意外
ひめは人間に奉仕するのが役目のロボットである。しかしだからといって、
『人間は必ず結婚し子を生すべきである』
などという価値観を持っているわけではない。むしろそれを<義務>として強要するのは、
『個人の自由を侵害する』
として好ましくないと思考するように作られている。
また、彼女が製造されたばかりの時代は、老化抑制技術の発達に伴い人間の健康寿命が百二十歳を超えており、それ故に十三歳はあくまで<子供>という認識だった。法律上でも結婚はおろか同意の上でも性交渉を持てば強姦扱い(十六歳未満は例外なくそうなる)だった。
なお、<小児性愛>は<疾患>として保健医療の対象となり、それを抑えるための代償行動用の、<ラブドール>と称される性機能さえ有した専用のロボットも存在し、購入には保険も適用される。ゆえに、それでもなお十六歳未満の子供をそういう対象として扱おうとする輩には厳しいのだ。
だが、それはあくまで『そういう社会だった』というだけである。
状況が変わり法律が変わり認識が変わり価値観が変わり、十三歳で成人と公式に認められる社会になったというのであればそれを受け入れる以外に選択肢はなかった。彼女は人間に従うロボットなのだから。
一方、『人間を殺傷する』という点については、これは<社会的な倫理観>の問題ではなくあくまでAIに対して直接設けられた極めて高度な禁則事項なので、たとえその社会の法律が殺人を許していても従うことはないが。
まあそれはそれとして、浅葱が重蔵と結婚して子を生すつもりであるなら、ひめとしては応援したかった。
が、この社会の場合、どうすれば応援することになるのかがまだデータ不足で判断が付かなかった。そんなひめを脇に置いて、浅葱の方が先に動いた。
「ちょっと師匠のところに行ってくる…」
そう言って裏口から出て行った浅葱をひめはそっと尾行した。何かサポートできることがあればと思ったからだ。だが事態は思わぬ展開を見せた。
「師匠…私……」
と声を掛けながら浅葱がドアを開けると、そこにはマスクをとった重蔵と女性とが口づけを交わしている光景があった。
「…あれ…?」
浅葱の口からそんな声が漏れる。呆気に取られていたのだろう。
「浅葱か…どうした…?」
彼女に気付いて振り返った重蔵の前に立っていたのは、開螺であった。
「ああ…師匠、そうだったんですね……」
目にした時には驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻した彼女が言った。
浅葱が察したとおりである。実は重蔵と開螺は最近、結婚を決めていたのだ。
開螺は現在二十六歳。彼女も結婚していたのだが夫を地熱発電所での工事中の事故で亡くし、子供もいなかったので、重蔵と結婚し子を生そうと考えたということだった。
もちろん浅葱も少し驚いたが、重蔵と開螺であれば、
『似合ってるか……』
と、自分よりはまだ釣り合いがとれるとしてすぐに気持ちを切り替えることができた。
しかし、少し離れたところで音声を拾い状況を察知したひめにしてみれば、むしろ想定外の事態だった。
『そんな…それらしい兆候はまったく……?』
今回の決断を推測させるような予兆は何一つ感じ取れなかったのだ。重蔵からも、開螺からも、これまで何度か顔を合わせていたにも拘らず、二人の表情や仕草や振る舞いからはそれを匂わせるものがまったくなかったのである。
だから、ひめは、
『再度、認識を再設定する必要がありますね……』
と、自身の認識の根本部分の設定の変更を余儀なくされてしまった。
彼女がかつて運用されていた世界とは根本的に価値観が異なるのだと。ここでは、都合さえ合えば、互いの利害さえ合致すれば、感情などなくとも結婚までに至るのだということは認識していたはずだが、それでもまだ甘かったのだと。




