう」

 投げ飛ばされた彼は、痛みに耐えかねたような声で悪態をついた。それと同時に、ほかの暴走族の男達もヘルメットを脱いで、民生を囲み、ほかの部員やボランティア達に迫った。その中にカズトがいた。

「よくも俺の、俺たちの邪魔をしてくれたな。お前らみんなにお礼をさせてもらうぜ。」

 カズトはそう言うと、怒り狂った様な形相で民生に掴みかかり、同時に特攻隊長も掴みかかっていた。しかし、やはり民生の投げとかわしによって、二人とも倒れてしまった。

「みんな、待てや。俺がやってやる。」

 リーダーと思しき男がボクシングのファイティングポーズをとりながら、民生に近づいて行った。

「君はムエタイをやっているのか。」

 民生は彼の体勢から、そう判断していた。その言葉に呼応するように、山形牧師は小さく独り言をつぶやいた。

「ムエタイ?」

 詩音が山形牧師の低いつぶやきを聞いた時、詩音の横にいた淑姫の顔面が、少し引きつったように見えた。

 リーダーは

「そうだよ。よくわかったね。」

 と言うと同時に、リーダーの回し蹴りが民生の頭を掠めた。その速さに民生は、目を剥いた。

「詩音さん、後ろへ下がって。隙があったら逃げて。」

「でも、子供達が……。」

 詩音は民生にすがるような目を向けて声をかけた。

「わかった。僕が突っ込むから、その間にみんなを連れて逃げて!」

「でも、上原くんはどうするの?。どうなっちゃうの?。」

「もう、ぼくのことはいいんだ」

 詩音は民生の目を見た。何を言い出しているのだろうか?。サヨナラを言っているのだろうか?。しかし、その民生を押しとどめるなにかがあった。まるで山形牧師が民生に聞かせているかのような声だった。

「貴方の心の声を聞いた。いまあなたが祈りではなく自らの武術に頼ろうとする時、あなたは呪いを受ける。あなたは詩音を失う。詩音と別れることになる。」

 民生は、詩音に捨てられることさえも覚悟していた。彼はもう詩音を振り返らなかった。しかし、民生が命を顧みずに突っ込もうとしたときだったろうか。突然、後ろから聞き覚えのない大声が響いてきた。それは今までにないような言葉遣いと目の座った山形牧師だった。

「おい、お前、まだこんなことやってんのか。」

「なんだあ、あのジジイは?。あぁ?」

 後ろの暗がりにいた山形牧師が、リーダーにかまされていた。それを見ていた淑姫は顔面を蒼白にして、首を左右に振りつつ呟いた。

「やだなぁ、私たちの育てた昔の子どもらだよ……。」

 山形牧師はゆっくり歩きながら、返事をしている。

「そうだ、汰欣タゴンジジイだよ。おめえキーボーじゃねえか?。」

「あ、あの?」

 リーダーは何かに気づいたかのように急に静かになった。山形のジジイは、大声で怒鳴り上げた。

「まだこんなことをやっているのかよ。まさか、まだ、コージのところでイキがってんじゃねえだろうな。」

 普段から決して怒らない山形牧師のドスの効いた声に、民生は勢いを削がれたように振り返り、先ほどまで怯えて泣いたり震えていた風の学園の子供達や詩音は、後ろを振り返り、目を丸くし引きつったような顔をして凍りついていた。

「や、やべぇ。」

 リーダーは固まって、その後には及び腰になっていた。山形のジジイは、彼らの中を通り過ぎ、つかつかとリーダーに近づいて彼の右耳を掴み上げた。

「この寝小便垂れが! 仕事はどうした? あぁ? 誘われても行くなよって言ってあるよなぁ」

「すんません でも、渡井さんが声をかけてくださったものですから……」

「なにぃ? なんだとぉ? コージが?。だからよぉ、オメエには『誘われても行くなよ』と言っておいたよなぁ。あぁ?。えぇ?。」

「はいい!。」

「ガキが! それから、あの蹴り上げはなんだよ。一般の人向けにやっているのか?。俺がおめえたちを赤ん坊の時から面倒見てやった結果がコレか?。情けねえな。」

 山形牧師はまだリーダーの耳を引っ張り上げて、どやしつけている。そして、声が低くなった。

「こんなことのために、俺はおめえにムエタイをさせたつもりはねぇぜ。」

 山形のジジイは携帯電話を取り出し、どこかへ静かな口調で電話をし始めた。

「あ、コージいる?。そう、元締の渡井コージをだせよ。」

 しかし、またどやしつける声が聞こえてきた。

「誰かだって?。声を聞いてわかんねえのか、こら。施設のもと汰欣タゴンジジイが電話してしてんだ、さっさと取り次げ……」

 詩音はこの恐ろしい状況に、早く相手が電話に出てくださいと願うしかなかった。それが聞こえたのか、山形のジジイの声は低くなった。

「あっ、コージか?。」

 しかし、低い静かな声はまるで嵐の前の静けさだった。

「おめえ、キーボーを誘ってねえだろうな。」

「あいつが勝手に来るんですよ。」

 言い訳の声が聞こえた途端、山形牧師は電話口から怒鳴りつけていた。

「キーボーが誘われたと言っているんだぜ。どちらが嘘を言っているのか、そっちに乗り込んではっきりさせようか?。あぁ?。」

 電話口からは、平謝りの声が漏れて聞こえてくる。

「爺様、へぇ、はい、すんません。これからはそんなことはありません。ハイ、もうそんなことはやらねえです。」

「本当だろうな。このジジイがいつでもそこへ乗り込んで確かめてやるぜ。必要とあらば、おめえの兄貴、ゴンタに電話入れるぜ。ゴンタはオメエのところより上の人と仲がいいってな?。ああぁ?」

「爺様、それだけは勘弁してください。」

「いいか、コージ。親がわりをなめるなよ。」

「はい、わかっております。」

 そう聞こえてから、電話は切れた。電話の持ち主はまだ目が怖かった。先ほどまで優しい温和な山形牧師のはずだったのに。ジジイである彼の声はまだ低音のドスが効いている。

「キーボー、それからお前ら。誰に対して何やらかしたか、わかってんのか?。ええ?。」

 キーボーと呼ばれたリーダーは、平身低頭していた。それでも山形は態度を緩めなかった。

「ダンマリで済むと思っているのかよ。申し開きはねえのか?。態度によっちゃあ容赦しねえからな」

 他のメンバーたちも山形のジジイの眼光を避けるように、下を向いたまま、冷や汗をながしていた。


 しばらくだってから、山形のジジイはようやく態度を軟化させた。

「もういいぜ。早く行け。まじめに働けよ。」

 山形のジジイは、やっと山形牧師に戻った。そして、スペクタキュラーのメンバーたちは、ジジイと言われた山形牧師の前からバイクで走り去った。ほかの男達もそれに続いていく。その際リーダーはカズトに吐き捨てるように宣言した。

「おい、カズト。俺たちはもう、おめえと関係ねえからな」


 こうして暴走族やカズトたちは立ち去り、静けさが戻った。しばらくして生気を取り戻した子供達は恐る恐る声を出していた。

「園長先生、怖いねえ。」

「そうかい?。」

 山形牧師は何事もなかったようにおどけた顔をして返事をした。

「この学園に来る前は、足立の乳児院にいたんだよ。まさか、こんなところで会うとはな。まあ、もう心配ないよ。」

 山形牧師牧師はあくまでも涼しい顔をしていた。まるで先ほどのことが普通のことであるかのように。


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