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待降 その二

 無人の岩浜に雪。女を守るように降り続けている。岩場に係留したヨットがガタピシ騒ぐ。しかし、女は身じろぎしない。満ち潮で船底や砂利を脅かし始めた波。それを一瞥しつつも、女は沖を凝視している。誰を待っているのか。


 詩音がここへ来て数ヶ月。詩音の待ち焦がれるものは、まだ見いだせていない。島のあちこちが待つものは、詩音の愛とは異なる色。白に縁取られたアドベントだった。彼女が飛び出てきた家では、幼子の呼び込む光の風と淑香や淑姫が語るノエルとが、彼女と宏とをくすぐっていたはずだった。ただ、詩音は戸惑ったのだ。子供の歓声、共鳴する歓喜、いっぱいいっぱいの笑顔。目眩と戸惑いに自らを沿わせられなかった。


 後ろから、宏がよんだ。

「どうしたの?。」

 その声だけでも、詩音には十分だった。振り返れば、宏の笑顔。

「どこかへ行きたくなったの?。」

 詩音は満たされることを望んだ。それは幼い頃の数少ない経験と同じ匂いがするはずだった。


「この島の潮風は人の心に優しい。寂しくなったらいつでも来ていいよ。」

「うん、もう、私は誰も愛さない、あなただけ。」

「でも、君は、また東京へ帰って行くさ。そして、また誰かを愛するはずさ。」

「そんなことは…………。」

「いや、そうするさ。なぜなら、僕がここの潮風を君の心に送り続けるから。それならまたやり直せるだろ?。」

「貴方はまだわかってくれない……。」

 宏は、彼が育て上げた詩音に独立した強さを求めていた。しかし、宏は知らなかった。詩音は自分が求めていることをうまく説明できなかった。


 詩音は口ごもる。無条件に包み込む宏の眼差し。詩音は身を委ね、目を瞑った。詩音の誤解?。宏が男として詩音を愛して、そばで強く守り続けてくれるかもしれないと。生前の民生のように。

 それを、まだ宏は分かっていない。


 ………………………


 もう決定事項なのか。いや、まだ間に合う?。たとえこの身に処断を受けようとも、詩音の処分を撤回させる……。民夫は自分を追い詰めていた。

 退学処分はわかりきったことだった。夏休みの騒ぎと、綱紀違反、退学処分。詩音は、巻き込まれた民夫の処分の方が心配だった。


 二学期を前にして、学園理事会は綿井教諭の退職と詩音の退学処分を一括で承認した。異常な迅速さだった。学校事務局が何かを急がせていた。承認事項はその日午後には学園評議会へと上奏された。同時に評議会の意向で詩音本人を呼び出して申し渡すことになった。綿井はすでに担任を外されており、詩音は綿井の代わりに学校事務局の「岡田さん」によって自宅から呼び出されていた。


「今頃になって申し渡し?。」

 詩音は、少し戸惑いを感じていた。二学期になれば通うこともないであろう通学路。夏日に照らされた学び舎。彼女の心の中は、言い渡される心の重さの他に民生への心配が渦巻き、足元が重かった。ヒグラシが校内と隣接する森林に響いていた。夏の終わりは、詩音の学園生活の終わりでもあった。


 詩音は、事務棟の小さな控え室に呼び出されていた。灰色とマルーンの事務棟。パイプ椅子。強張った身体が痛い。何故、向かいには民夫がいるのか。二人は、緊張のために互いにうなずきあうだけで、掛け合う言葉を失っていた。


 この事務棟で理事会が行われる。理事会は学園の財務、執行、寄付行為などの決定機関。杉野校長やPTAや後援会、学園コミッショナー(理事長)の血縁などが理事として集められていた。その理事会の上には、評議会つまりコミッショナーの直属兼最高チェック機関がある。詩音たちが呼び出された日は、ちょうど評議会が午後に開催される日でもあった。


 評議会が始まった。岡田新議長は、納得していなかった。綿井教諭の指導。民生たちの一連の言動。校長の変節。理事会の拙速な処分。岡田は校長をすっかり見損なっていた。

「あの日、校長室でやり取りしていた内容からすると、上原という男子生徒は一応反論していた。しかし、処分対象の辻堂詩音という子には自ら申し開きをしようとせず、また反論の機会も十分にも与えてないような気がする。彼女は辻堂悦子先生のお孫さんだろ?。詩音さんとは黒門小学校以来の再会だ。彼女は学年一番の成績で寡黙、それに自分のことなのに言い返さないし、申しひらきもしない。彼女は転校した後に、おそらくは家庭に問題があって色々苦労したのかな。調べてみたいな。まあ、このことは、私しか知らないことだが。しかし、このまま退学にしたら、辻堂先生が何を言いだすか、わからんからなあ。」

 学校事務局は、既に綿井教諭の退職の報告が終わったところだった。

「えー、次に不純な交際に係る女子生徒一名の退学処分についての了承案件です。」

 評議会では、辻堂詩音の退学処分について理事会決定の了承を求めているところだった。

「生徒氏名、辻堂詩音についての退学処分の件です。この者は、夏休みになったばかりの学園校内において、男子生徒に不純異性交際を意図して働きかけを行い、不要な騒動を学園内に惹起した一件です。当生徒には職員会議にて退学処分が決定され、学園理事会においても承認されたところです。評議会におかれましては、この報告を認めていただければ結構でございます。岡田評議会議長、よろしくお願い申し上げます。」

「杉野校長、ありがとうございます。一つ質問なのですが、この処分の原因となった事件の詳細はどんなものなのでしょうか。」

 杉野は評議会議長の急な質問に驚いていた。通常ならば、外部関係者による評議会で、理事会の検討結果に質問などをしてくることは、今までなかったことだった。しかし、評議会議長があの時、事件の現場に居合わせていたことを、杉野は今思い出した。

「岡田議長、これは既に理事会で決定された事項ですよ。詳細な説明は必要ないのではないでしょうか?」

 杉野が岡田を少々煙たがり始めている事が、このやり取りでも見て取れる。しかし、岡田は意に介さない。

「杉野さん、あの事件の時、私も現場にいたことをお忘れでしたか?。」

 杉野は、反論して食い下がった。

「岡田さん、あの時現場にいたならば、あの男子生徒が騒ぎを起こした経緯をご存知ですよね。その騒ぎの元となったのは、当該女子生徒だったんですよ。」

  「わかりました。 詳細な説明が今できないのなら、休会にしましょう。一時間後に再開します。」 


 岡田は現場での杉野校長の変節を目の前にしていただけに、簡単に済ますつもりはなかった。全てを諦めた詩音の眼、民夫の正義感、現場でのやり取り。それらを思い出しながら、岡田は隣の控え室へ入っていった。そこに隣の評議会室の議論におびえている詩音と意気込む民生の姿を見出した。


「ええと、辻堂さんですね。」

 岡田は戸惑いながら詩音に話しかけていた。

「はい。」

 屠殺場を前にした子羊。引き戻そうとする子供。詩音は口数が少なく、民夫は諦めていない。

「あの日に私も現場にいましたが、覚えていますか。」

 詩音は怯えながら岡田の方へ目を上げた。確かに彼はいたのかもしれなかった。


 岡田のところへちょうど権淑姫が訪ねてきた。廊下から事務局員が岡田を呼び出していた。

「岡田評議会議長、お客様です。応接室へどうぞ。」

 岡田は戸惑いながら客を迎えた。

「失礼いたします。啓迪興信所の権淑姫と申します。ご連絡ありがとうございました。ご要望の件の調査について・・・・。」

「あ?。何の連絡を差し上げたかな?。興信所?、調査?、誰の?。うん、あのー君はあの時、2Dの教室に居てた?。あれ、途中でいなくなったよね。」

「いえ、私は本日初めてお伺いします。」

「そうかい?」

「岡田様、早速ご依頼の事項の調査の件でまいりました。」

「なんだあ?。何を頼んだかね?。」

「確か、『辻堂詩音さんが転校した後に、おそらくは家庭に問題があって色々苦労した』とおっしゃっていましたよね。」

「何故、そんなことを。さっきの評議会中の独り言だったのに。」

「いえ、確かに承ってございます。」

「不思議な人だねえ。発注した記憶がないのだが。しかし、今は調査してほしいことがあるので、まあいいでしょう。お願いしましょう。」

「それでは、調査の報告をいたします。」

「いつまでに調査してくれるのかい。」

「今報告します、と申し上げているのですが。」

「お願いをこれからするのに・・・・・。こちらの知りたいことをまだ伝えていないのに、どうして知りたいことがわかっているんだい?。知りたいことは、いろいろあるんだよ。」

 淑姫は、岡田久史に、詩音の今までの歩みをつぶさに報告した。

「わかった。ありがとう。こちらの知りたいことまで・・・・細かいことまで調べてある・・・・・。」

 岡田はそう言って考え込んだ。ひそめた眉。目を上げると反対側は無人。岡田は、ぶつくさ言いながら、詩音と民生のいる室へ戻つた。

「後で、評議会の場にあなたを呼び入れるかもしれません。ここでしばらく待っていてくれませんか。」

 そういって、岡田は会場へ戻った。


「さて、みなさんお戻りでしょうか。それでは評議会を再開します。・・・・先ほど、私が当日の現場にいたこと、詳細な説明がこの場で必要なことをご指摘しました。其の詳細な説明をしていただくことが必要だと思って休会にしたところです。杉野校長、今ご紹介いただけませんか。」

「議長、あなたも現場にいたのであれば、詳細な説明は不要なのではないですか。」

「私は知っていますが、ほかの皆さんに知ってもらうことも重要だと思っているのです。あなたの口から説明してもらうことも重要です。なぜなら、あなたはその現場にいて現場を指導し、しかも変節している。そのことを私は問題にしているのです。」

「しかし、これはすでに理事会で決定されたことです。決定された事項ですよ。 」

「確かにそうです。しかし、その表面的なことだけで処分を判断するのは拙速にすぎませんか。現実には、最初に彼女がいじめの被害者であったことに関して追及されていたのではありませんか。」

「お言葉ですが、この事案はいじめというより、彼女に対する戒めと解釈すべきではないかと今は考えている次第です。」

「『今は』?。そして、解釈が入る余地がある曖昧な事実認定になっているのですか?。それで、このような厳しい判断を下すのですか。しかも、当人の弁明の機会は与えたのですか。あの場では男子生徒に反論の機会はあったにしても、彼女は口を開く機会はなかったはずです。」

「やれやれ、なぜそんなにこだわるのですか。たかが不良の女ですよ。」

「校長、そんな認識を持っているのですか。そのような見方を人は偏見と呼ぶのですが……。あなたは、あの時私の目の前で、最初はこの女生徒を攻撃していた生徒会役員達や綿井教諭に対して、人格教育の旗を掲げて言い聞かせていたはずではなかったのですか。それが途中から女生徒と庇っていた男子生徒をなじるようになった。おかしいじゃありませんか。」

「確かに、最初は人格教育の面から叱っていました。しかし、綿井教諭が処分を受けたことで虐めたとされる側は処分を受けています。それ以上に不純異性交際をしていることは許してはならないのです。」

「周りの言っていたことに影響され、まるで急に嫉妬に駆られたように見えましたがね。まあいいでしょう。ここで当人に入ってもらいます。」

「待ってください。どんな権限でそんなことをするのですか。」

「議長として。」

 岡田は短く言いながら、校長を一瞥した。議長を背にして立つ詩音と民生。あっけにとられた校長。会場は静まり返った。


「評議会議長として、本人たちに少しばかり質問をしてみましょう。」

 詩音はあまり話さなかったが、民生は幼い時から彼女が受けていた虐待の一連の事実を報告していた。

「いかがですか。校長。彼らは正直に話していることですし、この件はここにある興信所の調査でもはっきりしているところです。」

「なんで………。」

 校長は混乱したまま座り込んだ。


「さて、校長先生。それから、皆さん。生徒さんのことだから、この件は少し慎重に進めましょう。校長、後日‬私はコミッショナーのところへ参りましょう。」

 このようにして、詩音の処分は上部組織である評議会で了承されることはなく、最終的な決定は延期されることになった。

 一連の評議会議事が終わった後で、岡田は執務室へ詩音と民生を呼び入れた。評議会議長の執務室は、常勤の職員用ではないため、先程の評議会室の隣に小さく設けられていた。八畳ほどの部屋に簡単な机と袖机。壁にはあまり馴染みのない額。詩音が学校の偉い人の部屋に入るのは、小学校以来だった。

「辻堂さん、ご無沙汰しています。私のことを覚えていますか。黒門小学校の時の校長ですが…」

 それは詩音にとって驚きだった。


 岡田は、そのままコミッショナー室へと足を向けた。そこには車椅子の老人山形勇助がいた。彼は、痛風を長く患い、この数年、ほとんど外に出ることはない。

「コミッショナー、お話が。」

 彼は調査結果をそのまま伝えた。窓の眼下に雑木林、秋色の空に響くヒグラシ、空気はあくまで澄んでいた。


「それで上原君は、どうしたいのかね?」

「彼は辻堂さんを無実だと言っています。復学と名誉回復だろう、と存じます。」

「そうだろうな。しかし、辻堂さんにとってこの学校に来ても、針の筵だろう。さて、………。」

 報告書には若い娘の身の上が載っていた。実母によるネグレクトと傷害未遂、血の繋がらない父、孤独と虐めの学園生活。受け身のまま耐え続ける少女。祖父の名は……。それだけでも、勇助の目を引いた。さらに……その報告書には、袂を分かった息子の名があった。風の学園の牧師、勇助は独りごちた。

「辻堂君の孫、それがあの親不孝の牧師のところから来たのか?。」

 他方、学園内の部下達、被害者には理不尽な学園内の事情…。結局は退学して行かざるを得ない現実………。


 漸くして、勇助は一つの答えをだした。

「辻堂詩音さんを此処へ。明後日の始業式には、私も出ようかね。」


 その日は、2学期の始まる始業式の日であった。体育館には、全校生徒が集められ、新しい学期を迎える緊張感と独特の倦怠感とが渦巻いていた。

 壇上には、校長、副校長、学年主任のほか、綿井と新任の教諭。生徒の座っている側では、様々な言葉。

「なんで辞めるか知っているか?。」

「あいつ、まだ教師になって一年ぐらいだろ?。」

「女生徒に手を出したって?。」

「そういえば、辻堂さんが退学することと関係があるの?。妊娠させたとか?。」

「あの学年一番の彼女か?。あのおとなしい美人の子が?。退学か?。」

「一学期が終わった夏休みに、2Dで騒動があったんだってよ。」

「いじめへの反発で、辻堂さんの彼氏が綿井とぶつかったんだってよ。」

「へえ?。いじめは綿井がしていたのか?。」

「いや、いじめは2Dの女子たちらしいぜ。」

「あそこには、生徒会長たちがいるだろ?。活発で口の達者な彼女たちが黙っているわけがないぜ?」

「その生徒会長がいじめの中心らしいぜ。」

「なんだよ、それ。それじゃだれもかないっこないぜ。生徒会役員の青木圭子の母親はPTA会長だっていうし。」

「2Dの奴らは何していたんだよ。辻堂さん一人をみんなでいじめていたのかよ。」

「辻堂さんて、おとなしい女の子だよな。一方的にやられていたのかもなあ。」

「彼女、可憐だったからなあ。」

「反発した彼氏って誰だよ?。」

「上原だよ。合気道部の。」

「あいつかよ。辻堂の彼氏だったのか?。知らなかったなあ。」

「上原の彼女って、遠藤のぞみじゃなかったのかよ。」

「あの女か?。学校をやめたって話だぜ。」

「なんで?。」

「わからねえ。聞いた話では、昨年、上原と遠藤の兄貴とがけんかをしたとか言われているぜ。」

 会場は、いつになく騒がしくなっていた。飛び交う言葉の端端に「辻堂」「上原」「綿井」。その言葉を耳に聞いた教師達、戸惑う学年主任、苦虫を潰した校長。彼は開始時間を少し早めることにし、学年主任を壇上に立たせて生徒たちに静粛を命じた。

「皆さん、少し早いですが、これから始業式を始めます。」


 なかなか静粛さは得られなかった。民生のいる2Fは、虐めへの反発、詩音への同情、民生への応援、悪を追及する声。それらが渦の中心だった。他方、2Dでは、生徒会役員を輩出した優越感、それゆえの過剰な反発、生徒会役員への応援、他クラスとの言い争い。これらが渦巻き、騒ぎを増長していた。

 次第に全体は静粛な雰囲気となった。それは、綿井があいさつに立ったこともあったのだろう。

「綿井です。この場を借りて、お別れの言葉を述べさせていただきます……。」


 一瞬、語りが止まった。生徒達は何かしらを期待した。やめた経緯、やり取りの一部、詩音や民生への謝罪、校長達への反発………。

「私は一身上の都合のためにやめることになりました。その理由は・・・・、教育に自信が持てなくなったからです。」

 綿井は校長に一瞥を投げた。ぶつかる目線。前のほうに座る生徒たちの目。それらは何かが事件として起きて、それが処分を招き、その一環として綿井が辞めることになったことを物語っていた。しかし、校長はそれを無視するようにして、壇上に進み、言葉を発した。

「みなさん、おはようございます。今日は残念なお話をしなければなりません。それは、ある一人の生徒の退学処分です。」

 生徒たちはざわつき始めていた。しかし、そのざわつきは次の瞬間に歓声に変わっていた。それは、上手に現れたこの学園のオーナーであるコミッショナーとその後ろに続く辻堂詩音の姿だった。

「校長先生。ここでわざわざ処分を発表する必要はあったのですか。通常のように、目立たない形で発表すればよかったものを。」

 しかし、下手側に座っていた校長と綿井教諭は鋭い視線を詩音の上に注いでいた。コミッショナーはその視線から詩音を守るようにかばいつつ、演壇の前に車椅子を止めた。立った。校長は立ち上がろうとしたが、PTA会長の青木にするどく制止されて座ったまま固まっていた。そして、コミッショナーが手を挙げると同時に、会場は静寂に戻っていた。

「皆さん、おはようございます。残念なお話ではなく、一人の女性の旅立ちをここで報告させていただきたい。それは、ここにいる辻堂詩音さんのことです。」

 コミッショナーは、この学校を去る詩音に姉妹校への編入と特待生適用を皆に報告した。その後に、舞台を睨みながら一言を言った。

「気にいらないという人はいるのかね。」

 綿井教諭は横を向いてしまい、校長はコミッショナーを睨んでいた。しかし、PTA会長青木会長の制止を受けて黙ったまま動かなかった。生徒たちは、歓声を上げる者、抗議をする者たちの怒号と拍手で騒然となっていた。

「もう一度言いますが、気にいらないという人はいるのですかね。」

 その声は小さかったが、すぐに皆静かになった。青木会長が慌てて手で静かにするように皆にゼスチヤしたからだった。静まり返った一同を前にコミッショナーはおずおずと言葉を続けた。


「皆さん………。彼女は未来の一点を見続けて、今までも努力してきました。今後も努力を続けるそうです。ご存知のように彼女の成績は学年中いちばんです。したがって、君たちの学年の中で一番医学部に近いことになる。また、剣道でもみなさんご存知の通りです。しかし、一度このような騒動が起きてしまったからには、彼女がこの環境下で修練を進めることが難しい。そこで、彼女は自ら退学することを望んだのです。彼女は、これからはこの学園の生徒ではなくなりますが、それでも立派な生徒さんだったと私は確信しています。皆さん、拍手を持って送り出してあげてください。」


 歓声の中、詩音はこの学園から去っていった。




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