勇者の力
国王室から出た凛々は真っ先に、運ばれたテリアがいる医務室に向かった。
「すみません、早芽凛々です。テリアさんの様子はどうですか」
「一向に良い方向には向かいません…。このままだと、最悪の事態も考えられるでしょう…」
(やはり、女性の徴兵はいけなかったようね…。女の子の日というのも有り得るし…)
「治すことは出来なくても、少しでも症状を楽にする方法はあります」
凛々は、医師にそう告げた。
「な、なんですか?医者の私でもできないことが、なぜあなたに…?」
「まあ、見ていてくださいよ。…成功するかは、分かりませんが…」
そう言い、凛々は腰に差していた巨大な剣を、ベッドの上で苦しんでいるテリアに向けた。
「楽にするって…そういう事なんですか!?」
(勇者の力が使えるなら…)
剣を持つ手に力を込めると、剣が輝きだし、テリアに光の粒子が流れていった。
「な、なんだこれは…」
「これで多分大丈夫です。念のため、起きるまではここにいさせてあげてください」
「分かり…ました」
(これでいいんだよね…)
勇者の力が本当に人間を治癒させることが出来るのか、心配だったが、テリアを見ると、呻くことはなく、何事も無かったかのように静かに寝息を立てていた。
「では、私はこれで」
凜々はそう言い残し、医務室から出ていった。
『やあ。新しい勇者の器さん』
医務室から出て少し歩いたところで、後ろから鈴を転がすような声が聞こえてきた。
声が聞こえた方向を見ると、青年が立っていた。
「君は?訓練中じゃないの?」
と、言うよりなぜ私が勇者になったことを知っている…?それを知っているのは、私と神或、そして国王秘書官のテロルの3人のみだ。
『訓練?ああ、僕はこの国の国民ではないから、そんな物する必要が無いよ』
「!?国民じゃないのに、何故ここに…!?」
『それ以前にこの世のものでもないしね』
薄く笑いながら青年は言った。
『僕は、君に力の使い方を教えに来たんだよ』
「力の…?」
『僕の名前はアーサー・ペンドラゴン。その剣の持ち主だよ』
「アーサー王?彼は死んでいるはずだし、地球時代の人物だ。この時代にいるはずが…」
そう凜々が言うと、アーサーを名乗る青年はエクスカリバーを指さし、
『それ、僕に渡してみてよ』
「なんでですか?」
そのまま持ち逃げされる心配もある。
『はぁ。じゃあ仕方が無いね…』
納得したのかと思ったら、青年は手のひらをこちらに向けた。
青年が力を込めると、エクスカリバーが青年の方向に引っ張られていく。
「なに!?」
もちろん、凜々も抵抗する。
「くっ―――エクス…カリバァァァー!!!」
叫ぶと、剣先に光の粒子が集中していく。
「セイッ!」
粒子は青年に向け、物凄いスピードで飛んでいった。
しかし当たらなかった。彼がガラスのような透明な薄い膜を張り、防御したのだ。
『なんでそこまでして抵抗するのさ』
「これが…国を救うための…命綱だからです!」
『別に持ち逃げしたりしないよ。それに、逃げたところで数メートル離れたら持ち主のところに強制的に戻されるしね。持ち主が敵対している相手なら、の話だけどね。だから安心してよ』
「それでも…」
『はぁ…。君はゲームのチュートリアルは飛ばす人かい?』
急に何の話だ?
『君がやったことの無いゲームをやろうとするとしよう。そのゲームは人がやっているのを少し見ただけ。それでやり方がわかるというのかい?もちろん、人に聞くという選択肢は無いよ』
「やっていくうちに理解出来ますよ。それより、ゲームは試行錯誤するのがいいんじゃないんですか?」
『じゃ、いいや。僕は帰るよ。僕だって気が長いほうじゃない。わざわざ新しい人に教えてやる義理もないし』
青年は今までとはうって変わり、冷たい眼で凜々を見ていた。
『君が国を救う気が無いということが、とても良くわかったよ。じゃあね』
青年は徐々に薄くなり、やがて消えた。
「私が国を救う気が無いですって?」
「どなたと話しておられたんです?」
青年が消え去り、凛々が呟いていると背後から女性の声が聞こえてきた。
「エスターライヒ。別に誰ってほどじゃないですよ。アーサー王を名乗る青年がいたから、少し話していただけです。なんかこの力の使い方を教えてやるとかなんとか…」
「そうですか。不思議な方がいたものですね」
無表情で言うから、関心があるのかないのか分からない…。
「っと、わたくしはこんな話をしに来たのではないんでした」
そう言うと、エスターライヒは腰のポケットから紙を出し、
「早芽凛々様。国王陛下がお呼びです。至急国王室に参上してください」
棒読み。無表情。カンペをガッツリ隠さずに見てる。この人が国王秘書官で大丈夫なのか?
「ま、そこまで急がなくても多分ダイジョブですけどね」
「昔からそうですよね、エスターライヒは。関心のないことには無表情になるし、どうでも良いことには棒読みで言う」
凛々とエスターライヒは生まれた時から一緒の、いわゆる幼馴染みだ。親が皇族か従者かの違いでしかない。
「まぁ、仕方ないですよ。この仕事も実際めんどくさいですし。凛々のように教官でもやりたいです」
考えるより、体を動かしていた方が集中できる人間だ。血気盛ん…と言うのだろうか。
「そういうこと公の場で言わない方がいいんじゃないんですか?国王の耳に入ったらクビだって有り得ますよ」
「大丈夫ですよ。誰も聞いてませんし」
「私の御先祖様の故郷のことわざに『壁に耳あり障子に目あり』って言うのがあるそうですよ。誰がどこで聞いてるかわかんないよって意味らしいです」
「はいはい、小言はもういいですよ。早く行ってください。わたくしも着いて行きますから」
悪い癖が出た。子どもの頃から、説教や学校の授業ですらめんどくさいって理由ですぐに飽きてしまう癖があった。
(そのくせ、頭は私より良いんですから、おかしいな話ですよね…)
才能がある人は羨ましいな…。
「凛々にだって才能はあるはずですよ。勇者の力を扱えるのは才能だと思いますし」
無意識に声に出ていたらしい。
「それは…そういった血筋だからですよ」
「では、訓練兵たちにあれほど近くで接することが出来ているのは凛々だけです」
「それも、彼らがそうやって優しく接してくれるからです…」
そう言うと、エスターライヒは相変わらず無表情だが、無表情なりの呆れた顔で言い放った。
「恐い教官だったら、そんな感じに接することは無いです。あなたの人相、そして生徒への愛があるからこそです」
「そう…ですかね」
「そうですとも。そして、そんなあなたに国王さまからの通達があります」
なるほど、それを言うために来たのか。目的は早く済ませてほしいものだが…。
「『日が沈むまでに国王室に来い。さもなくば勇者の座を剥奪する』。脅しみたいですね」
抑揚なし、無表情、カンペがっつり。ホントに大丈夫か?
「それホントに国王が言ってたの?」
「疑ってんですか?ならこれ見てくださいよ」
死んだ目でこちらを見、手に持ったカンペを差し出してきた。
それを手に取り、見てみると、
『日没までに参上願う。都合が合わなければそれでも良いが、その場合エスターライヒが言ったことに従ってもらうことになろう』
と、書いてあった。
「勇者の座を剥奪ってあなたが考えたこと?」
「さあ、どうでしょうね。仮に私が考えたことだとしたら、それは脅しにすぎませんから、気にしなくて良いと思いますよ。凛々が勇者じゃなくなってもわたくしにはメリットがないどころか、デメリットしかありませんから」
「そうですよね。それに、そこについて議論していても時間の無駄になりますね。それじゃあ、行きましょうか」
そういった時だった。城の窓が白く光り輝いたかと思うと、轟音とともにそれらが一気に割れ、破片が床に飛び散った。
「な、なんです!?」
『答えてやろう』
凛々が疑問の言葉を口にすると、男の飄々とした声が聞こえてきた。
誰もいない空間から。
『僕の名は愚者。陰の不死英雄の一人だ』