勇者vs.愚者
「やあああアァァ!」
愚か者に勇者が切りかかる。
鬱蒼とした森林の中、二人は熾烈な撃ち合いをしていた。
いや、撃ち合いでは語弊があるか。凛々が攻撃を一方的に繰り出し、イカロスはそれを避け続けているというのが正確か。
「当たらないね。攻撃が単調だ。もっと工夫したらどうなんだい?」
「うるさい!」
『凛々、聞こえるか』
突如、脳内に声が響き渡った。ガインの声だ。
『少し行ったところに、渓谷がある。村では地獄に続いていると言われているものだ。それだけ深い。落ちたらもう登ってこれないらしい。そこにつき落とせれば勝ちだ』
『でも【神類】の力があれば登ってこれるんじゃないですか?』
腕を休めず質問する。
『その辺は分からない。試してみてくれ』
(試せって…)
「他力本願にも程がありますッッッ!!!」
腕と剣を分裂させ、剣技に切り替えた。
「お?なんだなんだ、なんか言われたか?アドバイスでも」
「あなたには関係ない!」
(あと50m…40、30…)
「…セャッッ!!」
タックル。イカロスは吹き飛んだ。
「何っ?!」
そのまま渓谷の方へ転がっていく。
「こ、れはまずいんじゃないか…!?」
「そのまま地獄へ落ちろ、愚か者!」
ニヤリ
イカロスはほくそ笑んだ。
「うおっっ!」
凛々はイカロスにつれて引っ張られた。
「僕が何もやらないと思うか!」
「なに…!」
その手には糸が。肉眼では見えないほど透明で細い糸。
「くっ…!」
そのままイカロスは凛々を引っ張りながら落下した。
「無駄だ。僕の糸は解けない。鋼より強い…いや、この世の何よりも強い硬度を持つ!」
落ちながら言う。
谷に落ちているため、転がっている時よりも更に引っ張られる。
「お前も道連れだ!」
「クソ!」
嘆いた直後、途端に引っ張られる感覚が失われた。
「あ、やべ…」
イカロスが糸を手放したのだ。
「えぇ…」
「いや、僕だって予想外ぃぃぃ!!」
凛々という重りがなくなったため、急速度で落ちていく。
「…さらばだ。愚か者よ…」
呆れ、憐れむ。
狡いことをするからだ。正々堂々とやってこそ、本当の勝利を掴める。
「もう見えなくなった、か」
「彼、ホントダメですよね」
振り返ると白銀の髪を持った騎士然とした青年がいた。
「正面から真っ向勝負しなきゃ」
「あなたは?」
「私はモードレッド。【陰の既死戦者】の『騎士』です」
「あなたも敵ですか」
「いえ、私は無意味に戦おうとは思いませんよ。血を見るのは苦手ですし、それを好き好んでやろうとも思いません。よって、私はあなたには敵対意識を持っていない。戦う意味は無いですよ」
「ですが…」
(敵は減らせる時に減らしておけ、とガインが言っておりましたし…)
「そんなに戦いたいならいいですけど」
「いえ、やっぱりいいです」
「賢明です」
「ところで、助けに行かなくて良いんですか?」
素朴な疑問を投げ掛ける。
「良いんですよ。彼なら、なんとして戻ってきそうですし、それに彼は『イカロス』の呪いを受けている。何とかしなくても戻ってくるでしょう」
「呪い…ですか?」
この場で出てくるとは思ってもみない…いや、まず考えすらしていなかった単語が出てきた。
「あれ?あなた方も受けているはずですよ?」
「それ、詳しく聞かせてもらえますか?」
モードレッドは微笑み、
「良いですよ。私が教授して差し上げましょう」
そう言った。