メンタリティ
『存在意義そのものを否定されるのと同じなのですから』
ひめのその言葉に、浅葱は何かを察したような表情を見せた。
「…それは、私が砕氷としての仕事を失うようなものか…?」
そう問い掛ける彼女に、ひめは優しく頷く。
「そのように受け取っていただいても差し支えないと思います」
浅葱が手足の指を失ったのは、砕氷としての修行中の不注意や無理により重度の凍傷を負ったことが原因だった。たとえそうやって指を失おうとも、浅葱は砕氷であることを辞めようとは思わなかった。彼女にとって砕氷の仕事はまさに自らの存在意義だったからだ。
利き腕の親指を失ったことで砕氷の仕事を続けられなくなり引退した重蔵も、一見しただけではよく分からないが、実はそのことで非常に落ち込んでいたりもした。生きている意味を失ってしまったからだろう。
しかし、今は、開螺と結婚し子を成すことが目的になっているので、意欲が戻ってきているというのもあった。それほど、ここの人間達にとっては<自身の役目>というものが重要だったと言えるだろう。
浅葱が重蔵と結婚しようと考えたのには、そういう理由もあった。砕氷としての役目を失った重蔵が気力を失いつつあることを感じて、次の役目をと思った時に、<子を残すこと>というのがあると思い付いたからである。
それについては開螺も同じ発想をしていたことで結果としては浅葱の出番ではなかったが、ここの人間達は当たり前のようにそう考えるのだ。
仕事を失い役目を失うと急速に気力が衰え生気を失い、そして死に至る。ここでは<老後>というものは、多くの場合、ほんの数年しか存在しなかった。役目を持たない人間が生きてるだけで大きな負担となるのを、誰もが骨身にしみて知っているからかもしれない。
これは生物として考えれば自然なことなのかもしれないが、人間の<心>を読み解く機能を与えられたメイトギアであるひめにとっては決して好ましい状況とは思えなかった。過剰に自らの心を押し殺し、『役目がないものは死なねばならない』的な発想を持つ人間達の姿は、ひめにとってはある意味で<苦痛>だっただろう。
実際、彼女のメインフレームにはそれが原因となった負荷がかかっている状態でもある。彼女が自ら地表に向けての坑道を掘ることに拘っているのも、そういう理由があるからとも言える。
過酷な環境に過剰適応したことにより、ここの人間達はロボットに近いメンタリティを得るに至った。ひめにとってそれは、<悲しいこと>だったのかもしれない。




