英雄化
ここは今、人間や犬猫といった、多様な生物が生きている『現代』が、地球の肥大化により滅び、その滅亡をとある力によって回避した人々が開拓した、地球の後身であるカムクラという星である。
そんな星のアルカナ地方に存在する、ウルロテ村。のどかな高原に存在する。アルプスの少女ハ○ジの舞台のようなところだ。
その村の上空に、黒いクルーズ船のようなものが浮いている。
「また帝国の巡回か…」
色白の少年がつぶやく。彼の名はガイン=ヴァルア。
「そうだな。巡回はあたしたちが叛逆しないかを見てるらしいけど、そんなの起こすやつ、いるか?」
一緒にいる少女が応える。彼女はアリカ=リュゲル。少年の幼なじみ。
「いない…とも言いきれないんじゃないか?この間もウアネー町で抵抗運動があったらしいじゃないか」
その抵抗運動で帝国に殺された人数は500人超。その中には、関係の無い、女子供もいたようだ。
「…帝国はやる事が下衆だ。それ以外でも、ヴィーナル市街とかオメテクイルで同じようなやつがあったじゃないか」
「ああ。そろそろ、俺も抵抗しようと考えているところだ」
「ガイン。お前はアホか。そんな力ないだろうし、あたしたちの生活は全然安定している。する必要も無いだろ」
「アリカ。前に言わなかったっけ。俺は歴史に名を刻む。そこら辺の怯える子犬でいてたまるかって」
「言った。何度も。だけど、そういう方向で歴史に刻まないでほしい」
呆れたように少女が言った。彼は、子どもの頃からずっとそれを言い続けている。
「なら、科学者にでもなれってのか?あのクソ親父のような?」
ガインの父は、超有名な科学者だ。色々な物質や現象など、幅広くモノを発見している。
「別に、科学者だけじゃない…」
「それでもッ!…兄さんのような人を…もう増やすわけにはいかないッ!」
「…それで、帝国に反乱を起こそうと?」
「ああ。ちょうど昨日、なんか不思議な感じの物を見つけたんだ」
「え、なにお前。訳の分からないもので反乱起こそうとしてんの?」
「これだよ」
ガインが黒い円筒状の物を手に取った。
「これ…なに?」
「さあ?あそこの山に登ったら、見つけたんだ」
ガインが指をさしたのは、2000メートル級の高山。ヒグマや人狼などが生息している危険な場所。
「大丈夫だったのか?あんなところ行って…」
「全然大丈夫だったよ。クマも人狼も出てこなかった」
「そうか…。なら良かった」
「よぉ、ガイン、アリカ。どした?」
話をしていると、青年が声をかけてきた。
「クソ親父…」
「おじさん」
クソ親父、おじさんと呼ばれた人物はガインの父である。名はリュエル=ヴァルア。研究のために部屋に引きこもっているため、見た目は汚っさんである。
「これ、なんだと思う?」
アリカが聞く。幼児期からの付き合いのため、家族のように接している。…まあ、アリカの場合、誰にでもタメ口をきくが。
「…へぇ、これは興味深い。どこで見つけ…。ッグ!」
それをリュエルが握った途端にリュエルが苦しみ出した。
口から血を吐き、目からも血の涙が流れている。
「おじさん!」
アリカが苦しんでいるリュエルに触れようとすると、リュエルがその手を叩いた。
「貴様じゃない。次期の英雄は、誰だ」
リュエルが首を上げると、その目の色は反転し、黒かった部分がかなり小さくなっていた。
「アリカ、下がれ。こいつはクソ親父じゃない」
「貴様か。少年」
「何を言ってんだよ。俺は英雄でもなんでもないよ」
「なら、これをあの山から持ってくることが出来た理由はなんだ。これは英雄、またはその素質がある者でないと持ち出せないものだ」
「なら、俺にはその素質があると?」
「まあ、私の次がお前のような者だというのは、いささか不満ではあるが、そうなのだろう」
私の次…。
「お前は誰だ。私の次ってことは前期の英雄なのか」
「そうだ。私はアドルフ・ヒトラー。ドイツの元首相だよ」
ドイツか…。地球の…首相って言ってたから国の名前か…?
「前期の英雄ってことは、死んでるはずだが…」
「これに宿ることで英雄以外の人間を乗っ取り、次期の英雄に力を託すのだ。だからこうして今、お前の父親を操っているのではないか」
「俺が英雄なのか…」
なぜ俺なんだ?もっといい人はいるだろうに。
「さて、貴様は英雄になる覚悟はあるのか」
「…」
「ないとは言わせないがな」
「…英雄になって、なにか悪いことは」
「強いていえば、貴様の近くで戦争が多くなることだな。この世界では日常に戦争になるような因子があるから、地球よりもさらに多くなるだろうな」
「なっ…!戦争なんて!ガイン、英雄なんてろくなもんじゃない。なるなんて言うんじゃないぞ」
しかし、これは歴史に名を刻むチャンスだ。それに、英雄ともなれば地球にも名が響き渡る。
「アリカには済まないが、英雄になるよ」
「なんで…」
「承った。貴様にこの力を授けよう。次期英雄殿」
リュエルの体を乗っ取ったヒトラーがガインに円筒状の黒い物を手渡した。
その刹那、ガインの周りを黒い気体のようなものが包んだ。
「ガイン!」
「安心しろ。それは英雄の力を継承するものだ」
アリカの後ろにいつの間にいたのか、ヒトラーがそう言った。
しばらくすると、黒い気体が弾け、ガインが姿を現した。
「!ガイン…!」
ガインの髪は黒と白に別れ、首筋から右手の先にかけて、紋様が現れていた。
「ピタゴラス…フェイヴァルク…ナポレオン…シャラスティア…信長…ヒトラー…私は卿らの力を継承した。安心しろ。悪には染まらない。私の正義を貫き通し、世を希望に導いてみせる」
「ガイン…大丈夫か」
「大丈夫だ。これで帝国を滅ぼせる。もう好きにはさせない」
そう言ったガインの目は、血のように紅く輝いていた。