12話 二日目!
目が覚めるとそこは見知らぬ部屋の見知らぬベッドの上だった。
そういうと犯罪の匂いがしてくるが、実際はゲーム内の宿屋の一室なのだろう。さっきからゲームのシステムウインドウがチカチカしているし、窓の外から見える景色は昨日も見た街の景色そのままだ。
「あぁ、良かった目を覚ましたんだね」
ぼうっとしていると、木製の扉を開けてディアさんが入ってきた。ほっとした表情をして椅子を持ってきて、私の横に座る。
「あの、ここは?」
私が聞くと、ここはやはり街にある宿屋の一室らしい。それから、詳しい事情を教えてくれた。あの時、私は枯渇状態という状況になっていたらしい。枯渇状態というのは、MPやSTが0になることで起こる状態異常で、一つが0になるとステータスにマイナス補正がかかり、二つ0になると私のように意識を失ってMP・STのいづれかが満タンになるまで行動不能になるらしい。なので最低でも片方は残しておくのが鉄則となっているらしい。なのに私はMPを全部使い切ったあげく、最後の『跳躍』でSTも使い果たしてしまったらしい。
あの時、熊の魔物は大岩にぶつかってその衝撃で倒れたらしい。そのまま、ディアさんは意識の無い私を背負ってここまで送ってくれたらしい。大変な迷惑を掛けてしまったと思ったが、逆にディアさんの方が悲嘆に暮れた表情をしている。彼女は口をぎゅっと噛み締めると、勢い良く頭を下げた。
「ごめんなさい。護衛として案内していたのに、責任を果たせ無かった。迷惑を掛けて申し訳ない」
頭を下げて謝るディアさんに私は慌てる。
「そんな! 迷惑なんてかけられてませんよ! それに、あの時はびっくりしましたが、今になってみるとスリリングで面白かったですし!」
流石に無理があったのか、ディアさんは困った微笑みを浮かべた。まあ、あの状況を面白いというのは無茶か。それでも、噓は言ってない。たった一人で部屋の中で寝たきりよりは、生きている感じがした。
ディアさんは不満げだったが、それでもここで口に出すほどの野暮はしなかった。
「まあ、分かったよ。あんまりこんな話をしていても仕方ないしねぇ……。取りあえず、どこかで食事でもしながら、今後の予定でも話そうか」
「えっ、ゲームの中なのに食べられるんですか?」
「あぁ、まあ、食べなくても問題はないけどね。結構美味しい物も多いし、ステータスにバフが掛かる物もあるから結構食事をする人も多いよ」
ベッドから降り、伸びを大きく一つしてから、身支度を整えようとして、殆どそのままの格好で出て問題無い状態であることに気付き、なるほど、こういうところはゲームなんだなと納得する。そのまま、ディアさんに先導され宿屋を出た私は、近場のカフェに入る。
「おぉ~。何だか良い雰囲気のお店ですね!」
「そうだろう。ここは私のお気に入りの店でね。この落ち着いた雰囲気が好きなんだ」
私が思った事を口にすると、ディアさんも嬉しそうに頷いた。彼女の言う通り、この店の落ち着いた雰囲気はとても良い物だと思う。お店はその殆どが木製で出来ていて、店内は明るく、また窓を下まで大きく取っている為、開放的な空間を楽しめる。店内には何を用いているかは分からないがクラシックの音楽が流れていて、お客さんの数も少ないため穏やかな時間が流れている。
私達はお店の端の方に座り、メニューからオムライスと紅茶を頼んだ。それから料理がくるまでの間、色々他愛の無い事をおしゃべりした。
「お待たせしました。こちらオムライスになります」
「おぉ、美味しそう!」
美形のウェイターから料理を受け取り、早速一口食べてみた。
「……美味しい! 卵のふわふわ感とか、しっかりとした味付けのチキンライスとか、現実と変わらないですよ、これ」
一口食べて、すぐにそんな感想が口に出てた。この世界どれだけ現実を忠実に再現しているんだろう? 少し恐ろしくもなる。そんな私の様子を微笑ましげに見ているウェイターさんとディアさん。あの、恥ずかしいのでそんなに見ないで下さい……。
それから、私はディアさん共々オムライスに舌鼓を打った。私もディアさんも、美味しい物を食べてると会話が止まるタイプだったので、基本的にはあまり会話せず食事に集中した。
「はー、美味しかったです。ごちそうさまでした」
「えぇ、ごちそうさま。口に合ったようで良かったわ」
全て食べ終えてスプーンを置くと、先に食べ終えたディアさんが嬉しそうに笑った。自分の好きなものを褒められると嬉しかったのかも知れない。
「それでね、今後の予定なんだけど……」
幸福感に包まれながら、ようやくの本題に入る。私は答えた。
「そうですねー。ティファニアさんに会いに行きたいですけど、情報が無さ過ぎて現状じゃどうしようもないんですよね……」
「なら、まずは情報集め?」
ディアさんの言葉に頷く。
「はい。それと平行してレベル上げというか、スキルのレベルアップをしようかなと。ティファニアさん曰く『簡単には会いに行けない場所』らしいですし。場所が分かったのに行けないとかなったら、悲しいですから」
とはいえ、具体的にどう情報を集めるか、どうレベルを上げるのかは決めてない。これについては経験者であるティファニアさんにアドバイスを貰って、後は体当たりでやってくしかない。
「ふむ。情報集めだったら、プレイヤーが使っている『掲示板』の利用、図書館の利用が無難ねえ。それからイベントでも知る事が出来るかもしれないねぇ」
ディアさんは直ぐに、そんなアドバイスをくれた。頼りになります、ディアさん!
「じゃあ、早速掲示板に書き込んでみますね! やり方は昨日教わったから良いとして、文面はどうしようかな……」
「う~ん。ひとまず、ガイドの子に会いに行くっていうのは隠しておいた方がいいかもねぇ。その子が教えたのはシーラちゃんだけな訳だし、知らない人にいきなり押し掛けられたら嫌だろう?」
ディアさんに言われて、書きかけた文面を変える。よし、それなら……。
「じゃあ、単にイベントで『黄金の火が宿る滝』を探していて、それは始めたばかりでは『簡単にはいけない場所にある』っていう感じで書けばいいかな?」
「そうね。それなら問題ないかしら」
実際に掲示板に書き込み、反応を待ってみる。しかし……。
「あんまり、返事が来ないですね……」
何というのだろう。掲示板の人の食いつきが良くない。その上、大した情報も出てこないし、途中からは全く別の話に脱線してしまっている。はぁ、と溜め息が出る。しかし、眺めている内に有力な情報も出てくる。
46:名無しの探索者さん
ふむ、『黄金の火の宿る滝』か…………聞いたことがないな!
47:名無しの戦士さん
もったいぶって、それかよ! 可哀想だから止めたげろ
48:名無しの探索者さん
いやいや、待て。聞いたことが無いと言うのも情報の一つだろう? 少なくとも一般的には知られてないということが分かる訳だし、あるいはこの大陸には無いのかも知れない。
49:名無しの忍者さん
なるほど……確かにこの大陸は森と荒野が大半を占めるエリア。もし、『黄金の火の宿る滝』が比喩でないなら、別大陸にある可能性は十分にありうる。それに『簡単には行けない場所』というのも、そうした意味ではないのだろうか?
50:名無しの探索者さん
<<49 そう。私はそういうことを言いたかったのだよ。
とはいえ、現在別大陸まで行ったことのあるプレイヤーはいないのだが。それはスレ主の努力だな!
51:名無しの踊り子さん
別大陸あるのは知ってるけど、どうやって行くの? 誰か知らない?
52:名無しの戦士さん
<<50 いや、絶対そんなつもりなかっただろ。
<<51 方法は遥か先にある港町『ウィングルド』から船が出ているという噂。でも…………。
53:名無しの探索者さん
<<52 いやいや、始めからそう言うつもりだったのだよ。勘違いされては困る。
『ウィングルド』までの道のりはかなり厳しい。途中に街や村が殆どないし、ボス級エネミーが割りとごろごろいる。攻略組み最前線でも、『ウィングルド』の名は知っているが、辿りつけていない。
54:名無しの戦士さん
<<53 いやいやいや。見栄っ張りはカッコ悪いぜ。素直に認めたほうがずっと格好良いと思うがな。
しかも、着いたら着いたで、どうせ船の代金が掛かるんだろうな。多分だけど、結構なお値段がすると思う。勿論、ただの推測だが。
55:名無しの踊り子さん
なるほどー。御二方ありがとうございましたー。取りあえず、今の私では行けそうにないですね(泣)。でも、いつか行くぞー!
……この戦士さんと探索者さんは仲が悪いんだろうか、良いんだろうか? とにかく、『黄金の火が宿る滝』がこの大陸には無い可能性も出て来た。勿論、この大陸にある可能性も残っているので調査は行うが、別大陸に向うことも考えて行動した方が良さそうだ。そのためには、
「うーん、と。お金と『ウィングルド』に向うだけの身体能力が必要かな? それに、向こうでの調べ事も効率的に行えるようにした方がいいよね……」
この先、必要な事をどんどんリストアップしていく。あぁ、そうだ。別大陸といっても一つじゃないんだ。どんな大陸があるかも含めて調べないと。
「そうねえ、情報に関しては私の方でも当たってみるわ。それと……そうね、幾つか頼み事をしてもいいかしら?」
「へ? 頼み事ですか?」
思ってもいなかった方面からのセリフに間抜けな声が出る。
「そうよ。時間のある時で良いから採集して欲しい物があるの。取ってきてくれたら、勿論報酬は渡すし……そうね、防具の類がいいかしら。それに、シーラちゃんでも取れるような物を頼むわ。どうかしら?」
「はい! 勿論です。むしろ、報酬なんて必要無いですよ。これまでお世話になったんだし、それぐらいやりますよ?」
私が言うと、ディアさんは「そう言うと思ったわ」と言って、でもと話を続けた。その表情は寂しげだ。
「私はね。これからもシーラちゃんと色々やりたいのよね。でも、片方が有利な条件での頼み事をすると、後々上手くいかなくなるのよねぇ。ねぇ、シーラちゃん。もう私とは関わりたくないかしら? あんな事があった後だし、そう思うのは仕方ないと思うけど……」
「そんな訳ありません!」
これ以上は言ってほしくなくて、私は大声で遮った。周りの人が何事かとこちらに注目してくるが、知ったことか。
「そんな訳あるわけないじゃないですか。私は、何があったって、ディアさんとこれからも仲良くしたいです。でも……たくさん迷惑を掛けてしまったし、ディアさんが嫌になってしまったのなら、私は……」
涙が溢れそうになる。私がディアさんを遠ざける筈がない。けれど、これ程迷惑を掛けてしまった私にディアさんが愛想を尽かしてしまったのではないかと、不安に胸が潰れそうになる。
でも、ディアさんは、私の涙を拭き取って微笑んだ。
「馬鹿だねぇ。私がシーラちゃんの事を嫌いになるわけが無いだろう? でも、安心したよ。シーラちゃんも、まだ一緒に遊んでくれるんだねぇ。嬉しいよ」
「っ、ディアさん~~」
そう言ってくれるのが嬉しくて、私はディアさんに抱きついた。
「まぁ、そんな訳だから、報酬の方も受け取ってくれるね。対等な立場でいたいんだよ」
「はい。もちろんです! ……あれ?」
感激したまま返事をした直後に、ようやくディアさんにしてやられた事に気付く。私に報酬を受け取らせる為にあんな事を言うとは、案外にディアさんは策士だと思った。でもこうなったら、前言を撤回する気もないのが分かったので、それ以上は食い下がる事はなく、素直にクエストを頑張ってディアさんの為に素材を持って来ようと決めた。
「おぉ……百合だ…………。まさか俺が生きている間に目にすることになろうとは……」
「女の子同士の痴話喧嘩かぁ~。仲直りできて、良かったねえ。やっぱり、女の子は仲がいいのが一番だよ」
「ふざけんな。ただでさえ、可愛い女の子は貴重なのに女の子同士でくっついたら、誰が俺の彼女になってくれるんだよ!」
「安心しろ。可愛い女の子がいても、結局お前とはくっつかないから」
気付けば、私達は周りから、物凄く注目を集めていた。今さらになって恥ずかしくなってディアさんの腕の中から離れようとするが、何故かディアさんは離してくれない。
「ディっ、ディアさん?」
不安になって、ディアさんの顔を覗くと、何故か周りのボルテージが上がって、ディアさんはニヤリと悪どい笑みを浮かべた。あれ? 何だか、嫌な予感……。
「ちょっと、期待に応えてやろうかねぇ」
ちゅっ、と。、小さな音がしたかと思うと何かがおでこに押し当てられた。
「ふぇ?」
「「「うおおぉっ、来たぁああああ~~~っ」」」
ほおける私を他所に、一段の興奮に包まれる野次馬たち。そして、そんな反応を見て、してやったりと満足気な表情を浮かべるディアさん。あぁ、もう顔が赤くなっているのを感じる。正直ディアさんには申し訳ない気持ちもあったんだけぞ、これで完全に吹き飛んだ。してもらったことに感謝はしても、申し訳ないとは思わない。悪戯好きなディアさんには、それぐらいの対応でいいだろうと、心に決めた。