判断
ひめがこの世界を守る為にあれこれ動いている間も、浅葱は自身のできることだけを淡々とこなしていた。ひたすら氷窟を掘り進めるという作業を。
ひめのしていること自体を理解できない自分がそれに口出しするなどと考えもつかなかった。
しかし、ある意味ではそういう過度に自分を抑えつけようとする発想が、この衰退を招いたという一面もあるのかもしれない。身勝手さや極端な価値観が封じ込められた結果、芸術家と呼べる人間はほぼ絶滅し、飛び抜けた才覚を発揮する<天才>と言われる人間も長らく現れていなかった。良くも悪くも、自らに与えられた仕事を地道にこなし型からはみ出ない人間ばかりになった結果とも言えるのだろう。
娯楽が廃れたのもこれが原因の一つになったものと思われる。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないし、そもそも良い悪いで論じることにも意味がないのかもしれない。
こうなることでしかここまで生き延びられなかったとも言えるだろうし、反面、それが故にやはり滅びの道を歩んでいるとも言えるのだとも考えられる。
ロボットであるひめには、そのどちらが良いのかは判断できない。ロボットはそれを判断しない。判断するのはあくまで人間であり、ロボットは自身が収集した情報を提示し、有効な解決策があるなら提案するだけである。最終的に決断するのはあくまで人間なのだ。そのように作られている。
ひめの提案も、受け入れるか否かは人間が決めることなのである。
なのに浅葱は、自らではその判断をしなかった。ひめが何をしていてもあくまで彼女に任せるつもりだった。そういう思考が染みついてしまっているが故に。
その姿はまるで、家のことはすべて妻に丸投げしている夫の姿のようにも見えた。
ロボットであるが故に主体的に判断ができないひめ。
人間でありながら自らの役目以外については判断を避けている浅葱。
二人の、いや、一体と一人の暮らしは非常に危ういものとも言えただろう。ひめがロボットだから不平不満を感じないことで辛うじて成り立っているだけで。
しかしそれは、この世界での夫婦の姿にも通じるものがあるのかもしれない。互いに相手のことは干渉せず、自分のことは自分で行い、ただ一緒に暮らし、子を生すだけの<番>
それがここでの一般的な夫婦像だった。
とは言えそれ自体が今の状況に適応したものとも考えられる訳で、やはり是非を問うべきことではないのかもしれない。
「浅葱様、お疲れのご様子ですね。マッサージなどいかがでしょうか?」
「マッサージ…? できるのか…?」
「はい、私の基本アプリケーションにも三十種類を超えるマッサージ法が入っています」
「…頼む…」
危うい部分もはらみながらも、ひめと浅葱の暮らしは穏やかに続いていたのだった。




