愛おしい
始閣らと共に坑道に赴いたひめは、それまでと全く変わることなく作業に取り掛かった。と言っても、滑車が落ちてしまったので、足場代わりとしても設置した梯子を使って上ることになる。
「大丈夫なのか…?」
改めて問い掛ける始閣に、二個の滑車をバックパックに収めつつ、
「問題ありません」
と、ひめは微笑んだ。その笑顔に、始閣も、九縁も、宗臣も、励まされるのを感じた。
ひめのそれは、確かにプログラムとして与えられた<作り物>の笑顔でしかない。しかし、そういう表情そのものを失って久しい彼らには、やはりとても眩しく見えるものであった。だから三人は、あれほどの事故に見舞われながらも僅か五日で復帰して苦も無く梯子を上っていくひめを、ある種の憧れの眼差しでもって見送ったのだった。
そしてそれは、午後の作業を担当している蓮杖、角泉、釈侍にとっても同じだった。
今日は、滑車を付け直し、まずは細くて軽いワイヤーをそこに掛け、その細いワイヤーに繋いだ太いワイヤーを引き上げて以前と同じ状態に戻す作業だけでほぼ一日が終わってしまった。これまでは坑道を掘り進める度に毎回、滑車を付け直していたが、これまで掘った坑道に付けるものについては取り外すこともないので、これまでよりずっとしっかりと固定し、二度と外れることのないようにした。
その間、始閣達は、残土を搬出する為に設置されたベルトコンベアにグリスを充填するなどのメンテナンスを行う。十二歳や十一歳と言えども、既にその程度のことはできるように学舎で学んできた者達だった。
滑車を付け直し、重しとなる分の残土を確保する為もあって新しい坑道をある程度掘り進め、それらの作業を終えて、ひめがワイヤーに掴まって下りてくると、今度は蓮杖らが出迎えた。
「大丈夫なのか…?」
始閣と全く同じことを問い掛けてくる蓮杖に対し、やはり柔らかい笑顔を返しながらひめは、
「お心遣い痛み入ります。もう大丈夫です」
と、応急修理を終え、白いサポーターに覆われた左腕を掲げつつ応えた。
改めて思う。
『彼らは確かに昔と比べて情動については控えめになってしまったかもしれません。しかし、他者を思い遣る心までは失っていないのだと改めて感じました。
人は、肉体は確かに脆いですが、その精神性は計り知れないほど強靭なのかもしれませんね……』
学舎を卒業し、次の仕事に移るまでの時間を自らに付き合ってくれる彼らに対し、
『こういうのを人は、<愛おしい>と言うのでしょうか』
という思考をよぎらせるのだった。




