市場
健軍が魚を釣り上げた為、せっかくなのでそれがどのようにして取引されるのかを見学させてもらうこととなった。
彼が乗って来たスノーモービルに取りつけられた箱を開けると、中には無線機が入っていた。構造が精密すぎる割に繊細になりがちな携帯電話はすぐ壊れてしまうので、構造がシンプルかつ耐久性に優れた無線機が通信手段の一つだった。
もっともこれも、やはり機械なので故障する可能性はあり、本当に簡単な連絡だけなら、櫓などに備えられた半鐘を鳴らすなど、そういうものが確実とされているのが一般的である。
それでもとにかく今回は無線で連絡を取ることになった。というのも、滅多に釣れないので、あらかじめ連絡を入れてからでないとスムーズに取引ができないからだ。
「しっかり掴まってろよ…」
三人で一緒にスノーモービルに乗り、健軍が浅葱とひめにそう声を掛ける。
明文化された道交法の類は殆どないので、三人乗りでも違法ではない。しかも、速度自体が自転車よりは少し早いか程度にしか出さないことで、事故も滅多に起こらない。普段の移動距離も短い。
そうして到着した先は、<市場>だった。と言ってもこれも、取引する量がまた少ないこともあり、小さな倉庫のような建物があるだけだったが。
先に健軍が無線で連絡を入れてあったこともあり、既に仕入れを希望する者が数人集まっていた。いずれも料理屋の仕入れ担当だった。その数、四人。
釣り上げられた魚が置かれ、四人はそれぞれ魚の状態を確かめると、そのうちの一人が諦めたように離れた。品質が気に入らなかったのではなく、その担当者の店で出すには逆に良すぎるので値が上がることを察し、辞退したのだ。いわゆる高級店ではない、割と庶民的な店でありながらたまの贅沢を望む客向けに出す為のものを仕入れたかったらしいが、思った以上にモノが良すぎたのだった。
という訳で、残った三人でセリが始まる。
殆ど声は出さず、指によって金額を提示していく。一番高い値を付けた者が競り落とすことになる形だった。
不思議なくらいに静かに黙々とセリは進み、僅か数十秒でケリが着いた。それは、健軍の一ヶ月分の収入をはるかに上回る額だった。
「おお…」
その様子を見学していた浅葱が思わず声を上げる。ベテラン砕氷であれば驚くほどの金額ではなかったが、ひめを掘り当てた褒賞がようやく支払われ始めたばかりの彼女にとってはそれなりの金額だったからだ。
見事落札した者が魚を箱に詰め直し、すぐさまそれを持って市場を出ていった。
一部始終を見届けた浅葱も、どこか満足そうな顔をしていたのだった。




