折衝
現市長の朋夢は、現在のこの世界の人間には珍しく、相手によっては多少の丁寧語を使うこともあった。それは彼女が僅かに残った歴史的資料とも言うべき書物の類を熟読してきた研究者の一人だったからかもしれない。それゆえ、本の中の言葉遣いに影響を受けているのだろう。
しかし、前市長の舞華の時もそうだったが、人々が氷の檻に囚われ地下で暮らすようになった以前の、それどころか折守市ができた当時以前の情報については多くが失伝し、発掘によって得られたものも原則機密扱いになっていた為、朋夢のような言葉遣いをする者は極めて限られていた。少ない語彙と短い言葉で要点だけを相手に伝えることが求められる環境だから仕方なかったのだろうが。
ただ、それを知っているが故に朋夢は、<異星からの客>を歓待する為の用意をさせつつも、自分達の言葉遣いといったものが、彼らにとって失礼に当たらないか、彼らの機嫌を損ねて何か問題を生じさせるのではないかということを案じていた。
そこに、ひめが直接の報告の為に訪れる。
「おお、ひめ。よく来てくれた。実はお前に訊きたいことがあったのだ」
ひめに対してはさすがに舞華の前のような言葉遣いにはならず、ここでの一般的なそれになる。
「なんでしょう?」
いつもと変わらず穏やかな笑みを浮かべながら丁寧に応えてくれるひめにホッとしながらも、朋夢は尋ねた。
「実は、異星からの客人達に対して、我々の接し方では失礼に当たるのではないかと心配なのだ。彼らを怒らせでもしたらどうすればいいのかと不安で」
彼女ももう既に四十の半ばを過ぎた、この世界では既に高齢者の仲間入りを果たしつつある<大人>にも拘わらず、まるで恋人の両親に初めて挨拶をしに行く生真面目な少女のようにオロオロとしていた。
それに対し、ひめははっきりと言う。
「心配ありません。環境や風習による文化や慣習の違いについては、彼らも想定しています。その為に、まず、私と同じメイトギアを派遣したのです。ロボットに感情はありません。<無礼>や<失礼>といったことに反応する概念も持ち合わせていません。皆様は普段通りにふるまってくださっていればいいんです。些細なすれ違いや認識のずれについては私達が補完、すり合わせを行います。私達ロボットはその為にもいるのです」
ひめの言うことは事実だった。人間同士ではついつい感情が先に立ってしまうこともある為、重要な話し合いをする時にこそロボットを間において事前の折衝を行うことも多い。そこで互いの主張や話し合うべき問題点について整理を行い、無駄な衝突を避けるということが当たり前に行われているのである。
ただし、ここで重要なのは、ロボットはあくまで話し合いの要点について整理するだけで、その内容については何も判断しないし決定もしないということである。最終的な決断は常に、人間が行うのであった。




