報告
『取り敢えずこの辺りを少し持って帰ろう…』
浅葱は部屋をぐるりと見回した後、手近にあった棚を見ながらそんなことを考えた。
現在の彼女の装備ではこの空間にあるものすべてを持ち帰ることはできない。なので浅葱は、棚に収められていたメディアらしいものを一つ手に取り、装備品を入れたバッグに入れた。中を確認しないのは、勝手なことをして破損させたりすると価値が下がってしまうからだ。持ち帰ってから発掘品を鑑定する専門の人間にそれを引き渡し、その価値を鑑定してもらうというのが一般的なのだった。
だから今はとにかく師の下に帰ってこのことを報告しなければいけない。その為の証拠品として一つだけ持って帰ることにしたのである。
「……」
再び土竜海豹の革でできた防寒具を纏い、彼女は最後にもう一度、女性の姿をした<それ>に目をやった。
僅かな油断でたやすく命を落とすほどに極寒の世界となったことで今では信じられない、手足が露出した、しかも確か<スカート>とか呼ばれる、裾が大きく広がった服を纏ったその姿は、この惑星にもかつて緑に覆われまばゆい光が燦々と降り注いでいた時期があったことを示していた。
だがそれはもう、三千年以上昔の話であり、生まれた時から永久凍土の天蓋に覆われた小さな世界しか見たことのない浅葱にとっては、いや、現在この世界に生きるすべての人間にとってもお伽話に出てくる<夢の世界>のようなものでしかない。
でも恐らくはその<夢の世界>だった頃から眠り続けてるのであろう<女性の姿をしたそれ>を見て、彼女の頭の中にふと浮かんでくる言葉があった。
<ねむりひめ>
それは、浅葱がまだ幼い頃に両親に読んでもらった絵本のタイトルであった。
同時に、そこで出てくる、悪い魔法使いに騙されて牢獄に囚われたまま眠り続けるお姫様のことでもある。
<ねむりひめ>は、彼女の話を聞きつけた王子様が悪い魔法使いを倒し彼女にキスをすることで目覚め、やがて王子様と結婚し幸せに暮らしたという、実にありきたりな物語である。
ただ、話の中に出てくる<牢獄>とは、まさにこの世界であり、<ねむりひめ>はそこに閉じ込められた人間達を指しているという説があるからか子供達には人気があるそうだが、その説の真偽は定かではない。
そんな<ねむりひめ>の話が頭をよぎったことで、彼女はそれを<ねむりひめ>と呼ぶことにした。
『また、迎えに来る…』
心の中でそう告げて、棚をよじ登って自分が落ちてきた穴へと再び潜り込む。
逸る気持ちを抑え付けつつ、浅葱は氷窟の出口へと向かったのだった。