勇者
私の名は早芽凛々。地球がカムクラになる時に活躍した、5人の【不死英雄】のうちの1人、『勇者』の子孫。キュヴェイル王国で兵士の養成を行っている。
「ハヤメ教官」
皆が訓練しているところを歩いていると、青年に話しかけられた。
「カイルくん。どうしたの」
「最近、仲間の兵士のやる気がないように見えます。何かあったのでしょうか」
あたりを見回すと、しっかりと訓練している者もいるが、訓練用の剣の振りに力がこもっていないように見える者もいる。
「さて、家族が恋しくなったかな。徴兵は3年続くからね。彼らは2年目の人たちでしょ」
「そう、ですね…。僕も少し家族が恋しくなってきた頃です」
この訓練部屋にいる30人の青年たちは皆、1年前に徴兵された者だ。もちろん、30人だけではない。学校のクラス編成のように大人数を細かく分け、それぞれのクラスに配属させている。15クラスくらいあったかな。
「だけど、家族が恋しくなったといって手を抜くのはいけないよ。私が上に報告すれば、徴兵期が延びるかもしれないからね」
「えぇ!?本当ですか」
「ふふふ。君たち次第だよ。さ、あと2分で休憩だ。君も手を抜かない」
はい!そう勇ましい元気な返事が聞こえた。こういう「生徒」は育てがいがある。
(さて、本当にどうしたかな…。毎日のように訓練があるから疲れちゃったかな?でも、それにしては…)
我々の国の対抗勢力にシャマナ帝国というものがある。そこは魔導の技術が発達している。
(シャマナの魔導が発動して、彼らの士気を低下させているのなら…マズイな)
ドサッ……。
凛々が通った隣で1人の女子が倒れた。
「大丈夫!?」
触れると、かなりの高熱で、口から吐血している。
「カイルくん!救護班を呼んできて!今すぐ!」
「は、はい!」
カイルが駆け出し、ドアを開け放った。
「ユマナさん!クヴィアさん!水を持ってきて、大量に!」
「分かりました!」
2人の女子も駆けていった。
「テリアさん、大丈夫?」
「うぅ…。あ…」
大丈夫ではなさそうだ。
「救護班、到着しました!」
帰ってきたカイルがそう叫んだ。
「お願いします」
テリアは担架に乗せられ、運ばれていった。
(士気が低下しているのに、何か関係があるのかしら…。彼女もやる気が著しく低下していた人の1人だよね)
「早芽凛々教官。国王がお呼びです。至急、国王室へ行ってください」
国王の秘書官、テロル・エスターライヒがそう告げた。
「分かりました」
国王室の前についた。大きな扉がある。この向こうには国王…私の祖父がいる。
「失礼致します。国王、用件は何でしょう」
「凛々。君のところで1人倒れたそうじゃないか。どんなに厳しい訓練をやっていたんだね?」
「至って普通です。他のクラスと同じ内容をやっています」
そう報告すると、国王は大きく口を開け、笑った。
「ハッハッハ!冗談だよ。凛々がしっかりとやっていることは知っている。なにせ、この国の教官の中で最も兵士想いの教官だからな」
「なら、なぜ呼び出したんです?冗談をいうためじゃないでしょう?」
そう言うと、国王は真面目な顔になり、私をその鋭い眼で見た。
「凛々の「生徒」が倒れたのは、帝国の攻撃だ。というのは気がついているかね?」
「ええ。なんとなくでしたが、そんな気はしていました」
「これは、帝国から我々への宣戦布告ととって良いだろう」
(宣戦布告…。そうとも限らないんじゃないかな。もしかしたら威嚇ということもあり得るだろうし、新しい魔法を使えるようになったから、試しうちをしてみようとかも十二分にありえるよね)
「そこで、いつなんどき奴らが攻めてきても良いように、君にこれを授けようと思うよ」
国王は立ち上がり、壁のある場所を軽く押した。
すると、20cm四方の電子パネルが出てきた。それはどうやらパスワードを打つための装置らしい。
「さあ、凛々。このパスワードを解いてみなさい。パスワードはすべてアルファベット。9つだ。ヒントは我々に関係する言葉。分からなければ、持つ資格はないということになる」
「分かりました。私も知っている言葉なんですよね?」
「そりゃそうだ。そうじゃなきゃこんなことはしないよ」
そうだよね。9つのアルファベットか…。『HayameRiri』は10字…。この国の名である『Cuveille』は8字…。9字ってなんだ?ヒントは我々…。
「そのヒントって、私たちの一族だけじゃないんですか?」
「大ヒントになりそうだが…。まあいい。そうだな。他にもいる」
『einherjar』エインフェリア。
ちょうど9字で我々、他にもいるの条件を満たしている。
早速打ち込む。
打ち込み終わると、青かった画面が緑色に変わり、successの文字が出てきた。
「お見事。よく思いついたな」
「ヒントがあれだけあれば気づきますよ。で、私に授けるものって何ですか?」
「着いてきなさい」
電子パネルの左側に通路が出現し亭た。
中に入ると、そこは暗く、ほとんど何も見えなかった。明かりは壁や床で浅葱色に光っているものしかない。それも、凛々たちがいま進んでいる方向に流れていくので、明かりの役目はほぼ果たしていない。
しばらくすると、扉が見えてきた。
国王がそれを開けると、巨大な円卓がまず目に入った。ここも通路のように薄暗い。
「これは…」
「ここは、キュヴェイル王国側の各国との会議施設。円卓があるから、我々は円卓会議と呼んでいるよ」
「円卓会議…」
「さ、ここが我がキュヴェイル王国の席だ。そこに座って、右の肘置きのパネルに先ほどのパスワードを入力するんだ。そうすれば、私が渡したい物が出てくるよ」
『einherjar』
そう打ち込み、決定すると、円卓が輝き出した。
「!なにが…!」
輝きが収まると、卓上に巨大な剣が現れた。
「これは…!」
「伝承の聖剣。地球時代からのものだ。名はエクスカリバー。アーサーという、とある国の王だった者の剣だよ」
「これ、『勇者』の…」
見たことがあると思ったら…。父が扱っていたのを見たことがあった。その父は戦争で死んでしまったが…。
「こんな所にあったんですね」
「ああ。私の息子…凛々の父親が死んだあと、ここに保管していた。私も年だし、凜々はまだ渡すに値しないような年齢だった。しかし、帝国が攻めてくる予兆がある。そこで凜々に渡そうと踏み切ったわけだよ。さ、それを手にしなさい」
「え、届かない…」
円卓は大きいため、中心にある剣まで手が届かない。
「乗っても良いよ」
「いやでも…」
「いいんだよ。別にそこを拭けば変わらない。汚れなんぞすぐに取れる」
「そこまで言うなら…」
円卓の上に乗り、剣を手に取った。
その瞬間、足元から瘴気のようなものが出てきた。
「ッ!」
「大丈夫だ!耐えろ、耐えるんだ!それは勇者になるための儀式のようなもの。今までの勇者の人々の経験が流れてきていると思え!」
頭に色々流れ込んでくる。戦で命を落とした父の記憶、国民に愛された王の記憶、反対に国民のためにやってきたのに国民からバッシングを受けてこの剣で自害した王の記憶…。様々な人間の記憶が流れ込んでくる。普通の人なら人格崩壊するかもしれないようなレベルで、だ。
「あぁ……。うっ…!」
先程のテリアのような呻き声を発し、勇者の記憶を取り込んでいく。
しばらくした後、瘴気が消え失せ、視界が開けた。
「凜々!」
「アー…サー王…。ハガル……。ジャンヌ…。そして、我が父フィエル…。私は耐え抜き、あなたがたを取り込んだ…。この力を…正義のために…使います…」
「終わったしたようだな。凜々」
「そして、国王…いや早芽神或。私にこの国の王位を譲ってください」
「何を言っている。そしたら、私はどうなる?」
「我々早芽家は、地球時代の日本という国の子孫なのでしょう?その国には上皇というものがあったそうじゃありませんか。それは国王だった時よりも強大な力を持つこともあるそうですよ」
「凛々。お前に勇者の力を継承したのは王位を継承するためじゃない」
「じゃあ、なぜ?」
神或は目を見開き、驚いたように言った。
「なぜだと?分からないか?お前の父さんも私もそうだったように、戦場で活躍し、この国を勝利へと導くんだよ。お前は戦乙女になるんだ」
「そうですか…。そうですよね。この剣は今まで戦のために使われてきたんですものね。すみません、勘違いしてました」
「分かったなら良い。さ、戻るぞ。ここにいつまでもいるわけにはいかない」
神或がそう凛々に促し、その部屋から出ていった。
「『英雄』、『大魔導師』に続き、『勇者』までもが継承されたようだ。我々が不利になる要素が増えてきたぞ…」
『大丈夫だ。こちらも継承は進んでいる。『愚者』、『黒騎士』は既に終わっている』
〔しかし、彼らは元々あちらサイドでしょう。無理やり堕としたんだ。力が不安定になる期間はあちらより長いはずです〕
『だが、あちらは『英雄』と『大魔導師』しか一緒にいない。彼らは今現在、【光の不死英雄】を探す旅に出ている』
[なるほど、こちらは同じ場所に保管しているから継承に時間はかかるが、探す時間はかからないという事か]
〈然り。彼らがお互いを見つけ出さない限り、あちらに勝ち目はない。このカムクラは闇に堕ちる〉
「地球の悲劇の再来という事になるな」
〔楽しみですね。その時が来て彼ら人間が、我々シャマナムによって絶望落とされるのを見るのが〕
『さあ、時間だ。この会はここで解散にしよう』「〔〈[『vicit sanitatem!!!』]〉〕」
「気づいたか?アリカ」
「ああ。勇者の力が継承されたみたいだな」
「場所は、キュヴェイル王国だろうか…」
「無闇矢鱈に探すより、確実に会える方法の方がいいだろう」
「じゃあ、キュヴェイルへの道を急ぐぞ」