余裕
渋詞の指示の下、阪丈と研果が凍り付いたドアに、細いコードに繋がったパットのようなものを貼り付けて行った。凍り付いたドアなどを温めて融かす為の専用の道具である。これを使えば破壊せずに、傷などもなるべく付けずに開けることができるのだ。
ドアを閉ざしている氷が融けるまでの間にも、渋詞らは改めて部屋の中を隅々まで調べて回った。ソファーらの調度品も回収し持ち帰る。調度品として再利用するのももちろんだが、その材質なども調べて今後に活かす為でもある。再現できるものであれば、技術者達がそれに挑戦することになるだろう。
ソファーにテーブルにサイドチェスト。それらを移動させた後にはカーペットも持ち帰る。
「綺麗……」
カーペットの模様をしげしげと眺めながら石斗が呟いた。模様もそうだが、編み込まれた繊維が非常に高品質なものだというのが見ただけで感じ取れてしまう。これを再現しようと思えば、今では恐らく実用性のない値段になってしまうだろう。この世界の人間達は、生きることで精一杯なので、美術的なもの芸術的なものにまでは気が回らない傾向にある。極めて実用的なものが好まれ、非効率的なものや使い道がない美術品などについては倉庫のようなところで埃を被るままになっている。誰も目を向ける余裕がないのだ。
それでも、文化的な遺産として保存しなければという使命感を持つ者も僅かではあるがいる。石斗もまたそういう人間の一人だった。
実は、倉庫に保管されている美術品の中には、本来であれば途方もない価値を持つとされているものがいくつもある。入植の際にコレクターが持ち込んだものであったが、三千年前の災禍で回収されることがないまま、今に至っている。だから、今では、それこそ<幻の品>として天井知らずの価値が付くだろう。
その彼女が、クローゼットの中を調べている時にも「あ…!」と声を上げた。クローゼットの奥に裏返しにして立てかけられていた木製のパネルを裏返すと、そこには絵が描かれていたのである。
それは決して、著名な画家等による作品ではなかった。もしかすると、この部屋の住人だった者が自らの趣味として描いたものの、その出来を恥じてクローゼットの奥に仕舞い込んでいたものかも知れない。それほどに、技術的な面から見れば素人にも分かるくらいには拙い絵だった。
ただ、椅子に座った女性の姿を描いたそれは、絵を描くことそのものを楽しもうとする気持ちが窺われるものであったこともまた、確かであっただろう。
この世界の者達が忘れてしまった心の余裕が、そこにはまだ残されていたのだった。




