13話 見つめ合う
私はあの混乱の中カフェを抜け出し、ディアさんには、ああいったことは二度としないように言い含めた後、クエストの内容を教えて貰って早速採集に出かける事にした。ディアさんとはしばらくは別行動になる。寂しく無いわけでは無いが、むしろ自分の足で自由にこの世界に挑戦出来ることに期待を感じていた。
「青海草が6本に、蓬来花が7本。シークのツルが2本と。一応、全部草原で取れる物らしいし、武器スキルはまだ後回しで良いかな」
普通フィールドに出るなら戦う準備が必要なのだけど、昨日の感じだと、余程力の差がない限りは何とか足で振りきれそうな感じだし、戦いの準備は後回しで良いだろう。……昨日はディアさん背負って、かつ暗闇の中、足場の悪い道を走っていたからこその苦戦だった。もし、昼間、単独で遭遇したのなら、余裕を持って逃げ切れただろう。草原は昨日の森よりも敵のレベルが低く、こちらから攻撃しなければ何もしないノンアクティブエネミーが基本らしいので、危険度はかなり低い。
「よし、『加速』!」
地図で教えて貰った場所を確認した後、『加速』で周りの魔物を完全無視して目的地へ急ぐ。
危険度の低い草原エリアだが、その範囲は広く、今回の採集目標はそれぞれがバラバラに散らばっているので、がんがん加速して目的地へ急ぐ。
「っと、ここかな?」
ものの十分もしない内に、私は初めの採集ポイントに辿りついた。地図を確認してみると、やっぱりここだ。ちなみに自動地図だけでなく、今は自動地図を『転写』というスキルで写した紙の地図と見比べて場所を確認している。自動地図は現在地がはっきり分かる為便利だが、一度も行ったことの無い場所にマークを付けられないのが難点だ。それをアナログの地図で目的地をマークして、二つの地図を重ね合わせて、目的地へのルートを確認するのだ。
「よし、採集開始!」
この場所にあるのは、青海草だ。ギザギザの深い青の葉が目印だ。見つけると同時に意識を向けると、自然に鑑定が発動して内容が分かる。昨日やったので、もう慣れたものだ。
青海草 ランク3
深い海の青を持つ葉。染料などに用いられる。
苦いが、食べれば少量の疲労回復効果を見込める。
鑑定結果にあるランクは素材のレア度ではなく、状態や品質らしい。そのため、種類は同じでもランクの異なる素材は幾らでもある。当然ランクは高いほうが良く、ランク3は最も普通なレベルらしい。自然界にある素材はランク4以上は数が少なく、一方でランク1や2は素材の取り方が下手な時に起こりえるらしい。
ちなみに鑑定はスキルではなく、プレイヤーの持つ基本能力らしいが、特定の条件を満たすとスキルとして習得可能になるらしい。もっとも、そのまま使っていて問題ないのでそんなことをするつもりはないけど。
丁寧に青海草を地面から掘り起こし、再び鑑定する。
青海草 ランク2
深い海の青を持つ葉。染料などに用いられる。
苦いが、食べれば少量の疲労回復効果を見込める。
どうやら、掘り出し時に品質を落としてしまったらしい。品質を落とさず採集するには『採取』や『採掘』、『伐採』といったスキルを取得すると良いらしい。ただし、スキルを用いての採集は採集ポイントを光で確認でき、しかも品質を落とさずに採取できるという便利さがあるが、STを消耗するので注意が必要だ。
ひとまず、私は採集系スキルを持ってないので、地道に丁寧に手で採集していく。それでも手に入るのはランク2が殆どで、時々ランク3が出てくるといった具合だ。結局10本ほど掘り出して、ランク2が7本、ランク3が2本、ランク1が1本となった。
「よし、予定分にプラスαで取れたし、次の採集ポイントへ行こう」
40分程の採集を終え、私は再び『加速』を用いて走り出す。採取している間にMPとSTが自然回復していたので、思いっきり『加速』できる。最大加速で突き進めば、風を切って進む感じが気持ち良い。調子に乗って『加速』していたら、目的地に着くまでにSTが切れそうになってしまった。慌てて私は『加速』を切って、スキル無しの素のステータスで走る。
……うーん。遅い。いや、スピード極振りしているし、十分速いのだろうけど、『加速』による高速化を経験してしまうと物足りなく感じてしまう。そういえば、さっき採取した青海草の説明に食べると疲労を回復させるってあったな…………。
一度、思いついてしまえば、その誘惑に勝てる訳はなく。最もランクの低いランク1の青海草を口に入れた。すると……。
「うおえぇぇぇっっ……。なにこれ、にがあぁ……」
一口齧った途端に口内いっぱいに苦味が広がった。完全無欠の甘党である私にはこの苦行は耐え切れない。思わず足を止めて、その場に吐いた。
「うぅ、もう二度と飲みたくない……。でも、STは結構回復したし…………折角だし、走ろう」
正直、思わぬダメージに走る気分でも無くなってしまったが、ここで止めればアイテムを一つ無駄に消費した上、あの苦行の意味が無くなってしまう。私は再び『加速』を用いて走り出した。
「よし、ようやく到着した」
次の採集ポイントはかなり距離が遠く、一時間には及ばないまでも相当な距離を走った。それでも、昨日に比べると消耗が少ないのだから、昨日の撤退戦は相当厳しかったのだろう。よく生き残れたものだ。
「よし、あった」
ぱっと群生地を見ると早くも目的の花を見つけた。鑑定して確かめて見る。
蓬莱花 ランク3
仙人が好むとされる花。基本は黄色だが、一部存在する青の花は高価。
染料や薬に用いられる。
へえー。同じ花でも色違いがあるんだ。今度探して見ようかな? とはいえ、今日は時間も無いし、ここにある物だけ取ろう。色違いはまた今度って、あれ?
綺麗に並んでいる蓬莱花の中で一つ、青い花を見つけた。これってもしかして…………。
期待を込めて鑑定してみると、
サファイア・ローズ ランク4
深い青のバラ。ただし、トゲはなく香りも良い為に、上級階層には人気。
染料や食料に用いられる。
ああー残念。色違いの蓬莱花じゃなかった。でも、これも綺麗だし、何といっても初のランク4。これはぜひとも採取しよう。
私は丁寧に丁寧に、下の土を掘り起こして、サファイア・ローズを採取する。ただし、折角のランク4の品質を落とさないよう、青海草の時の何倍の集中力でもって慎重に掘り起こす。
……私凄い頑張った。でも、ランクが落ちてしまった……。結局2時間の激闘の果てに取得できたのはランク3のサファイア・ローズだった。やっぱり、採集スキルを取らないとランクが大体1少なくなってしまう。落ち込みながら、依頼にあった蓬莱花を採取する。やっぱりランクが落ちるが、もう気にしないことにした。ランク1上げる為に、数時間とか馬鹿馬鹿しい。
蓬莱花はランク2を10本採取して、次の採集ポイントへ向かった。
最後の採集ポイントは、今までと違い、一部攻撃的なアクティブ系の魔物もいるらしい。草原を北に向うと川が流れており、そこの橋を越えた先が最後の採集ポイントだ。
採集ポイントは意外に近くにあった。ただ、若干道を外れてしまった為に、橋が見当たらない。地図を確認してみるが、この辺りは特徴的な物が無い為にどこに行っていいのかよく分からない。
ちら、と川を見てみる。水の流れは速く、水深は目測では分からなかったので、棒を水に入れて濡れた場所で距離を測ろうとしたが、余裕で全部入ってしまったので少なくともそれぐらいの水深はあるということだろう。泳いだりは少し難しそうだ。でも、川幅はそれ程無い。
「……よし!」
覚悟を決めて、川から距離をとる。
「『加速』!!」
そして、川に向って高速で走り出す。このままだと、川の中に落ちる羽目になる。だから、
「『跳躍』!!」
川の直前で『跳躍』を用いて思いっきり踏み切る。『加速』中なのでタイミングが少し難しかったが、その分跳躍力は桁違いだった。
「ちょっ、まっ!?」
私の身体は川を大きく飛び越え、それでもまだ落ちることなく、何メートルも先でようやく地面に足を着くことが出来た。思わず、後ろを振り返る。……川が二倍の長さがあっても飛び越えられたかもしれない。『加速』と『跳躍』のコンボはかなり強力かもしれない。
そんな事を思いながら前に顔を戻す。すると……。
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
何か水でも飲みに来ていたのか、そこには巨大な猪の魔物がいた。6~7メートルの超大型だ。そして、非常に残念ながら、私を獲物としてロックオンしているようだった。
「戦略的撤退! 『加速』!」
私は形振り構わずに逃げの一手を選択した。しかし、なんという不運だろう。アクティブエネミーがいるエリアに入った瞬間にこれとは、ついてないにも程がある。
「ぶもおおおおぉっっ!!」
猪の魔物は当然私を追ってくる。残念な事に猪なだけあってあの熊の魔物よりも速い。しかも、川で道を塞がれている為、逃げ道が少ない。『跳躍』で跳ぶにも、既に川に近づきすぎて助走が全く付けられない。これでは向こう岸に辿り付けるか怪しい。
そんな絶望的な状況に焦りながらも、昨日ほどの怖さは無いなと思う私もここにいる。一度完璧な恐怖を味わったせいで感覚が麻痺したのかもしれない。
実際昨日は本当に怖かった。一度でも追いつかれたら終わる恐怖感に、どれだけ逃げても後ろから追いかけてくる怪物。おまけに目の前に障害物まで現れる始末。ん? これ昨日と同じ状況なんじゃ?
確認してみる。一度でも追いつかれたらおそらく私は一撃で倒されるだろう。後ろからはかなりの速度で後ろを追跡してくる怪物。そして、今は逃げ回ったせいで横に存在する障害物。
……よし。
「ぶもおっ!?」
猪の突進を縦ではなく横にかわし、位置を整える。猪の魔物は勢いを押さえることが出来ず、大回りに迂回して、再びこちらに向ってくる。この状況。私の背にあるのが川で、後ろからではなく、前から襲い掛かって来ている事を除けば、まるで昨日の再現だ。
「ぶもおおおぉぉっっっっ!!!!!」
猪は動かない私を見て観念したとでも考えたのか、今までの最高速でこちらに突っ込んでくる。あれでは、急に止まることなど出来ないだろう。
「『跳躍』!!」
猪が目前に迫り、私は大きく真上に向かって跳躍した。そのまま猪の背中を手で押し出すようにして、猪の後ろ側に着地する。当然というか、やはり、猪の魔物は勢いを押さえることが出来ず、川へと勢いよく落ちた。
「ぶもおおおっっ!?」
けれど、そう簡単にはいかないらしい。私としてはこのまま川のそこに沈むか、流されて何処かに行ってくれる事を期待したが、その巨体が上手く引っ掛かって完全には水没することも流されることも無かった。
時間を掛けさえすれば、ここから脱出して私に襲い掛かるだろう。今も物凄い敵意の目を私に向けている。となれば……よし。
「えいっ」
「ぶおっ!?」
猪が陸地に掛けていた足を『ただの木の棒』で振り払い、バランスを崩した猪の魔物 -余裕が出来たので鑑定したらワイルド・ボアと出た― が再び川に落ちる。
これが私の答え。陸に上がられたら私に勝ち目は無い。だから、ここで川から上がろうとするこの猪を落とし続ける。幸いにも、超微量だがダメージが入っていたので、このまま落とし続ければ何処かで倒せるだろう。このまま、逃げ切りを図るのも考えたが、まだ採集する物が残っていたのでそれは却下した。
「ぶおおおおおおおおぉぉぉっっ」
ワイルド・ボアの悲痛な叫びが聞こえるが、それで見逃せば奴の敵意はこちらに降り掛かる事になる。だから、じくじく痛む良心を無視して非情に川に落とし続ける。
ワイルド・ボアには陸地に上がる事が出来ない。けれど、私の攻撃力も低く、中々倒すことが出来ない。4時間もの間、私は途切れなく川に落とし続けなければならなかった。
「ぶもぉ……」
弱りきった声を出して、ワイルド・ボアが光に変わる。達成感は無かった。あの魔物の悲痛な叫びと敵意のこもった目が忘れられない。そんな私の心境に関係なく、ピロンという明るい音と共にシステムウインドウが現れた。
【エリアボス:ワイルド・ボアを倒しました! ドロップ品を手に入れました! レベルが上がりました! 習得可能スキルに『挑発』『初級棒術』が加わりました!】
あの猪、ボスだったんだ。でもエリアボスってなんだろう。後でディアさんに聞いてみよう。後は……まあ、レベルも上がるし、ドロップ品も手に入るよね。でも、あの戦いかたでも経験値って入ってくれるんだ。最後はスキルか。『初級棒術』は分かるけど『挑発』って? そんな事した覚え無いけど……。
取り合えず、ステータス画面を開いて確認してみる。
現在のステータス
シーラ LV8 獣人族
クラス ランナー サブクラス 無し
リンクアイテム 風の羽飾り
ただの木の棒
ステータス
HP 46/46 MP 15/15 ST 26/26
アタック13 インテリジャンス9 テクニック10
ディフェンス17 レジスト11 スピード125
スキル
クラススキル
加速16
サブクラス
無し
パーソナルスキル
気配察知2 隠密4 逃げ足10 鷹の目1 跳躍4
習得可能スキル -残りSP18-
クラススキル
『移動速度上昇』 必要SP1
『スローペース』 必要SP5
サブスキル
なし
パーソナルスキル
『挑発』 必要SP5
『初級棒術』 必要SP5
……ちょっと待って。いきなりレベル上がりすぎ……っていうか、ステータスとか、色々おかしすぎるよ!