仲間討ち
「世界を…ですか…?」
ガインが放った質問の突飛さに驚いているのか、すぐに回答できなかった。
「そうです。俺たちの力はそのためにあるんだ。かつて、|地球肥大化《earth brake》の時に生まれた我々【神類】の対極敵存在を倒すために」
「【神類】…ですか?【不死英雄】じゃありませんか?」
「やはり知らなかったか…。本来の名は【神類】なんです。しかし、読みが『人類』と同じなので別の呼び名で広まったんです。まあ、【不死英雄】にも本来の意味があるんですが…」
「そうだったのか」「「そうだったんですか」」
口を揃え、アリカたち三人は驚きを表した。
「ですがしかし、それなら【不死英雄】とは一体…?」
「何ものでもない。これから説明する【既死戦士】の別名みたいなもんだ」
「【既死戦士】?」
「たとえば100人の人を俺と先ほどの軍人が殺したとする。普通の人類だと得られるものは100人の人を殺したという経験だけだが、俺たち【神類】の場合、その100人の魂が各聖遺物に取り込まれ、100倍強くなるんだ。その他にも、自分が認可した相手ならば殺した後も人として動かすことが出来る。死してなお生きる、屍兵と言ったところだな」
「じゃあ、今ここで私がエスターライヒを殺したら…」
「エスターライヒさんの力があなたの聖遺物に取り込まれ、あなたはエスターライヒさんの力を得ることが出来ます。或いは肉体はそのままに、身体能力だけ向上させることも出来るけどな」
「その、肉体はそのままの屍兵とは…?」
「ああ、殺した者…まあ、言わば「主」への叛逆心を取り除き、身体能力を莫大に増強させ、そのまま兵士として使うものだ。先ほどの魂を取り込むのが「防御」に繋がるのなら、今説明した屍兵は「攻撃」に繋がるものだ。まあ、屍兵なら盾の役割もしてくれるから、「防御」にも繋がるだろうがな」
「じゃあ、今あなたの中には曹長さんがいらっしゃるのですか」
ガインは頷いた。
「残念なことに、彼をこの場に出すことは願わない」
「殺した時に屍兵として存在させるように念じておけば…」
「ここに彼はいることになる。まあ、かさばるから必要ないが」
「人のことをかさばると言わないでください!」
凛々が糾弾した。
「おっと、いきなりどうした」
「死んでも人は人です!モノのように言わないでください!」
「死んだらモノだろ。死者が何かを語るというのか?歴史に名を刻むというのか?違うだろ。そんぐらい理解しとけよ。カムクラ背負ってんだからよ」
煽るような口調でガインが言う。
「ガイン、何言ってんだよ!」
「正論だろ?」
「倫理ってもんがあるだろ!人の心を弄ぶな!」
ガインの目からハイライトが消えた。
「なるほど、そうか。分かった。俺は人間じゃないらしい。この力を持ってからどうも空回りをする。アリカともケンカしてばかりだ」
「そんな…そこまで…」
「いいんだ。俺はバケモンだ。人の皮をかぶった、な。この会談はまた後でやりましょう。ちょっと、ダメだ。このままじゃあなた方を殺しかねない…」
「あなたが、私たちを殺すと?」
「そうだ。知ってるか?【神類】の中で最も最初に生まれたのは『英雄』らしいよ。その分、魂も多く喰らってる。魂の分だけ強くなる。…そういう事だ」
「エクスカリバー!」
凛々がガインの首筋に巨大な剣を当てた。
「斬れない、無駄だ。あなたと俺じゃ魂の量が違いすぎる。その差は5桁ほどある。とても埋められる数じゃない」
「なめてもらっちゃ困る…!私にはエスターライヒもいる。その気になればこの国の民をみんな殺し、あなたを追い越すことも出来る。あなたが私に勝てる可能性はゼロだ」
なんの張り合いだ。王女と言ってもそういった勝負心はあるのか。
「出来ないことを言わないでくれ。この国の民を殺すだと?破滅して終わりだ。お前は王サマを路頭に迷わせるつもりか」
「エスターライヒ!」
「はい!」
エスターライヒが攻撃するのかと思ったら、彼女は王女様に吸収された。
「なっ」
「【既死戦士】の事なぞ既に知っている。ああ、面白かったねぇ。お前だけが知っているかのように振る舞う姿。滑稽滑稽。腹抱えて笑いそうだったよ。これでお前に追いついた。もしかしたら追い抜いてるかも知れないな。エスターライヒは戦場で7桁位の人を殺している。【既死戦士】だったとしても、殺した人数は吸収される。即ちエスターライヒの中にも7桁の魂が宿っている。ここで少し振ればお前を殺せる。どうだ、死が間近にある恐怖は」
ふふ。ははは。アハハハハハハハ!
「いいね、良いよ。その意気だ。ほら、振れよ。殺せよ。殺めろよ。そしたら5桁が手に入る。さらにもしかしたら『英雄』の力も宿すことができるかもしれない。ほらほらほら!」
狂気だ。この空間に正気な人間はアリカ以外に存在しない。誰も彼もが狂っている。
きっと、bgmを流すとしたら、ヴェルディの「怒りの日」だろう。
「やれよ、やれないのか?俺の期待を裏切るな。裏切ったらお前…」
狂った『英雄』は王女様に向き直り、
「この国の民、俺が喰っちまうぜェ!」
ブシュ!
シュュゥゥゥ……。
ガインの首が切れ、首より上が無くなっている。
「あ、ああ。やってしまった…」
項垂れ、嘆き、笑っている。
(ガインが死んだ…?嘘だろ?王女様が殺した…。て、敵?いやいや。これから仲間になろうとした人だ。敵になんかできない)
これからどうすれば…。
「ア、アリカさん…。どうしよう、ガインさんを殺してしまいました。ああ、なんと罪深い。神は私を許さない。私怨で殺すなど一王国の王女としてあってはならないこと…。この剣で、私も死んでしまおうか…」
狂っている。狂っている。狂っている!
何なんだこれは一瞬で世界が変わってしまった。敵と戦う前に仲間討ちだと?クソじゃないか!
「いっその事、この世界を焼き払ってしまおうか……」
アリカは無意識に小声でそう言っていた。
「あたしなら出来る…。太陽の力を使えば…」
人間なんか…。
『なるほど、そう言うか』
再び灼熱の炎が現れた。
「ここは…」
見渡すと、一面黒い世界だった。
炎が燃えているが、その光はすべて暗闇に吸い込まれている。
(何も見えない…)
『安心しろ。何も見えなくても危険は無い』
(あなたは…)
『先ほども話したであろう。我が名は太陽。この名も貴様が嫌になった『人間』がつけた名だが』
(燃やし尽くす力をください)
『後悔せぬか?』
(後悔なんて…。死んだらそんな感情もなくなる)
『カムクラを焼くと?』
(そうだ)
『争いなど無い世界を?』
(そうだ)
『残念なことに、それは貴様の自己満足だ。急に訪れる世界の終わり。それも事前に予告できる。さあ、受け入れる人間が何人いるだろうか』
(でも…ガインが死んだんだ。これ以上生きていても…)
『へぇ。よく周りも見ずによく言った』
(え?)
『もう一度考え直すんだ。人間に力を簡単に渡すほど、我も安くはない。戻れ』
世界が明るくなり、元の部屋に戻ってきた。
「ガイン…」
「んだよ」
俯いてそう言うと、するはずの無い聞き慣れた声が聞こえてきた。