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人間には敵いません

さらに一年が経過。


ひめが掘った坑道は既に四千メートルに達し、それに伴って、先端部の気温はマイナス八十度に至っていた。これは、メーカー公称による実用稼働限界温度<マイナス六十度>を大きく超えるものだった。自ら機体温度を上げることで補ってはきたもののそれも限度がある。理論上の限界値はさらに余裕を持たされていたとはいえ、実際にはほぼ活動限界になっていただろう。


そこで、ひめも<防寒具>を使うようになった。


「どうせ当分使う当てもないし、役に立ててくれ…」


そう言って開螺(あくら)がひめに渡したのは、彼女が使っていた<宇宙服を再利用した防寒着>だった。


子供が立て続けに生まれ、当分、砕氷(さいひ)としては復帰できないと覚悟した故にそう判断したのである、


「ありがとうございます。使わせていただきます」


こうして、開螺(あくら)の<防寒着>を使い、ひめは新たに地表を目指すことにした。


借り受けたそれを改めて見たひめが、左上腕部の部分に書かれた文字を見詰める。


ひどくかすれて辛うじて<しおかぜ>と読めるだけのそれに、ひめは思う。


『この惑星に災禍をもたらした<しおかぜ号>の元備品なのでしょうね……』


そう。ひめが察したとおり、開螺(あくら)が使っていたそれは、入植用恒星間航行船<しおかぜ号>の備品として備えられていたものだった。それが、<忌まわしい遺物>として残されていたのだと思われる。文字がかすれているのも単なる経年変化ではないことをひめは察していた。何者かが文字を消そうとして紙やすりのようなもので擦ったと思しき細かい傷が彼女には見て取れたのだ。


『無理もありません……』


とは言え、やがてその記憶さえ失伝し、理由もよく分からないまま保管されてきたものが、開螺(あくら)によって発掘されたのだと思われる。


それがこうして、人々を救うために役立てられようとしているのだから、ある意味では皮肉だろう。


ただ、その防寒着を身に着けると、当然、これまで通りの作業はできなくなる。なにしろ副腕も使えなくなるからだ。左腕の<義手>は改良が進みVer.5に至ったことで一見すると普通の手のように見えるものにはなっているが。


そこで技術者達は、さらに宇宙服の上から装備できるタイプのオプションを用意した。従来品よりも複雑な作業もできる為、左腕の代わりにもなるものだった。


これは、壊れていたメイトギアの<筋線維アクチュエータ>のうちまだ使えるものを再利用した上、足りない分は<筋線維アクチュエータ>を参考に作られた、新たな<人工筋肉>の技術が駆使されていた。それを、地下都市で発見されたタブレットをニュートのアドバイスの下で組み付けて制御している。


もっとも、新開発された人口筋肉は、ひめに使われているものに比べてもまだまだ<子供の玩具>程度のものでしかなかったが。しかもオプション自体、発掘された技術と折守(おりかみ)市で開発された技術とがまだらに組み合わされた、継ぎ接ぎだらけの酷いものだ。


それでも、副腕そのものも六本となり、本来ひめが苦手としている重作業を行うことを前提として作られたものなので、単純な作業でなら遜色ないレベルになっていたと言えるだろう。


上二本は掘削作業用。下四本は従来品を改修して再利用したものだ。上二本については重作業を可能とするために太くなってコンパクトに収納はできなくなったものの、これにより事実上、ひめは<作業用の腕>を制御するだけで良くなったとも言える。


見た目だけは普通の手に近くなったもののまだまだ十分な性能を持たない左手は添えるだけとし、右腕と二本の副腕により、順調に掘削を続ける。


『皆様の技術の向上は目を見張るものがあります。やはり人間は素晴らしいですね…』


ひめ自身の腕より効率よく凍土を穿つ二本の副腕の動きを見ながら、彼女はそんなことを思った。


およそ魔法のようなひめの高度な<制御技術>までは再現できない為に彼女に頼ることになるものの、機械としての効率では遠く及ばないものの、ここの技術者達が作った<腕>は、十分に実用に堪えるレベルに達している。


そしてシールドマシンの方も、実に順調に地表を目指し掘削を行っている。計算上ではひめより先に地表に到達する可能性さえある。


『諦めないだけなら私達ロボットの方が得意かもしれませんが、その上で努力するという点においては、やはり人間には敵いません』



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