1.みかんをもらった
憧れていたサッカー部の先輩に彼女がいることを知ったのは、ついさっき。
まさか他校生だったなんて。
まもなく二学期の期末テストで部活はお休み。たまたま見かけた先輩の後姿にラッキーと思った。先輩は途中まで帰り道が同じだから、そこまでその後姿を堪能できる。あんまり近づきすぎないように背後から窺っていたら、校門に隣の高校の制服を着た女の子がいた。パッと見女の私からしても可愛い。その子は先輩の姿を確認すると破顔した。
「りえ! 来るなって言っただろ」
「きちゃった。だって圭、モテるから心配で」
「なに言ってんだよ。もう、来るなよ」
「やーだ」
彼女は先輩の腕にぴとっとくっついた。先輩も満更ではない表情をしている。
私はあまりの出来事に呆然として、その場に立ちつくすことしかできない。彼女がふとこちらに気付き、余裕の笑みを向ける。
その笑みに私は漠然と、負けた、と思った。
私より何倍も可愛い容姿で、先輩と気軽に口をきける関係。
憧れてただけだしと自分に言い訳をしつつ、私は何かを思い出したような表情をし、鞄の中を漁るふりをした。そしてあ、と忘れ物をしたような顔をして踵を返した。
改めて昇降口で上履きに履き替え教室まで戻る。誰もいないと思って教室の扉を勢いよく開けたら、クラスメイトの男子が一人残っていた。
(うわ、ついてない……)
「……あ、どうしたんだ?」
「あ、うん。ちょっと……」
目が合ったから声をかけてきたかんじ。無視してくれるとありがたかったなと思いながら言葉を濁して自分の机に鞄を置いた。意味もなく机の中漁ってみたり。一人になりたいなとぼんやり思っていたら男子がすぐ近くにきていたらしい。
「山本、これ」
「え」
声をかけられてそちらを見たら手を出すよう促され、条件反射で出した手の上にみかん。
「それ、すっげ甘いから」
「ええ?」
男子はそう言い残すと鞄を肩にかけて帰って行った。
「なんなの?」
教室で一人になって、手に乗せられたみかんを見る。
「なんでみかん?」
捨てて帰ってもよかったけど、なんかキレイなオレンジ色をしたみかんだったから食べることにした。そう、私はオレンジ色が好きだったから。
「あ、甘い……」
恋って甘酸っぱいものじゃないのかな。
ひとかけらも酸っぱさのない甘くて甘くておいしいみかん。
食べ終わったら、いつのまにか私の口角は上がっていた。
「帰ろ」
ただの憧れだったし。