テロルの過去
ガインたちは応接間と思しき部屋に着いた。景観は社長室や校長室などといった、机があり、その横にソファがある感じの部屋だ。
テロルがソファに座るよう促し、ガインたちは座った。
「さて、どこから話しましょうか…。凛々と出会った頃からの方が分かりやすいかな」
「あの、凛々っていうのは…」
「ああ、この国の王女にして、【不死英雄】の『勇者』である、早芽凛々様ですよ」
『勇者』…。やはりこの国にいたか。
しかし────。
いや、この話はエスターライヒの話が終わってからにしよう。
「彼女と出会ったのはわたくしたちがこの国にある学園の初等部の時でした」
『テロル・エスターライヒです。よろしくお願いします』
わたくしは遠くの地方から引っ越してきた、転校生でした。
その時はまだ感情があったのです。
『じゃ、あそこの席に座ってくれ。君の席だ』
その席は凛々の隣の席でした。ここからずっと付き合っていくことになるとは、運命というものでしょうか。
『早芽、彼女に色々教えてやってくれ』
『分かりました。よろしくね』
『うん、よろしく』
『で、あるからして───。おい、そこの2人、話していて授業を聞いていないなら帰っていいぞ?』
国の王女であろう人間にも容赦なくいう先生でした。しかしそれでも彼は反感を買うことなく、逆に人気のある先生でした。おそらく、誰にでも平等に接することが出来る人間だったからでしょう。
『いえ、受けます。テロルちゃんがわからないところがあると言うので教えていたのです』
『そうなのか。理解が至らなかったな。申し訳ない。教えることが出来るのは授業を理解している証拠だな。みんなも早芽を見習うように』
その言葉を素直に捉えた人はその後、勉学に励みましたが、「王女だから教師は彼女を持ち上げてる」と捉えた人には歪んで捉えたようでした。
『おい早芽、ちょっとこっち来い』
放課後、男子数人が凛々に話しかけてきました。
『なにかな?ここじゃだめ?』
『ああ。いいから来い』
『凛々ちゃん。いいの?』
『ん?ああ、きっと何も無いよ』
凛々はそう言って彼らについて行きました。
(何も無いはずはない…。彼らは学園内でも有名な悪ガキども。さっきの先生の話を違った捉え方をしたのかな。それなら凛々ちゃんが危ない)
そう思ったわたくしはそっと彼らのあとをつけていきました。
『お前、王女だからって調子乗ってんなよ』
『はて。調子になんか乗っていないけど…?何かそう思われることをしたかな』
『その態度が気に食わねぇんだよ!』
大将と思われる少年が凛々に殴りかかりました。
(危ない!)
そう思うより先に、体が動いていました。
『テロルちゃん!?』
『くッ……』
『なんだお前、一緒にやられたいか!』
その後も彼は殴る蹴るをやめず、大人が見つけてくれるまでそれは続きました。
『だ、大丈夫…?』
凛々は私を心配してくれました。当時のわたくしはそれがとてもありがたいと思ったのですが、今思うとわたくしがこんなになるまで、なぜ何もしなかったんだという濁った感情になってしまいますね。
『う、うん。でもちょっとキツイかな…』
そう言ってわたくしは意識を失いました。
目覚めるとそこは見知らぬ部屋でした。
『ここは…?』
『あ、テロルちゃん。起きたんだね』
どうやらベッドで寝ていたようです。横には凛々がいました。
『凛々ちゃん。ここは?』
『私のお家だよ』
凛々の家→王女の家→王城。
『!?こ、こんな所に庶民の私を…!』
『良いのよ。怪我をしていて、意識がないと言ったらお父様、慌てて手当をしていたのよ』
『い、いやそれでも…』
『ああ、起きたかい。テロルちゃん。僕の手当が失敗していたら親御さんに顔向けできないと思っていたよ…』
部屋に飛び込んでそう言ったのは凛々の父親であり、先代の『勇者』である早芽凛或様でした。
『あの、大丈夫ですよ』
『ところで、どうして凛々をかばってあの子達の攻撃を受けていたんだい?』
『それは…。理由なんてないです。私が護りたかったから、護っただけです。前の学校でイジメが理由で自殺してしまった子がいて…。そういう子をなくしたいと心の奥底で思っているのでしょう』
『ああ、なんと素晴らしい。大人になってもその心があったら、凛々専属のガードマンになってくれないかな』
『大人になっても…ですか。…今から、はダメですか?』
『凛々、お前はいい友達を持ったな。お前のことを一番に思ってくれているよ。テロルちゃん、君がそう言ってくれるのなら、喜んで』
そこから、わたくしは凛々に従く専属のガードマンとなったのです。
「ま、待ってください。あなた、国王秘書官って言いませんでしたか」
「ええ、それ兼凛々のガードマンですよ」
怪我も回復し、凛々のガードマンとしても慣れてきたある日、街を歩いていると、とある人に声をかけられ、こう言われました。
『強くなりたいのならば、感情を殺せ。無駄なことを考えず敵を殲滅することだけを考えろ。究極を目指すならな…』
不思議な人でした。存在しているかもわからない影のような存在。見えているのに見えていないような感覚。
その言葉を実行し、今の状況になりました。
怒られても何も感じず、呆れられても何も感じず、褒められても何も感じない。
殴られても、蹴られても、刺されても斬られても、痛みを感じない。
呪術に侵されても、魔法で精神を侵されても何も起こらない。
いつしか、わたくしのことを人々は『不感』と呼ぶようになりました。
「不感…ですか。じゃあ、いまあたしが殴っても何も感じないわけですか」
「まあ、そうですね」
試しに死角から蹴ってみた。
すると、動じず、テロルは優雅にお茶を飲んでいた。
「マジかよ…」
「無駄ですよ。それに、あなたの足の骨、折れてるんじゃありませんか?」
確かに、蹴ったところを中心に折れている。
「殴られ蹴られを繰り返すうちに、丈夫に頑丈になっていって、こんな体になったようです」
自分がダメージを受けず、さらに相手にダメージを与えるとは…。
「すごい…ですね…」
「なあ、その技術、俺にも使えるか?」
二人で話していると、ガインが興味津々といった様子で話しかけてきた。
「どうでしょうか。暴行を受けることに慣れるしかないですし、慣れた結果、なるのは感情の無い人間ですよ」
「そうか…。その、あんたに話しかけてきたという人の話には同意できるが、自分がなりたいかと言われても、すすんでなりたいとは思わないな…。残念だ…」
感情を殺して手に入るものは力のみ。人間関係も悪くするだろうし、何より危険が多すぎる。痛みを感じないということは致死のダメージを受けても生存本能がはたらかないということだ。ゆえに自殺と同義同列。俺はそうまでして元の力を強くしようとは思わないが…。
「エスターライヒさん。あなたとなら、良い友達になれそうだ」
(ガインが他人にさん付けした?やっぱり力がある人は好きなんだ)
「そうですか。友人は少ないので、そう言っていただけると嬉しいです」
エスターライヒは感情がないなりに笑おうとした。ぎこちない笑みになったが。『不感』になっても、人の心を感じ取ることは出来るようだ。
「それにしても、早芽凛々さん、遅いですね。何かあったんでしょうか」
「近場にいるが、なんだ?誰かと戦ってる…?或いは言い争ってるってのも有り得るか…。何してるんだろ」
その直後、ドアが乱暴に開かれた。
「お、お待ち下さい!」
女性を押しのけ、屈強な男達が20人ほど部屋に押し入ってきた。
おそらく、この女性が『勇者』の早芽凛々だろう。
「貴様ら、曹長を殺したな」
先ほど門前にいた衛兵たちの顔も見受けられる。
衛兵の全員がガインたちに向け、銃を向けている。
(そんなもので俺たちは殺せないんだよなぁ…)
「撃てぇぇ!!!」
ガインたちに40発ほどの銃弾が飛んでくる。
(ここで時を止めちまえば確実に避けれるんだが、まあ驚かせるためには止めないのが得策かな)
と、当たるのを待っていた。
が、それらはガインたちに当たらずに消えた。
「なにが…」
「貴様ら、いきなり押しかけてきて、客人に銃を放つとは素晴らしい教育を受けてきたんだな」
エスターライヒが衛兵どもに言った。手には銃弾が無数に入っている。
(あの一瞬であんな量の弾を…!只者じゃない…)
「エスターライヒ大将閣下!?い、いやこれはその…なんと言いますか、彼らがメジャー曹長を殺しましたゆえ…」
「戦って死んだんだ。彼も軍人だったろう。戦の中で死ねるなら、軍人としての至高の死に方じゃないのか?」
「そ、そうですが…。一方的な攻撃によって殺されたので…」
「それは彼がその程度の力だったということだろ。…これ以上話す意味は無い。散れ散れ、解散だ!」
「「「ハッ!」」」
衛兵…否、軍人が皆引いていく。
「大将閣下…ですか」
「戦場で敵を自分がやりたいように斃しまくった結果付いた階級です。そんな凄いものでもないですよ。…ところで凛々、あなた大丈夫ですか?」
「え、ええ。この程度で屈するのでは『勇者』になった意味が…」
エスターライヒが下で倒れてる女性に手を差し伸べた。
やはり早芽凛々だったか。
「はじめまして。俺は『英雄』のガイン=ヴァルア。こっちは『大魔導師』のアリカ=リュゲル。よろしく」
立つのを待ち、ガインがそう言った。
「よろしくお願いします。話には聞いていると思いますが、一応自己紹介を。『勇者』の早芽凛々です」
「単刀直入に聞く。早芽さんは世界を救う勇気がありますか?」